PM17:50 推されているらしい

 ガタイの良い大男と絶世の美男子のコンビは、どこで何をしていても目立ってしまう。加えて、普段はエア島王宮かガレア島の一部区域でしか見ることのできない近衛騎士団の青の制服となれば注目度は高い。道行く親子連れも足を止めて、手を振ってくる。ヒースがヒラヒラと手を振り返せば、親子の後ろに居た通行人が頬を染めた。


 今、二人の背後にはゴシップ誌の記者たちと、ヒースの熱烈なファン数名が追いかけて来ている。中には、通行人のフリをしてヒースに接触を図った者たちも居たが、ディーンのひと睨みで悲鳴を上げて逃げていった。


「……僕も、コワモテに生まれたかったなぁ」


 去っていく記者の背中を眺めながらヒースが言うと、ディーンが舌打ちする。


「あ? 喧嘩なら買うぞ?」

「威厳があるなぁって褒めてるんだよ」


 道を渡るご老人を手助けしたり、観光客に道を教えたり、強盗を捕まえたり、竜車事故の事情聴取をしたりと、ヒースが真面目に仕事をしている姿を撮っても、ゴシップ誌向けの撮れ高は少ないのだろう。記者は次第に減っていき、交代時刻が近付く頃には、追いかけてくるのはヒースのファンだけになった。


 極北の国シュセイルは、夜の訪れが早い。島々を照らす魔光の太陽は十七時を過ぎると光量が落ちて、十八時には夕焼けの空となり、十九時に完全に消える。シス島の商店も閉店準備を始める頃で、徐々に人通りが減っていく。


 そうなると心配なのは、ヒースをしているらしいファンの皆様である。

 隠れているつもりなのか、少し距離を取った場所からヒースを見守る彼女たちは、抜けがけした者や近付く記者を妨害したりと素晴らしい活躍をしている。ヒースも無下にはできず放置していたのだが、首都四島は治安が良いとはいえ女性の夜歩きは危険である。暗くなる前に安全に家に帰してあげなくてはならない。

 ディーンが魔石を取り扱う鉱石屋に行く間に、ヒースは彼女たちに声をかけることにした。


「お嬢さん方。そろそろ暗くなる頃ですから、今日はお開きにしませんか?」

「ひゃっ!?」


 ディーンとヒースが入っていった鉱石屋の入口を、向かいの店の角から見張っていた彼女たちは、背後から声をかけられて振り返る。ヒースは普通に近づいても逃げられると思って、わざわざ店の裏口から出てまわって来たのだが、必要以上に驚かせてしまったようだ。


 おそらく裕福な家のご令嬢たちなのだろう。そこに居た四人全員、昼用ドレスの上に温かそうなコートを着て、フリルと白薔薇の花の飾りを付けた揃いの帽子を被っている。隠れたいのか目立ちたいのか分からない、尾行素人らしい服装である。白薔薇の花飾りは、ヒースの実家であるクレンネル大公家の紋章をイメージしているのだろうか。


「こんにちは。驚かせてごめんなさい」


 突然目の前に現れたに、固まったのは一瞬。ものすごい光量の光を浴びたかのように、両手で顔を覆う彼女らに、ヒースは困惑した。


「ありがとうございます!!」

「え、いや、なんでお礼を言われたんだろう?」


 直視できないのか、顔を伏せたまま手を差し出されたので、ヒースは呆気に取られながら端から順番に両手で握手する。


「良い匂いするぅ……もう手を洗えないぃぃ……」

「新作の香水です。ジェマローズから今夏発売予定です。あっ、家に帰ったら手は洗いましょうね」

「うう……こんな近くで御尊顔を拝するなんて、もっと良いお洋服にすれば良かった!」

「大丈夫。充分可愛いですよー。ドレスの色、貴女の瞳によく似合っています」

「クリスティアルさま優しい……好き」

「そうかな? 実はすごーく悪い男かもしれませんよ?」

「あの……記者に酷いことをたくさん書かれていらっしゃいますけど、わたくしたちはクリスティアルさまを応援しています」

「ありがとうございます。さっき記者を追い払ってくれたね? ありがとう。でももう危ないことはしてはいけないよ。皆さんに何かあったら、僕は悲しくなっちゃいますからね」


 ひとりずつファンサービスをしながら、実家で作っている化粧品ブランドの宣伝も忘れない。最後のひとりがどうやらリーダーのようで、握手が終わると小さなハンドバッグから写真機を取り出し、もじもじしながらヒースの顔を見上げる。


「クリスティアルさま……一緒にお写真よろしいでしょうか?」

「はい。いいですよ」


 ヒースがにこやかに応じると、彼女たちは抱き合って喜んだ。

 警邏けいら中に写真に応じることは特に禁止されていないし、むしろ広報活動の一環として騎士団と一般の国民双方に喜ばれている。ヒースに断る理由は無い。


「その代わり、写真を撮り終わったら、今日は解散しましょうね。今、色々と物騒だから暗くならないうちにね」

「はい!」

「じゃあ、撮ってやるから、さっさと並びな」


 いつの間にか店から出てきたディーンが写真機を受け取る。


「まぁ! ご親切にありがとうございます!」


 なんて答えている彼女に、『その人、僕より会うことが難しい王子様なんだけど』と言いたいのを堪えて、ヒースは彼女の肩を抱き寄せる。


「撮るぞー。三、二、一」


 パシャリと降りたシャッター音の後に、ホッと溢した息は白い。違和感と頬を刺すような寒気に、ヒースが彼女を抱えてその場を飛び退いたのは英断だった。


「ヒース!」

「きゃあああ!!」


 ディーンの声と女性の悲鳴が重なる。ヒースが飛び退いた場所に、ザラザラと細かなひょうが跳ねた。まるで氷を入れたバケツをひっくり返したような局地的な変化が、自然発生したものではないことは明らかである。

 傾く魔光の太陽が、石畳の道に細長い影を描く。ふと見上げた茜色の空、商店の屋根の上からこちらを見下ろす黒い人影を見た。


「いたぞ! あそこだ!」


 石畳を打ち鳴らす軍靴の音が響き、他団の騎士たちがヒースたちの目の前を駆けて行く。影は追手を翻弄するように屋根から屋根へと跳ねて逃げる。目を凝らして見ても、ちょうど魔光の太陽が逆光になって影の正体は判別できなかった。


 追跡はひとまず他団に任せて、現場検証をしなくてはならない。ディーンは早速動き出し、路面に白く残った雹の粒を調べている。

 ヒースは腕の中で気を失いかけている女性を安心させるように微笑んだ。


「急な仕事が入ってしまいました。送ってあげられなくてごめんなさい。皆さん気をつけて帰ってくださいね」

「は、はぃぃ……」


 顔を真っ赤に染めて、違う理由で気を失いそうな彼女を他のメンバーに託した。彼女たちが竜車の停留所に向かったのを見送ってから、ヒースは路面にしゃがみ込むディーンの元に戻る。


「何か分かった? あれが、雪女なのかな?」


 ディーンは白い氷の塊の山から、真珠色の欠片を摘み上げてヒースの掌に乗せる。


「分からない。だが、証拠は、あの時アルの側に居た竜だと言っている」

「そう……だね」


 ヒースが上着のポケットから白鱗を取り出して並べてみれば、新たに入手した欠片と全く同じ色をしている。同じ竜の鱗の欠片に違いない。

 ディーンは立ち上がり、影が消えた西の空を見上げる。


「俺たちが助けたあの群れに、仔竜はあいつ一頭だけだった。あいつが雪女かどうかはまだ分からねえが、お前に執着してお前と近しい者たちに付き纏っているのは、あいつに間違いないだろう。お前の頭上にだけ雹を降らせたのは……」

「やきもち? 僕が女の子と仲良くしてたから?」

「さあな? 女心はお前の専門だろう? だが、もしあいつが雪女なら、こんな嫌がらせ程度では済まなかっただろう。今頃氷漬けになってたかもしれない」


 降ってきた雹は小粒だったので、逃げ遅れて直撃を受けたとしても、ちょっと痛いぐらいで大した影響は無かっただろう。ディーンの言う通り、嫉妬による嫌がらせの可能性が高い。

 ヒースは白鱗と一緒に新たに手に入れた欠片をハンカチに包むと、上着の内ポケットに大事にしまう。


「仔竜の可愛い嫌がらせだからって、このまま放っておけば、雪女と間違えられて、いずれどこかの騎士団に捕まる。その前に、あの仔を保護しないといけない。首都が大変な時に、自分の望みを優先するなんて、シュセイルの騎士としては失格かもしれないけど……ディーン、僕はあの仔を追いかけたい」

「そうか」


 ガサツだが真面目なディーンは反対するだろうと、ヒースは構えていたのだが、意外にもあっさりと理解を示してくれた。


「怒らない、の?」

「お前はそうするだろうと思ってたしな。それに、慌てて竜笛を作る必要が無いから、じっくり取り組める……と、方針が決まったらやることはひとつだ。舌噛まねえように歯を食いしばれ」

「ん? えっ!?」


 ディーンはつかつかと歩み寄り、ヒースの胸ぐらを掴む。瞬間、足元から爆発的な暴風が巻き起こり、二人の身体は近くの商店の屋根の上まで吹き飛ばされた。


「うわあああぁぁ!? そういうの、先に言ってよ!!」


 悲鳴を上げながらも、ヒースはしっかり着地を決める。高い所から街を見渡せば、家々の屋根の上に夕陽を浴びてきらりと光る氷の粒が見えた。

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