PM14:00 捜査会議じゃ踊れない

 その日の午後、ヒースはガブリエルと共にガレア城に赴いた。どんな理由でヒースが喚ばれたのかはまだ分からないが、きっと碌でも無い理由に違いない。

 ヒースの眼に父のような予言の力は無いが、悪い予感だけは昔からよく当たる。理由を見繕ってお断りしたいところだが、ご指名とあれば同行せざるを得ない。


 石造りのガレア城内部は、陽光が届かず寒さがしみる。古い燕脂の絨毯が敷かれた廊下を歩き、戦神対魔神の戦いの一場面が浅浮彫された大会議場の扉の前に立つと、ヒースはガブリエルの顔を窺う。ガブリエルが「行きましょう」と頷いたので、ヒースはドアノブに手を掛けてゆっくりと押した。

 ドアが億劫そうな鈍い音を立てて開くと、遅れて来た二人を咎めるように視線が集まる。しかしすぐにそれはヒースの顔に集中した。


 大会議室はすり鉢を縦半分に割った形に席が作られている。正面の少し高い位置に議長席があり、第一騎士団の白の制服に身を包んだ議長と二人の書記官、進行役の騎士が座っている。彼らの頭上には大きなスクリーンが掛かり、ぼんやりと白い光が映し出されていた。


 しんと静まり返った場内を、好奇の視線を一身に浴びながら、ヒースは何食わぬ顔で歩く。すり鉢の縁にある入り口から、階段を降りて最前列にある近衛騎士団の席まで来ると、ガブリエルが席に着いたのを確認してから隣の席に座った。


「近衛騎士団も来たことだ、捜査会議を始めよう」


 議長がわざとらしい咳払いを交えて宣言すると、会議室の明かりが落とされ、スクリーンの映像がより鮮明になった。映像は犠牲者が発見された場所を示した首都四島の地図と、犠牲者の顔写真である。概ね、事前に読んだ資料の通りだった。


「珍しく近衛が来たのに、第五騎士団が来ないとは……」

「第五の連中は協調性が無さすぎますなぁ」


 後ろの席から聞こえる陰口に辟易しながら、ヒースは進行役が読み上げる捜査状況を記憶と照らし合わせた。




 まず最初に、雪女が浮島へ侵入した経路についての話があった。

 浮島には強力な結界が張られているため、高い知性と魔力を持った大型の竜や魔物は国王の許可が無い限り浮島周辺の飛行・着陸ができない。許可無きものは結界に阻まれて、弾き飛ばされてしまうという。

 ――ただし、抜け道はある。人や小型の竜や魔物に化けて、イスハットから昇降機に乗って浮島に昇るという方法だ。正規のルートで結界内に入ったものは排除できない。


 最初の犠牲者であるトーベック男爵と下男はシス島の空港で発見されたことから、雪女はトーベック男爵の手を借りて昇降機を使って浮島の結界内に侵入した説が濃厚である。犠牲者二人は、現在イオス島の大学病院に入院している。意識は戻ったが、事件前後の記憶は戻っていない。


 最初の事件以後、犠牲者はガレア島とシス島に集中している。イオス島で犠牲者が出ていない理由は未だ不明。つい先日エア島で犠牲者が出たため、貴族が騒ぎ始めている。夜間警邏は二人一組が基本だが、今夜から倍の四人一組とし、エア島にも人員を割くことになる。各騎士団の負担が増えるが、上手くやり繰りされたし。

 また、各島に竜撃槍を配備し、雪女の正体が大型の竜や魔物だった際に、団長権限で使用を許可するとのこと。




 順調に進んでいく会議に、ヒースは居心地の悪さを感じた。何故、自分がここに喚ばれたのか。ただ近衛騎士団の代表としてなら、ヒースよりも勤続年数が長い優秀な騎士がいるはずだ。ガブリエルにこそりと聞いてみようかと、ヒースが彼の方へ顔を向けた時、暗い会議室を照らしていたスクリーンの映像が点滅した。

 ヒースは何事かとスクリーンを見上げて、そのまま思考が停止してしまった。更新された映像に、驚愕の声が場内を満たす。


「今、速報が入った。今朝、八時四十五分頃、シス-ガレア大橋で大事故が発生したと報道には出ているが、実際は何者かの襲撃を受けて交戦した騎士が氷漬けになり重体。状況から雪女が出現した可能性が高いとのことだったが……現場検証の結果、たった今、雪女の仕業と確定された」

「雪女は今まで夜間しか現れなかったが、手口が変わったのか?」

「交戦したのは第五騎士団の……」


 議長よりもたらされた新情報に、どよめきの波が大きくなった。しかしそのどれもがヒースの耳に入ることなく側を掠めて通り過ぎていく。


「うそ……」


 ヒースはスクリーンを見上げたまま呻くように一言溢して、ようやく息が止まっていたと知った。動悸がする胸を摩りながら、ゆっくり深呼吸する。酸素が行き届いて思考が回り始めると、今度はやるせなさに胸が痛んだ。


 今朝まで一緒に居たのに。イオス島で見送った時には元気だったのに。同姓同名の別人かもしれないと思いたくても、スクリーンに映る眠そうな顔はアルファルド以外の誰でもない。

 アルファルドの容態は? 彼の側に付いているだろうセリアルカに、どんな顔をして会えばいいのだろう? ヒースの頭の中では、そんな疑問が高速で巡っていた。


「最新の犠牲者はたしか、クリスティアル卿の従兄弟いとこでしたな? 今回も犠牲になったのは、か……。となるとやはり、クリスティアル卿にお力添えいただくしかありませんな。卿の美貌なら雪女だって釣れるでしょう?」


 苦笑混じりの議長の言葉に、意地の悪い失笑がさざなみのように会議場に広がる。いつものヒースなら、『うっかり、雪男も付いてくるかもしれませんが、構いませんね?』ぐらい言い返しただろう。しかし、動揺を突かれたヒースは、間の抜けた質問を返すことしかできなかった。


「えっ、はい? 何が仰りたいのですか?」

「これ以上犠牲者を増やさないためにも、今までにない大胆な策が必要だ。雪女は金髪の若い美男に執着している。当代一の魔性の美貌を持つ卿ならば、これ以上に無い最高の擬似餌になる。是非、捜査だけならず捕獲にもご協力いただきたい」


 ――ああ、最初からそのつもりで僕を喚んだのか。


 今までのやり方では雪女を捕らえられない。大胆な策が必要だ。という意見にはヒースも賛成だ。しかしアルファルドでさえ敵わなかった相手に、魔法が使えないヒースがどこまで粘れるのか。文字通り、ただ食い付かれるだけの擬似餌にしかならないのではないか?


 ヒースの答えを急かすように、議長が指で机を叩く音が会議場内に響いていた。

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