12 狙われた白竜

 ヒースの目の前で、村の門がピシャリと閉じられた。丸太を組んで作られた門は雪と氷を纏っていて、開けるにも閉めるにも人数を集めての大仕事になる。完全に閉じられた門の上では、第十八騎士団の騎士たちが集まってニヤニヤとこちらを見下ろしている。そのニヤついた顔面に石をぶん投げて悪態を吐きたいのをグッと堪えて、ヒースは踵を返した。

 騎士団に依頼を出したらこうなるという可能性も予想の範囲内だったが、いざ現実となると悔しい思いがしてしまう。


「行くぞ、ヒース。暗くなる前に合流地点に着かねえと」

「……分かってる」


 ディーンの影から這い出た魔狼に背中を押されて、ようやく歩き出したヒースだったが、腹の虫はまだおさまらない。ムスっとふくれっ面のヒースの髪をぐしゃぐしゃと掻き回して、ディーンは道案内する魔狼の後を追った。


 村を出て、雪の積もった山道を下り、アカマツの森を突っ切る街道を歩き始めて一時間ぐらい経った頃のこと。魔狼は突然道を逸れて森に入った。

 道無き道を奥へと進む毎に、森の密度が高くなる。雪を踏み締める音はやがて枯れ草のカラカラと鳴る音に変わって、今は湿った土の音がする。だいぶ山を下ったのか、背の高い木々が増えて空が遠くなった。


 村を出た時からずっと張り付いていた尾行は、街道を逸れた辺りから気配を感じない。森に入った時に撒いたようだ。

 空気は濃くなったはずなのに締め付けられるような閉塞を感じるのは、アルファルドが樹の魔法を駆使して追手を撒くのに手助けしてくれているからだろう。


 もうすぐ二人と合流できると思えば、沈んでいた気持ちがほんの僅かに上向きになった。気分が上がれば、軽口を叩く余裕もできる。


「ねぇ、ディーン。権力パンチを使う時は、僕にやらせてよね」


 振り返ったディーンは、目を丸くする。ヒースが追いつくのを待って「なんだそりゃ」と呟いた。ヒースはビシッと地面を指差して、顔に悪そうな笑顔を貼り付ける。


「『王子様の御前である! 皆の者跪けー! 頭が高ぁーい! 控えよー!!』ってやつ。一度でいいから言ってみたい」

「はは……その時は頼むよ。そうならないことを祈るけどな」


 ヒースが知る中で、ディーンが自ら身分を明かしたことは一度も無い。今回もその機会は無さそうだとヒースは肩を竦めた。


「そんな余裕は無さそうだぞ? あいつら、あれでなかなか狡猾だ」

「どういうこと?」


 前を歩く魔狼の背を見つめて、ディーンは記憶を手繰る。


「お前が『仔竜は助からなかった』みたいなことを言った時、あいつらは何も詮索しなかっただろう? 俺だったら、本当に死んだのか死骸を見せろって言うと思う。短くても角が採取できれば高値で売れるし、竜の群れを呼びたいなら死骸だって使えるはずだ。――だが、そうはしなかった。それは何故だろう?」


 自分の話をしていると分かったのか、ヒースの上着の中で仔竜がモゾモゾと身動ぎする。胸をくすぐるのは、温かいような冷たいような、硬いような柔らかいような、何とも言えない不思議な感触。

 大丈夫だよ。そんなことはさせないよ。と上着の上から撫でれば、ヒースの思いが伝わったのかすぐに大人しくなった。彼女の思いはまだ、ヒースには聞こえないけれど、少しずつ意思の疎通ができている気がする。


 お互いに対する理解が進めば、そこに親しみや愛着が生まれてしまうのは必定で……。芽生え始めた思いに、ヒースはそっと蓋をした。


「新しい仔を攫ったから、この仔に拘る必要が無い、とか? 或いは、仔竜の他に群れを呼ぶ手段を見つけたとか?」

「新しい仔竜……群れを呼ぶ別の手段か……巣の場所が分かっているなら、そもそも、どうして竜の群れを呼びたいんだ?」


 ヒースに問うというよりは、自身に問いかけるようにディーンは呟く。君はどう思う? とヒースは上着の下の仔竜を撫でてみたが、返事は無かった。


「そりゃあ、白竜の角を取って売り払うためじゃないの?」

「あいつらに、怒り狂った白竜の群れを捕まえられると思うか? 白竜は大人しいっていうのは、他の竜と比べてって意味だぞ? それに銀竜だって居る」

「うう〜ん……言われてみればそうだね」


 村を追い出される前にちらりと偵察した感じでは、村に来た部隊は団長を含め十五人。街に駐屯する騎士団は最低でも四十人は居るはずである。団長が動く事態なのに、残りの団員は留守番などあり得ない。

 竜の堅牢な甲殻を貫く竜撃槍や、炎や氷のブレスに耐え得る魔法加工された鎧や楯の装備は無かった。人数や装備から考えて、とても竜の群れの相手が務まるとは思えない。


「そういえば、あの団長は、この仔の生死に興味が無さそうだった。『死骸を見せろ』って言われたら、今はいない二人が持って行ったって答えるつもりだったんだけど、マズかったかな?」


 ディーンが突然足を止めたので、ヒースも慌てて立ち止まる。道案内をする魔狼も、不思議そうにディーンの顔を見上げていた。


「死骸を、持って行く? ……そうか! 生きていても死んでいてもどちらでも良かったってことか……くそ」

「ひとりで納得してないで教えてよね!」


 頭を抱えてしまったディーンに、ヒースが不貞腐れたように言うと、ディーンは皺の入った眉間を揉みほぐしながら、忌々し気に語った。


「呼びたいのは白竜の群れじゃなくて、銀竜だ! 俺たちが仔竜の死骸を持っていた方が都合がいいんだ。仔竜の血肉の臭いをさせた人間を銀竜は敵とみなすだろう。俺たちに銀竜の目を向けさせて、銀竜を巣から引き離すのが目的なのかもしれない」

「銀竜を巣から引き離して……まさか、その間に巣を襲うつもりかい?」


 村に対竜装備は無かった。それは、仔竜の死骸を持ったヒースとディーンを追い出せば、村は安全だと分かっているから。団長自ら村に出向いたのも、同じ理由だろう。

 厄介な目撃者は銀竜が始末してくれる。ヒースたちが銀竜に襲われている間に、対竜装備を持った部隊が巣を襲撃して、白竜の角を奪う。

 そして、全ての犯行が終わった後、銀竜が報復に村を襲ったら、全ての責任を死骸を持って逃げた準騎士の一行に被せ、騎士団は『やむを得ず白竜の群れと交戦した』とでも報告を上げるのだろう。


「アルとライルが見つけたのは、対竜装備を持った密猟団……もとい騎士団ってところかな」

「さて、答え合わせの時間だ」


 森の奥に明かりが見えた途端、魔狼が走り出す。焚き火の側で寝転がる主人に突撃して、尻尾をバタバタ振りながら甘えた声で鳴いた。

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