第5話

 巨大な蛍のような乗り物が、林を越えて雨が上がった夜空の果てに消えていくのを、呆然とした表情で文覚は見送っていた。泥に濡れている彼にはこの夢幻の時間を疑う余裕はなかった。そして黒天狗が遠すぎるほどの大昔から、ここに現れたことをすんなりと受け入れている自分に、特別な違和感を覚えた。恐らくあの黒天狗が殺めた人間の数は、自分とは比較にならないくらい多いはずだ。二人は人殺しという共通項で繋がっている。


 「……かつて住んでいた世界にも、ここであんたが信仰しているような教えが存在したのにな。にも拘らず全てが台無しになった」


 別れ際の黒天狗の言葉であった。それは文覚が彼の質問に答える前に発せられていた。落雷で死ぬことを文覚が望んだのは事実だ。しかし黒天狗が問いかけたように、あの突発的な行動にはそれ以外の何かがその心奥に眠っていた。ただ今の文覚にはその何かがわからない。雷に打たれる機会を逃したことを惜しむことなく、彼は家路につくべく歩き出している。


 庵に着いて蝋燭に火をつけながら、文覚はあの奇怪な黒天狗の姿を思い出し、冷静に彼の腹の底を探ろうとした。それから一刻ほどして腑に落ちた。黒天狗は誰かに会いに来たのではなかったかと。そしてそれは特定の誰かではなく、彼が望むような人間だったのではないかと。ところが、きっと自分はそうではなかったのだ。偶然にも文覚の身の上話が彼の興味や関心を大いに引いたのは確かだが。あの黒天狗の目的は別のところにあったとしか思えない。


 




 

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