13 ほう!れん!そう!

 ヒースとディーンが合流した時には、テントから飲み水の確保に火起こしと、すっかり野営の準備が整っていた。野営地の側には川が在って、温泉が湧いているらしい。昨夜、村に帰れなかった二人は、早速ひと風呂浴びてきたそうだ。


「野営地が快適じゃないと、しっかり休めないでしょ?」


 とはアルファルドの言。今回の仕事に、魔境と呼ばれるオクシタニアの森出身のアルファルドを誘ったのは英断だったと、ヒースは胸の内で自身の判断を讃えた。――実のところ、渋るアルファルドを説得したのはヒースではなく、アルファルドの婚約者のセリアルカだったが。


 薪木を集めていたライルが戻ったところで、四人で焚き火を囲みながらの報告会となった。ヒースとディーンが村での出来事を報告して、騎士団の狙いについて推測を述べるとライルはあっさりと認めた。


「概ね正解だ。俺たちはヒポグリフの臭いを辿って騎士団の陣に辿り着いた。仔竜を奪われて計画が狂ったんだろう。騎士団が移動を始めたんで跡をつけたら、お前らの推測通り、白竜の巣に行き着いたってわけだ」


 ライルはディーンが隠し持っていたもう一枚の地図を見て、巣の場所を示す。白竜の巣はヒースとディーンが銀竜を目撃した尾根を北側に進み、山をひとつ越した先の谷間に在るようだ。


「あいつら、途中で村に行く部隊と巣に行く部隊で二手に分かれたから、僕は村に行く部隊を一晩足止めしてケイロンに手紙を持って行かせたんだ。必要無いかなと思ったけど、結果的に証拠の剣を入手できたから、やっといて正解だったね」


 つかから血の臭いがする。狼の嗅覚があれば、剣の持ち主を見つけられるだろう。とアルファルドは続ける。


「足止めって、何をしたの? 道に迷わせたとか?」


 焚き火でマシュマロを炙りながらヒースが問うと、ライルがよくぞ聞いてくれた! と膝を打った。


「お前ら、俺に感謝しろよ? こいつ……ひとりずつ攫って樹に吊るしていこうぜ! とかすごい笑顔で言ってたけど、さすがにマズイだろって止めたんだからな! 半分魔族の俺でも、ちょっと引いたわ」

「先手必勝でしょう? まずは相手の心をバッキバキに折っておこうと思って」

「アルは不穏をしまって。しばらく出さないで」

「初手で精神攻撃はやめて差し上げろ」


 不評なのが納得いかないのか、アルファルドは眉根を寄せる。主人の不機嫌を察知したのか、寝そべっていた魔狼たちがのそりと身動ぎした。


「そういうライルだって、いちいち吊るすのは面倒くせえから、お前の魔法でまとめて串……」

「わああああ!! 分かった! もうこの話は止めよう!? この仔が変な言葉を覚えちゃうから! はいッ! おしまい!」


 膝の上の仔竜は、焼けたマシュマロに夢中で彼らの話は聞こえていないようだったが、ヒースは無理やり話を終わらせたのだった。




 各々報告を済ませた後、ひとり、ふたりと黙り込んで、ついには沈黙が満ちた。

 赤々と燃える焚き火の灯りが届かぬ先には、一層深い夜が森の底に蹲っている。夜闇に対する本能的な不安に振り返って見ても、真冬の森に生命の気配は無い。ただ、雪を背負って佇む樹々が静かにそこに在るだけ。


 このまま、まんじりともせず朝を迎えるのかと思いきや、ディーンが口火を切った。俺たちは、まだ大事なことを話し合っていない、と。


「知っての通り、今回の俺たちの敵は魔物じゃなくて人間だ。騎士団のバックアップは無い。なんせ、騎士団が敵だからな。地方都市に駐屯する騎士団の腐敗は、陛下の悩みのひとつだ。全部終わったら、陛下に報告して請求は出すが、最悪ただ働きになる」


 敵は本能のままに荒れ狂う魔物ではなく、知性ある人間。魔族が去った平和なこの時代、騎士が戦う相手は人間が主である。


 生まれた時から政敵に命を狙われるシュセイル王国第二王子ディーン。

 常に魔物の脅威と最前線で戦うヴァルガス辺境伯の嫡子ライル。

 代々王家の隠密として暗躍しているセシル伯爵家のアルファルド。

 そして、二大大国の緩衝地帯ローズデイル大公国に生まれたクレンネル大公の弟ヒース。


 ここに集う四人は、騎士になることを志した時から、いつか人を殺めるかもしれないという覚悟はできている。手を汚したくないと一瞬でも躊躇すれば、仲間を、家族を、自分自身を危険に曝すと理解している。そうして守り、喪ってきた者たちだ。

 今更問われるまでもないと、ヒースは両の掌を見つめた。


「そして、一番重要なのは、これが命に関わる危険な仕事だってことだ。仔竜を連れて山に登れば、必ず銀竜に出会すだろう。長く生きた竜なら対話ができるかもしれねえが、怒り狂って話を聞いてくれない可能性もある。その場合、戦いは避けられない」


 膝の上の仔竜がヒースの掌に登って、心配そうに顔を覗き込む。僕は大丈夫だよと顎の下を撫でれば、くすぐったそうに目を細めた。


「つまり何が言いてえかっていうと――ここで降りても構わない。ってことだ。ただ働きに命をかけるなんて酔狂だ。……少し時間を置くから、よく考えてほしい。俺はその間に、フィリアスに連絡を……」

「馬鹿野郎が」


 遮ったライルが薪木を投げ入れて、火の粉が高く舞い上がる。ライルはすっかり爆発した髪をガシガシと掻いて、長いため息を吐いた。


「ここまで来たら最後まで付き合うに決まってんだろ。素直に手伝ってくださいって言えよ! バーカ!」

「あァ!? 大事なことだから慎重に決めろって言って何が悪い!」

「今更だって言ってんだバーカ!! だいたい、テメェはなんで当然のように行く気でいるんだよ!」

「何度も言いたかねえが、それが俺の役目だからだ」

「だからバカだって言ってんだよ!」

「うるせえな! バカしか言えねえのかこのバカ!」


 言い方は悪いが、ヒースの言いたいことは全てライルが言ってくれた。掴み合いの喧嘩に発展する前に、ヒースは二人の間に入って宣言する。


「僕は行くよ。この仔を拾ったのは僕だし、最後まで責任を果たすよ。この仔の元気な姿を見たら、お父さんも分かってくれると思うんだ。ね? 君もそう思うでしょ?」

「ピイ!」


 元気に返事をしてくれたので、仔竜も賛成してくれたのだろうとヒースは満足げに頷く。最後はアルファルドだが……。


「森林限界の上に行ったら植物の力は借りられない。僕の風魔法は人並みだから、僕が役に立てるのは森に居る間だけになるけど……。まぁ、ディーンがどうしてもって言うのなら? 付き合わないこともないけど?」


 アルファルドは周りに毛並みの良い狼たちを侍らせて、尊大な態度で宣う。これにはヒースも呆れたが、ライルには大ウケだった。爆笑するライルを横目で睨みながら、ディーンは両手を挙げて降参した。


「くっそ……どいつもこいつも……分かったよ! 言えばいいんだろ!? 頼むよ。手をかしてくれ」


 かくして、仔竜を群れに返すための期間限定準騎士団は再結成されたのだった。

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