そうと決まれば善は急げだ サイドB:8

 そうと決まれば善は急げだ。

 

 俺は高度を取った。急降下して速度を得る為だ。

 作戦はこうだ。

 空気抵抗と釣り合う最高速度近くまで加速して奴の周りを旋回し、隙を突いて急接近。もう一つ頭を潰す。

 頭が残り一つになれば、多少強引にでも力づくでなんとかなる……だろう。

 何しろ俺だって、竜の姿で怪物と戦うなんて初めてだ。だがもう後には引けねえ。背中のお嬢さんを死なせる訳にも行かねえ。

 集中だ。気合い入れろよ尾藤マキオ。


 バシンッッ!!!


 瞬間、目の前が真っ白になった。

 落雷、いや、「雷のブレス」だ!

 野郎、最悪のスキル持ってやがった!

 最後の頭、左の頭は雷を吐く頭だった!


 今ノーダメージだったのはヤツが雷を放った時、旋回していた俺とヤツとの間に偶然、建造物の避雷針があったからに過ぎない。

 次の瞬間俺はヤツに向かって急旋回し速度を上げた。あれだけ強力な術だ。再発射にはチャージがいる筈。その可能性に賭けたのだ。ヤツの右の頭の口がこちらに向いて開かれて、中でパチパチと青い放電が輝き、その強さを増してゆく。

 まずい!

 思ったよりチャージが速え!

 俺は咄嗟に地面に倒れていたバイクを掬うようにして拾い上げるとヤツの開いた口目掛けて思い切り投げつけた。


 ビカッと周囲を照らす眩い光。バイクが一瞬それを遮り迸る電光を伴って爆発する。

 爆炎と煙に向かって、俺は火球を発射した。

 ボンッ、と音を立てて雷の首が爆散する。

 俺はそのままヤツに飛び掛かると、最後に残った吹雪の首を掴んで締め上げながら、その頭に狙いを定めた。


『チェック・メイトダ』


 俺は最後の火球をヒュドラに残った最後の頭に吹き付けた。弾けた首の断面が炎と黒い煙を上げた。


 勝った、と思った。

 それが油断だった。

 ヒュドラは鋭い剣のようになった尻尾の先を振り上げて、無防備な俺の背中、その翼を断とうとした。気づいた俺は振り向こうとしたが、残ったヤツの胴体が両腕に巻き付いて来てそれもままならなかった。振り下ろされる黒曜石の刀剣のような尾。スローモーションに見えたその尾に目と口があるのに、俺はその時初めて気がついた。

 あれは尾じゃない。

 ヤツの頭は三つじゃない。

 四つだったのだ。

 三発の火球のブレスは吐き切った。

 翼を失うのを防ぐ手立てもない。

 両腕の自由は奪われた。

 チェック・メイトだ。


 絶望が俺の脳裏を真っ黒に塗り潰そうとしたその時、


 ギィンッッッ!!!


 俺の背中で火花が散って、ヤツの最後の頭が弾き返された。

 驚いてよく見れば、そこに必死の表情で剣を構えるミドリがいた。

 この子……あの一撃を自力で弾いたのか⁉︎


 だがそこまでだった。

 ヒュドラの最後の頭は、今度は彼女に狙いを変えた。横から薙ぎ払うように、俺の翼と彼女の胴体を両断する軌道で尾先の剣が空を裂いて迫る。


 死ぬ。

 彼女が。

 榮倉ミドリ、グリーンが。

 ドラゴンとしての俺の、ライダーが。

 だが俺はもう空っぽで、ゲップ一つ出はしない。

 しかし、胸の中に何かが渦巻いた。


 それは記憶だった。

 ここ数週間、彼女と過ごした記憶。

 戸惑う彼女。

 泣く彼女。

 笑う彼女。

 そして俺に跨り、俺の名を呼ぶ彼女。


 光が溢れた。

 炎じゃない。しかし熱く燃えるような強い光だった。

 俺の両腕は一瞬で巻き付くヒュドラの胴をズタズタに引き千切り、最後の首を締め上げてへし折った。こおお、と喉が焼けるような音を立てて、大きく開いた牙の間から周囲を真っ白に染める強烈な閃光が迸った。


 そのエネルギーに晒されて、形を保っていられるものなど、この宇宙にありはしなかった。

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