ほたるは炎に包まれた サイドA:5
オクトーバーの背中に跨り、夜空を飛ぶ。
私は、私たちは完成した一騎の竜騎士だった。
レザーアーマーはオーダーメイドで、全てホーウィン社シェルコードバンの特注品。兜と剣と盾は美術品として造られたレプリカだが、剣は刃こそ研がれていないものの鋼を打ち鍛えた精巧なものだし、兜も盾も中世の騎兵が使っていたものを完全に再現した、ちゃんとした防御力のある本物と言って差し支えない完成度だ。
流石は世界的に有名なジャベツクリフの職人たち。インターネットを用いた特注の品の特急のオーダーに最高の仕事で答えてくれた。
その分、車が二台三台買えるような額は掛かったけれど、後悔はなかった。
私の竜。オクトーバーが本物である以上、合皮やプラスチックの衣装は彼に対する侮辱になる。私も、本物でなければ彼に乗る資格がない。
幼い頃から目で見みたものの寸法を正確に推測できるという私の特殊な才能が、ここまで具体的に役立ったのは初めてだった。
ちゃんとした鎧に身を包み、鞍に跨って手綱を取る。手首のスナップを効かせ手綱を打つと、オクトーバーはすぐさま助走を付け跳躍して飛び立つ。
私の心は高揚した。
昔から私は、絵本を読んで貰っていても、お姫様より騎士の方に惹かれる子供だった。
魔法のヒロインより変身ヒーローに憧れ、プリンセスのドレスより武器の玩具が欲しかった子供だった。
だがそれを、言葉にははっきり出さないものの周囲の大人たちが嫌がっているのが子供心に分かって、私はその強いもの戦うものへの憧憬を無視し、考えないようにし、胸の底に押し込めていた。
オクトーバーは、私の竜は、そんな私の無意識……イドの怪物なのかもしれない。
私が死を決意し、具体的にその渕に向かって身を投じた時、私が意識の下の混沌の領域に押し込め続けていた力への希求が形を取って、一匹の竜を象ったのではないか。
最近の私はそう考えるようになっていた。
そうでもなければ、この世に竜なんてものが存在する説明が付かない。
私が生み出した竜ならば、少しくらい、私の我儘に付き合わせても構わないだろう。
私がまた変に我慢を続ければ、更にまた別の怪物をこの世に産み落としてしまうかも知れないのだから。そうなる前にリスクコントロール──ガス抜きが必要だ。
私はスマホの地図アプリを見ながらオクトの手綱を操り、叔父と母が辿るであろう道筋を上空から追った。
勿論、人目の沢山ある街中で襲いかかろうなんて思っていない。
郊外か山中か、どこか他の車の通りがないタイミングで急降下して脅かして、狼狽し恐怖して、卑劣な間男の本性を晒す叔父を母に見せつけてやるのだ。
だが、誤算があった。
手綱に慣れないオクトーバーは度々経路を逸れて、その度に私は叔父の車を見失った。
経路を確認し修正しながらなんとか追跡を続けたが中々襲撃のタイミングを取ることが出来ず、気がつけば我々は母と叔父のデートの目的地である海ほたるに、母たちに遅れる形で到着することになってしまった。
まあいい。帰り道もある。
夜の海に浮かぶ長い道路橋とその先の人工島を見つめながらそう思った時、異変は起きた。
人工島にパッと明るい火の手が上がった。
どーん、という作例音が4秒ほど遅れて聞こえて来た。
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