day:2 ガレア島:騎士団総本部

AM9:20 娘には会わせないと言われています

 騎士の街ガレア島。騎士団直営工房や御用鍛冶屋、闘技大会が開催される大闘技場があり、第一から第五騎士団、そして近衛騎士団が営舎と宿舎を構える騎士のための街である。

 現役の騎士はもちろん、工房で働く者たちは元騎士だったり、準騎士として兼業で騎士業務に就いていたりするので、この街ですれ違う人間は、ほぼ騎士だと考えて間違いない。


 セリアルカと停留所で別れた後、ヒースは明るさに眼を慣らすため、サングラスを外した。美しい青の瞳が露わになると途端に変装は解けて、好奇の視線が背中に突き刺さる。視線の主も、陰口を叩く声の主も、きっとヒースと職を同じくする騎士たちだろう。


 ヒースが声のする方に顔を向けて困ったように笑うと、第二騎士団の紺色の制服に身を包んだ女性騎士三人組が顔を赤らめて固まった。――この程度で黙るのなら可愛いものだ。と、ヒースは嘆息する。


 ヒースが目指す近衛騎士団の営舎は、街の北西のエア島に向かう天空大橋の袂に在るのだが、まずは宿舎に寄って荷物を置いて、制服に着替えなくてはならない。

 石畳の道をトランクをガラゴロ転がしながら歩くこと数分、街の中心部まで来ると、正面に灰色の石で造られた無骨な城が見えてきた。全六十騎士団の旗が掲揚されたその城こそが、シュセイル王国騎士団総本部、ガレア城である。


 有事の際は国王がこの城に移り、作戦本部となる。城は定例騎士団長会議などにも使われているが、普段は閑散としていて、ちょっとマニアックな観光地となっている。――そう、普段ならば。

 白の制服は第一騎士団。紺色は第二。深緑は第三で、黄土色は第四騎士団と、現在城門の前には続々と騎士が集結し始めていた。集まっているのはガレア島に拠点を置く騎士団員たちだったので、首都近郊の騎士団が招集されたのだろう。

 他国と戦争を始めるような事態なら、シュセイルの全騎士団に招集がかかるので、もっと混み合うはずである。となると、考え得る原因はひとつしかない。


『最近、首都四島には“雪女”って呼ばれている女怪が出没していて、夜間外出禁止令が出ているんだ……』


 セリアルカの声が脳裏を過ぎる。不穏な喧騒に包まれたガレア城を横目に見ながら、ヒースは道を急いだ。



 ††



「クリスティアル・ヒース・クレンネル。ただいま帰環いたしました」


 近衛騎士団営舎内、団長執務室では、副団長のガブリエル・リンドルム卿が積み上がった書類を仕分けている最中だった。ヒースが声をかけると、ガブリエルは首の後ろで纏めた長い金髪を尻尾のように揺らしながら振り返る。敬礼するヒースを一瞥して、ほんの僅かに目を細めた。


「おかえりなさい。クリスティアル卿。団長殿はほんの少し前に緊急の呼び出しがかかって出かけましたよ。その辺で、会いませんでしたか?」

「えぇ!? いやぁ、会ってないです。どこかですれ違ってしまったみたいですね。あの、これ、ローズデイルのお土産なんですけど、ご家族で使ってください」

「えっ、私に?」


 セリアルカにあげたものと同じ、薔薇の石鹸とボディクリームのセットを差し出すと、ガブリエルは意外そうな顔をする。白い薔薇の飾りが付いたピンク色の紙袋を開けると、ふわりと甘い薔薇の香りが漂った。


「あっこれ、妻と娘が欲しがっていたやつだ。お気遣いありがとう。大事に使います」

「それは良かった!」


 ガブリエルが格闘中の大量の書類は、浮島で起きた事件の報告書で、各島ごとに日付順で並べているようだ。ヒースは机の上に置いてあった書類の山を手に取り、仕分けを手伝いながら問う。


「団長が出かけたのは、やはり“雪女”絡みでしょうか? ここへ来る前にガレア城の前を通りましたが、第一から第四までの騎士たちが集結してましたよ」

「フィリアス卿が直接通信を取ったので詳細は分かりませんが、どこかでまた犠牲者が出たのでしょう。現状、氷魔法を迅速にかつ正確に解くことができるのは、我らが団長フィリアス卿をおいて他に居ませんからね。ガレア城の件は捜査会議でしょうね」

「犠牲者が出る度に呼び出されるなんて……フィリアス卿が過労でぶっ倒れないか心配ですね」

「ええ、本当に」


 リンドルム伯爵家は第三王子派で、第二王子のディーンを王太子に推すフィリアスやクレンネル大公家の政敵陣営に属する。しかしガブリエルが近衛騎士団に貴族間の政治を持ち込んだことは、ヒースの知る限り一度も無い。

 一近衛騎士として団長フィリアスを気遣い、献身的に補佐する姿は好感が持てるし信用に値するとヒースは思う。いつか本音を聞いてみたいと思っているが、なかなかその機会は巡ってこない。


 二人がかりで作業すれば、仕分けはすぐに終わった。ヒースが仕分けた書類を纏めて手渡すと、ガブリエルは苦笑する。


「卿の復帰は午後からでしょうに。手伝いありがとう。助かりました」

「どういたしまして。どうせ始業まで暇ですし」

「それならば。ちょうど、ここに第一騎士団の捜査報告書がありますので、目を通しておいてください。先刻、ついに近衛騎士団にも応援要請がかかりました。昼過ぎまでに団長が戻らなければ、私が代理として捜査会議に出ることになるので、貴方も同席してください」

「えっ、僕も、ですか?」

「私にも理由は分かりませんが、貴方をご指名なのですよ」

「はぁ。承知いたしました」


 手渡された捜査資料のファイルはずしりと重い。捜査会議までに読めるだろうか? とヒースは内心焦りながら、慌ただしく執務室を出た。


「……なんだか嫌な予感がしますね」


 扉が閉まる寸前、ガブリエルが悲しげに溢した声は、ヒースに届くことはなかった。

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