向こうも必死だ。ったりめーか。 サイドB:7
俺たちドラゴンからすれば、ヒュドラは格下の幻獣だ。
やつらは空を飛ぶことはできないし、その体は巨大な蛇のそれで、爪を備えた腕などはない。
だが決して侮ることはできない。何故なら彼らは我々ドラゴン族にも勝る猛烈な再生能力を持っているからだ。例えば身体に大砲の弾で穴を開けても、例えば首を剣で切り落としても、数秒から数十秒で再生復活してしまう。
ヤツを倒すには頭を切り落とし、傷口を焼かなければならない。三つの頭、全部だ。まだ三つで良かった。ヒュドラの中にはもっと多くの、数十の頭を持つものもいると聞く。そうだったら詰みだった。
何故なら、俺が吐ける火球の回数の上限は三発だからだ。
三発使い切ったなら少なくとも半日は休んで、食事してぐっすり眠らなければ精霊力が回復しない。
一つの頭に一発、しくじらずにそれを三回繰り返す。その方法だけが俺たちの勝ち筋だ。
また、ヒュドラは頭ごとに違う能力を持っていたりするので、そこにも注意が必要だ。
この被害状況だと頭のうち少なくとも一つは火球を吐く頭の筈だ。問題は残りの二つ。
「雷」だったら厄介だ。
雷はほぼ光の速さで、正確に狙われたら避けるのが困難だし、躱しても近くを通過されたら伝導体に対して吸い付くように進路を変える。それに身体のどこかに一発でも食らえば背中のミドリは死ぬだろう。出鼻のヤマカンで真ん中の頭を潰したが、残りの頭は何を吐き出し……。
ゴウッ
ヤツに二つ残った右の頭から、キラリと光る何かが飛んだ。矢のように真っ直ぐ。それは白く漂うモヤを尾に曳いた。
身を捩って躱す。ギリギリだ。掠めた左の翼に鋭い痛みが走る。冷たい。翼の先が上手く動かない。それは白く凍り付いていた。凍て付く息、吹雪のブレスだ!
俺の身体は空中でバランスを崩し、緩く回転しながら落下を始める。背中のミドリが悲鳴を上げた。まずい。このまま落ちれば俺はともかくミドリは!
俺は威力を絞った炎のブレスを左の翼に吹きかける。今後吐ける火球は小さくなるが贅沢言ってる場合じゃねえ。温まり溶けた翼はそれでもジンジン痛んだが、俺は痛みを無視して思い切り強く羽ばたいた。落下に急ブレーキが掛かる。しかし地面は間近に迫っていて、俺は更に三回羽ばたくと一度柔らかく着陸した。
どうやらそこは人工島の端っこ、コンクリートで護岸された海との境目のようだった。見上げれば巨大な道路橋が黒々と夜空を遮っている。
ふぃーっ、今のは危なかった。
やるじゃねえかクソ蛇が。
でもまあいきなり頭を一つ吹き飛ばされて、振り向けば相手はドラゴン。向こうも必死だ。ったりめーか。
『ミ……グリーン』
「なんですの」
『ブジ、カ』
「ええ。少しヒヤッとはしましたけれど」
『……オリテ、クレ』
「…………」
『キケン、スギル。コウウンガ、ツヅクトハカギラン』
「私は……」
その時近くで、きゃあ、と悲鳴が上がった。中年の男女だった。視界の端でミドリが兜のバイザーを降ろす。その唇が小さく「母さま」と呟いた。
「何者だ!」
男は女を庇い、背中の後ろに回して真っ直ぐに立った。その声と手は震えていた。母さま、ということは女はミドリの母親で、コイツがミドリの叔父か。最初の段取りではコイツをビビらせるのが俺の役割だった。
俺は首をもたげると、目を細めてわざと顔を男の顔に近づけた。まあ整った顔立ちと言っていいだろう。スカしたブランドのスーツ。俺がフンッと鼻で笑うと、男の前髪がバサッと靡いた。
「な、何者だと、聴いてる!」
『ダレカヲタダストキハ、ミズカラナノッテカラガレイギデハナイノカ? ジョウミョウノモノヨ』
実は一回言ってみたかったんだよね。定命の者よってやつ。ゆうて俺も多分定命なんだけど。
「オクトーバー」
ミドリが俺に控えるように合図した。
俺はぐるる、と喉を鳴らして了解した旨を伝えた。
「我々は敵ではありません。あの怪物を倒す為に来ました」
「倒す? あの怪物を?」
「奥様……を連れてお逃げなさい。道路橋を歩いて渡るのです。途中に人がいたら、声を掛けて。怪物は私とこの竜とが引き付けます」
「この人は……まだ妻じゃない。同じ位大切な人だが」
「そうですか……」
男は女を庇ったまま、胸を張って俺たちに相対していた。次々と起こる常識を超えた事態の連続に混乱し恐怖してはいるのだろうが、それ以上の何かが男の勇気の芯となって、彼を支えているようだった。
女も男に全幅の信頼を置いているようで、二人は視線を交わすと微笑んで頷きあった。
「愛して、らっしゃるのね」
ミドリのその言葉は蚊の鳴くように小さく、俺には聞こえたが二人には届かなかった。
「殿方ならば‼︎」
ミドリは急に凛々しく声を張り上げた。
「最後までその方を護り抜きなさい‼︎ 一命を賭けて‼︎ さあ走って! 少しでもこの島から離れるのです!」
「私は榮倉シゲタダ、小さいが会社を経営してる。あなたは? なんと呼べばいい?」
「私は……」
ミドリは手綱を打って俺に離陸するよう合図した。
「私は、私たちはグリーンオクトーバー! 正義の竜騎士、グリーンオクトーバーよ‼︎」
俺は翼を唸らせて、再び天空に舞い上がった。
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