14 決起集会
「せっかくだから、温泉に行ってくるよ! 見張りにアルを借りるね。……あっ、覗いちゃダメだぞー?」
「ぶん殴るぞ」
ディーンといつも通りのぞんざいなやりとりをした後、ヒースはアルファルドと一緒に温泉に出掛けた。しばらく経って戻ってきたヒースは濡れた髪から水滴を滴らせながらディーンに駆け寄ると、世界の終わりを目撃したかのような深刻な顔をする。
「聞いてくれディーン!」
「わーマジか。そいつはすげえな」
「まだ何も言ってないよ! 真面目に聞いて!」
ヒースが『聞いてくれ』とか、『事件だ』とか言う時は、大抵ろくな目に遭わないということを、ディーンは約二十年の人生で嫌という程学んだ。ヒースには、少し前にも、傷付いた仔竜を連れて帰ってきたという前科がある。
ディーンは半ば諦観しながらヒースの頭を鷲掴む。ふわりと風が吹き上がり、一瞬で髪が乾いた。
「あ、ありがとう……」
「で? 今度は何を拾ったんだ?」
「えっ! なんで分かったの!?」
「なんで分かったの!? じゃねえんだよ……なんで訳の分からんものを拾うんだ。お前は犬か!」
アルファルドが『犬の方が賢い』と訂正を求めてきたが、がっくりと肩を落としたディーンは聞き入れなかった。
ヒースは抱えていた仔竜をライルに預けると、上着の内ポケットを探る。ほかほかと湯気が立つ仔竜は、ライルの肩に登って上着のフードの中にすっぽりと収まった。
「着替えている時に思い出したんだけど、そういえばまだディーンに見せてなかったなって」
ヒースは上着の内ポケットから半月型の塊を取り出して、ディーンの掌に乗せた。焚き火の炎を映して赤く輝く欠片を認識した途端、ディーンは息を呑む。
「これは! 竜笛じゃないか!」
「竜笛?」
「竜の鱗を加工した笛だ。新米竜騎士が、自分の竜を呼ぶ時に使うんだが……」
何故お前が持っているのか、と言外に目で問われても、ヒースは明確な答えを持たない。初めて目にした銀竜の威容に見惚れていたら、いつの間にか髪に絡まっていたのだ。いつどこでフードの中に忍び込んで来たのか、全く思い出せない。目を泳がせて記憶を遡るヒースに、ディーンは半月型の尖った端を示した。
「ここに穴が空いているだろう? 吹けば、一度だけ竜が呼べる」
「銀竜が、来る?」
「ああ。わざわざ探しに行かなくても良いってことだ。正直、いつ何処で銀竜に襲われるか分からないまま、雪山を歩くのは危険だと思っていたんだ。だが、これがあるなら話は変わってくる。貴重なものを拾ったな」
「そう……」
返された竜笛を眺めながら、気落ちした様子のヒースに、ディーンは目を瞬く。
「おい、どうした? 浮かない顔だな」
「うん。……こんな状況じゃなかったら、君にあげたかったなって思ってさ」
青い視線が、ひたりとディーンの目の奥に向けられる。ヒースは上着の内ポケットに竜笛をしまいながら、悲しげに首を振った。
ふわりと毛先が巻いた豪奢な金髪は、炎の赤を映して眩い光を弾く。長い金の睫毛から覗く、青の宝石のような瞳は妖しく輝いて、見る者の精神の防御を剥がそうとする。普通の人間なら、この辺りで音を上げて、彼の言うなりになるのだろう。
しかし長年の付き合いの賜物か、ディーンにはこの手の誘惑が全く効かない。今回も鼻で笑われて一蹴されてしまった。
ヒースは、いずれ銀竜に挑む親友への良き餞別になればと考えていたのだが、やはり受け取ってくれないのかとため息をつく。
ディーンの、将たる責任感は非常に強い。自分の利益など二の次。目的を達成し、仲間を安全に下山させるためなら、貴重な銀竜の竜笛だって惜しまないだろう。
彼のそういうクソ真面目なところが好ましいと思いつつも、なんとかして竜笛を使わずに銀竜と穏便に接触する方法はないものかと、ヒースは考えずにはいられなかった。
そんなヒースの葛藤を知ってか知らずか、ディーンは呆れたように笑う。
「ありがとよ。気持ちだけで充分だ。それに、たぶん俺が吹いても来てくれねえと思うぞ。……俺はお前が仔竜を拾ってきた時からずっと疑問だったんだ」
「疑問って?」
ディーンは顎で示すように振り返る。視線の先には、少し離れたところで珈琲を飲みながら話すライルとアルファルドの姿があった。
「ライルとアルは昨日崖下の雪原に行ったんだろう? 村から罠の場所ってどのぐらい離れていた? 使い魔が居るアルならともかく、ヒースの耳は普通の人間並みだ。風向きが良かったとしても、仔竜の鳴き声が聞こえるはずがねえと思っていたんだ」
「そういや、結構離れてたな」
「……言われてみればそうだね」
二人の同意を得て、ディーンは得意気に片眉を上げた。
「だろ? 銀竜はお前に助けを求めているんだよ。俺じゃあない。俺が呼んでもヒースから竜笛を奪ったと思われるだけだろう」
理詰めで言われて納得してしまえば、ヒースには頷く他無い。しかし感情がついて来るかはまた別問題。再びヒースが口を開く前に、別の声が割り込んだ。
『珍しくお前たちから連絡が来たと思えば、銀竜とは穏やかじゃないな』
地面に広げた巻物の上で、緑の光が沸騰したように不規則な波を作る。
声の主は、フィリアス・マティス=シュセイア侯爵。とある事情により廃嫡されたシュセイル王国の第一王子で、ディーンの同い年の異母兄である。
「遅くに悪いな。どこから聞いてた?」
『銀竜が来る? というところだ。……それで、俺に何をしろと?』
巻物を使った遠距離通信は不安定で、いつ切れるか分からない。とはいえ、ろくに挨拶もせずに本題に入るのは遊びがない。相変わらず、ディーンに輪をかけた堅物だなぁとヒースは苦笑する。
「話が早いな。まずは情報……だったんだが、それはもういい。第十八騎士団が白竜の密猟に関わっている疑いがある。捜査員の派遣と令状の請求を。それから、近年の白竜の密売ルートを洗ってほしい。買った奴らもまとめて潰す」
今の四人には騎士団を捜査する権限が無い。騎士団の不正には国王直属の近衛騎士団に依頼することになるが、本来それには充分な下調べを行った上での捜査令状が必要となる。
フィリアスが近衛騎士団に所属していなければ、手続きに時間を取られて今より更に状況が悪化していただろう。
『承知した。そこにアルファルドが居たな?』
「はいはい。居ますよぉ〜」
オリオンにもたれ掛かって、欠伸を噛み殺しながらアルファルドが手を振る。
『今地図を持ってくるから、現在地と目的地の詳しい場所を教えろ』
「相変わらず人使いが荒いなぁ……」
『なんだと?』
「いいえ、別に」
アルファルドが現在地と白竜の巣へのルートをフィリアスに教えたところで、巻物に込められた魔力が消失し、通信が途切れてしまった。最後まで聞こえたかは定かではないが、こちらの状況は伝えることができたので、手続き関係はフィリアスが処理してくれるだろう。
ディーンは集まった仲間の顔をひとりずつ確かめて、地面に自分の剣を刺し、右手を乗せた。
「出発は三時間後だ。巣がある谷の手前の山で銀竜を呼ぶ。そこで仔竜を返して、銀竜にはすぐに巣に戻ってもらう。銀竜が危険を報せれば、白竜の群れは巣を放棄して移動するはずだ。……密猟を阻止するぞ」
ライル、アルファルド、ヒースがディーンの手に手を重ねて誓いを立てる。その上に仔竜が飛び乗って元気に鳴いた。
「ぶっ潰してやろうぜ!」
「早く帰ってセラとモフモフしたい」
「怪我しないで頑張ろー! おー!」
「ピイ!」
明日の今頃には、全て終わっているだろう。その時も、全員で笑い合えていますように。
ヒースはもうひとつの願いを胸の内に秘めた。
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