母よあなたは正しくて サイドB:5

 そして更に次の日。時間は夜。


 俺はまたマンションの屋上にいる。


 色々考えた挙句、俺は俺の正体を彼女に明かすことに決めたからだ。


 正直、今の彼女と俺の関係はWin-Winと言えなくもない。

 自殺志願者だった彼女はすっかり生きる気力を取り戻し、前向きに人生を謳歌できるようになったわけだし、俺の側は、その……ほら。ね。


 けどこんなのはやっぱりアンフェアだと思うのだ。彼女は俺が同じ年頃の男子であることを知らない。そうと知らずに俺に身を寄せ、俺を撫でて、俺に跨っている。なんというか、彼女が気づいてない壁の穴から覗きか何かでもしている気分で、これは健全じゃない卑怯なことだ。


 彼女の前でドラゴンから人間の俺の姿に戻り、全て打ち明けよう。そして謝って、これっきりにして貰おう。

 所で我々ドラゴンを含む怪獣系変身を行うものの衣服はどうなるか問題だが、これは上手くしたもので衣服を着たまま変身しても服が破れて飛び散ったりもしないし、変身を解けば変身前に着ていた服を着た状態の人間に戻る。

 小さい頃、この変身前後の服の消失と出現を不思議に思って母に尋ねたが、答えて曰く厳密には身体が膨張してドラゴンになっているのではなく、因果律の改変により「人間としての俺」と「ドラゴンとしての俺」が俺の魂を軸に入れ替わっているのだと言う。

 ……と、言われても正直チンプンカンプンだけど、我々神話の時代から生きる幻獣には多少ながら現実を改変してしまう力があるのだそうだ。

 だから、人間たちの進化論とは外れたボディデザインで生きていられるしタンパク質やカルシウムで出来た生き物なら到底生存できないような環境でも普通に活動できる。

 細胞や骨を変化させて変身するのではなく、「人間」という現実を「ドラゴン」という幻想に上書きする。

 それが俺たち、幻獣の変身なんだ。


 つまり、何が言いたいかと言うと、彼女の前でドラゴンから変身を解いて人間に戻っても、裸の高校生がクシャミをしなくても済むってこと。


 ……来た。

 彼女だ。

 今日は昨日までのカッコとは違い、全身をすっぽり覆うようなマントを身に着けている。

 まあ肌寒いもんな風もあるし。


 俺は息をゆっくりと息を吸い込むと、ドラゴンへの変身を解こうと意識を集中──できなかった。


 先に姿を変えたのは彼女の方だった。


 ばっ、と目の前を黒いものが覆った。

 それは彼女が脱ぎ捨てたマントだ。

 翻るビロードのマントは強いビル風に煽られて夜空の彼方にすっ飛んで行く!


 え⁉︎ 飛んでっていいの⁉︎ 使い捨て⁉︎


 と、いう驚きを、更に大きな驚きが塗りつぶす‼︎


 びっ、びっ、びっ、びッッッ!


 ビキニアーマーッッッ!!!?

 羽根飾り付きのヘルム!!!?

 ラウンドシールドとブロードソード!!!?


「……どうかしら? オーダーメイドで造らせましたの。あなたの騎手として相応しく見えて?」


 ……いいっ!

 いいけど良くないっ!!

 見た感じ本物の皮とか金属パーツみたいだけどそれ幾ら掛かってんの⁉︎

 俺ビキニアーマーの相場とか知んないけどオーダーメイドでそんなん作ったらマジ幾らすんの⁉︎

 少なくとも十万単位なんじゃ……?


「寒くないか心配してくださっているのねオクトーバー……心配は無用です。肌が露出してるようにみえる部分はそういう素材のタイツを着てますの」


 ああ、そうかそれなら安心……じゃなくて‼︎

 俺はコンビを解消したいの‼︎

 オクトーバーから尾藤マキオに‼︎

 普通の男の子に戻りたいの‼︎

 でもアンタがそんなカッコしてる前で自分だけポロシャツデニムとかに戻れないジャン‼︎


「明後日にはあなたと私専用の鞍が届きますわ」


 クラ⁉︎ ちょ、待っ、どゆこと⁉︎

 この世界って俺が知らないだけでドラゴン用の鞍とかハミとか手綱とか作ってるメーカーあんの⁉︎

 ってか寸法とか測られた覚えないけどフリーサイズなの⁉︎

 しつこいようだけどそれ幾らすんの⁉︎


「週末……土曜日には初出撃です」


 しゅ、出撃⁉︎

 なに言ってくれてんのこの全身タイツ&ビキニアーマーの自称グリーンの自殺未遂お嬢様は⁉︎

 僕あのテロ行為とか人間社会を脅かすような破壊活動とかはしちゃいけませんってお母さんが……!


「大丈夫。何も色々な腹いせにこの世界を焼き払ってやろうなんてつもりはございませんわ」


 あ、あったりめーだ‼︎

 ドラゴン一匹で世界に立ち向かったって攻撃ヘリで落とされて戦車でボコボコにされて、よしんば死ななかったとしてもどこかの研究施設に幽閉されて生かさず殺さず千切り短冊銀杏切りの実験体三昧だぞ⁉︎


「目的はあるカップルのデートの妨害です」


 しょっぼ!!!!

 騎士のカッコして!

 ドラゴンに乗って!

 天空を駆けて!

 やることがデートの妨害⁉︎⁉︎⁉︎

 しょっぼ!!!!

 ドラゴンを田舎の改造単車かなんかと勘違いしてない⁉︎

 それは多分ドラゴンに乗らない普通の服装のあなた個人でもできることなのでは……⁉︎


「……あなたには人間の心は分かりにくいかも知れませんわね。オクト」


 略した!

 オクトって略した!

 名前を付けてから略し呼びに達するまではえーな。まだ何回もオクトーバーってフルで呼んでねえだろ。

 ってか分かるわ!人間の心!

 中身は人間だっつーの!!!

 そらアンタは知らんやろうが。 


「私は父を病で亡くしました。半年ほど前です。でも母はもう、新しい男と付き合っている。週末、その男とドライブデートです」


 ああ……なんかその辺の色々が自殺の原因みたいな感じなのかな……そう思うと……さっきまでのテンションでツッコミづらくはある。


「その男というのが、父の弟! つまり私の叔父です!」


 うーん……夫に先立たれた奥さんを励ましたりしてる内に……みたいな感じかな。当人同士の立場なら分からなくはないけど、確かに子供目線からだと許せないというか、生理的な嫌悪感とかはあるかも知れないな……。


「ドライブの目的地は千葉県木更津。東京湾アクアライン海ほたる」


 きっ、木更津⁉︎

 俺、木更津まで飛ぶの⁉︎

 ってか場所知らねーよ⁉︎

 途中でGoogleマップ見ていい?っていいワケねーよな?


「いいことオクトーバー! 作戦はこうです! 突然空から現れたドラゴンライダーに怯え、狼狽し、醜態を晒す叔父の姿を母に見せつけて、二人の仲をギッタンギッタンに引き裂くのですわ!!!」


 ギッタンギッタンに引き裂くのですわ!!!じゃねーよ‼︎

 なに食ったらそんな発想になるんだよ!!!

 んなとこで一般車にチョッカイ出したりしたらメチャクチャ目立つし絶対動画とか撮られて「衝撃映像333本!」とかの番組に適当なナレーションとアイドルのワイプ付けられて流されるじゃん!!!

 親の恋路の邪魔に幾ら費やしてんだよ!!!

 それ俺が正体明かして断ったら損害賠償請求とかされん……の?

 いや。待て。それは真面目にあり得るな。お嬢様なんだから遣り手の弁護士くらいなんとでもなりそうだ。ビキニアーマー、肌色全身タイツ、ヘルムとシールドとソード、ユニバーサルデザインの特注の鞍、あと飛んでったマント、それにお嬢様の精神的苦痛とか、セクハラの刑事責任とか問われたら……。


 それならまだしも、もしも、もしもまた自殺したい気持ちになったりしたら……。


「ゥおーっほっほっほっほっほっほっほッッッ‼︎」


 こいつ……‼︎

 お嬢様とかなんとかじゃなくて、お金があるだけの言葉遣い丁寧な超絶変人なのでは……⁉︎


 ああ、母さん──。

 あなたは圧倒的に正しかった。

 俺は、ドラゴン族は。

 今のこの人間の世界で、瞬きの一瞬ほどもドラゴンに変身するべきじゃなかったんだ……!

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