第4話
「実はこっちにも思い当たる節があってね……」
今度は異人が身の上話を始めた。彼は気が遠くなるほど遥かな昔から一足飛びに時を超えて、この平安の世の伊豆へやって来たと言う。
彼が住んでいた世界は、山のように高い建物が乱立し、空中を交差する無数の道を無数の速い車が走る。車は牛にひかれることもなく、車そのものの力で動いた。また中には道を移動するだけではなく、鳥のように空を飛べる乗り物も存在した。人の数も膨大だ。そんな想像も及ばぬ時代でこの異形の男は、かつての文覚と同様に権威を守って戦う武士のような仕事をしていたらしい。しかし大戦争に巻き込まれた彼は任務によって、乗り物を操り空から巨大な火を投下して、敵国の美しい島を一つ消滅させた。
「……酷い話だろ。愚行だ。任務を完了した後に命令を拒否すべきだったと悟った。遅過ぎたが。それで一切合切を捨てて、時空を越え逃亡したのさ。これに乗ってね」
文覚の涙はもう乾いている。不可思議なことに凄惨な話を聞き終わった彼の脳裏に、仏像の釈迦の顔が浮かび上がった。すると微笑している釈迦の表情が瞬時にして嘆きに変わったのを感じた。
「一つ聞いてもいいかな。あんたが雷に打たれて死にたくなった理由だ。本当に罪悪感だけなのか?」
異人の声は透徹した響きを含み、人知を超越した迫力があった。彼は黒い左手で自らの胸を叩きなおも続けた。
「この心に武器はもう無い。つまり手から武器を捨て、心からも武器を捨てた」
黒天狗の問いかけに文覚は答えが見つからずに窮している。ただ時間の余裕はもう無かった。巨大な蛍のようなこの乗り物が飛び立つ時が来ていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます