第3話

 二人の男は、先ほどまで夜空を飛行していた物体の内部で、腰をつき相対している。暫しの時間が流れていた。僧の体は固まっているが、黒い天狗のような顔をした異人の体は今にも転がりだしそうに丸かった。尤もそれは彼が身につけている厚い服のせいである。

「……残酷な話だな。文覚さん」

 異人は痛切な表情をしていた。文覚とは僧の名である。彼はいつの間にか身の上話をすることになり、その残酷な事実を吐いていた。

 

 それは激情に駆られた男が心底惚れた女を殺めた恐ろしい惨劇だ。しかも犯人は他でもない文覚自身であった。

 文覚の罪は重過ぎるが、実は殺す相手を間違えていた。標的は惚れた女の夫であり、皮肉にもかつて同じ釜の飯を食った友でもあった。では何故、その友を殺そうとしたのか?それは女に夫の殺害を頼まれたからだ。


 文覚は予告された日時と場所で、必殺の太刀を友の体に振り下ろした。しかし暗闇に葬った相手は何と友の妻であった。


「その女は聖人に値する。何故ならあんたと不義密通になった我が身を嘆くだけではなく、自分が夫の身代わりに殺されることで一族の破滅を回避し、さらにあんたを変心させた。武器を捨てて、仏の道に入れたのだから」

 文覚は堪らず号泣していた。大粒の涙を溢す価値も資格もない我身だというのに。

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