11 ブラック騎士団に気をつけろ
宿屋の主人が血相を変えてヒースの部屋に飛び込んで来たのは太陽が天頂に昇る頃のことだった。部屋には丁度ディーンが来ていて、村周辺の地図を広げながら今後のことを相談していたのだが、激しくドアを叩く音に中断された。
「どうぞー。鍵開いてますよー」
ヒースののんびりとした答えに、蹴破る勢いでドアを開けた主人は、真っ青な顔でヒースとディーンの顔を見比べる。
「お客さん……」
「ご主人。どうしました? 銀竜でも現れましたか?」
ディーンの低く落ち着いた声に、いくらか血色を取り戻した宿屋の主人は、深呼吸して胸を摩る。
「あ、いや……竜ではなくて。来たのは騎士団なんですが、それが……調査拠点にするために、あなた方を追い出してうちを提供しろと言われまして。村長が抗議したら、公務執行妨害で逮捕すると脅されて……」
宿屋の主人は胸元を握り締めて、探るような視線を寄越す。どこか卑屈に思える態度は、若い騎士二人を相手に怯えているというよりは、お前たちもそうなのかと問い掛けているように見えた。
「うわぁ、それは乱暴ですね! 村長さんや村の方々はお怪我などされませんでしたか? 同じ騎士としてお恥ずかしい限りです」
ヒースが悲劇俳優顔負けの調子で嘆いてみせれば、主人は安堵したように表情を和らげた。やはり村人の、騎士に対する印象は良くなかったようだと、ヒースとディーンは肩を落とす。
「いや、あなたがたは悪くないですよ。……むしろ、まともな騎士も居るんだって村の連中は安心したぐらいですから」
ヒースたち準騎士の一行がここセレンス村に着いたその日、村人たちは家に引きこもって誰ひとり出てこなかった。対応してくれたのは、村長夫婦と宿屋の夫婦、そして竜牧場の一家のみだったため、魔物討伐に充分な情報を得られず、仕方なく二手に分かれて調査しながらの討伐になったという経緯がある。
その後、騎士に対する誤解が解けたのか、はたまた手土産が効いたのか――前者であればとヒースは思うが――帰還した後は、親切に接してくれるようになった。
「明け渡しの件、承知しました。支度に五分ください」
テーブルの上の地図を片付けながら、ディーンが承諾の意を述べると、宿屋の主人は泣き出しそうに顔を歪めて深々と頭を下げる。
「ッ……申し訳ない。我々もあんな横柄な連中は願い下げですが、この土地で生きていく以上、近隣の騎士団と上手く付き合っていかなくてはなりません。皆さんには本当によくしていただいたのに」
「お気になさらず! 美味しいご飯に、あったかいおもてなしをありがとうございました!」
笑って答えてヒースは荷物の片付けを始める。その背中に、宿屋の主人は口を開きかけたが、出て来たのは重いため息だけだった。
荷物をまとめて一階に降りるとほぼ同時に、近くの街に駐屯する第十八騎士団の団長とその側近二名が宿の入口を潜った。いくら緊急事態とはいえ、村長が調査依頼を出してから、昨日の今日で騎士団本隊が来るのは早過ぎる。
「お前の読みが当たったな」
「嬉しくなーい。完全に真っ黒じゃないか!」
小声で言い合って、ヒースとディーンは並んで敬礼した。
「第十八騎士団団長殿にご挨拶申し上げます!」
しかし二人には目もくれず、団長はカウンターの上に置かれた宿帳を引っ掴み、ふんぞり返って椅子に腰掛ける。宿帳の最新の日付に書かれた四名の名を見て、片眉をキュッと持ち上げた。
「ディーン・レヴォー、ヒース・フルーリア、アルバート・フルーリア、ライル・オーヴェル……? フン、知らん家名ばかりだな」
団長は宿帳を放り投げ、雪や泥の付いたブーツを履いたままテーブル上に足を乗せた。細い口髭を弄りながら、胡乱げな視線を寄越す。
「首都から来た準騎士というからどんなものかと思えば、大したことはない。大方、田舎に領地を構える貴族とは名ばかりの連中だろう」
左胸に拳を当て、敬礼をしたまま表情まで微動だにしない二人を、上から下から眺めて鼻で笑う。分かりやすい侮蔑と、分かりやすい嘲笑を向ける様は、首都の貴族の婉曲な暴言を知る二人には、むしろ可愛らしく思えた。
ディーンは教育係だったノーザス子爵ザファ・レヴォー卿の家名をお借りしている。ヒースとアルファルドは双子の姉妹である母方の姓を名乗っている。ライルは恋人の男爵令嬢の姓を借りたようだが、オーヴェル家の領地は常々田舎と揶揄されるので、ライルが聞いたら殴り掛かっていたかもしれない。
ヒースは今ここにライルが居ないことを天に感謝したが、すぐに撤回することになる。
「此度は銀竜が関わる難解で危険な案件だ。貴様ら準騎士が出る幕は無い。荷物をまとめて即刻村を出て行け。なお、調査で入手したものは全て置いていくように」
もう何時間か経てば陽が落ちる真冬のシュセイルで、村の外に追い出すだけでなく、入手したものを置いていけとは。訓練にしても嫌がらせにしても度を越している。
「それはあまりにも乱暴ではありませんか? シュセイルの冬が如何に厳しいか、シュセイル人ならよくご存知のはずです」
「団長殿。我々二人はこの村の近くで銀竜を目撃しました。あれは、災害そのものです。ひと度暴れ始めたら、騎士団の全ての戦力を投入しても被害は免れないでしょう。今すぐに本部に増援を……」
抗議する二人を遮って、団長はテーブルに拳を打ち付けた。
「貴様らの意見は聞いていない! これだから準騎士は鬱陶しい! 青臭い正義感を暴走させて場を乱す。セレンス村とその周辺の山地は我ら第十八騎士団の管轄だ。余所者が金やポイントのために、これ以上現場を荒らすのは許さん! 即刻村を出て行け!」
取り付く島の無いもの言いに、ヒースは固く拳を握り締めた。
「……荒らしてんのはどっちだよ!」
「おい、やめとけ」
舌打ち混じりに呟いたヒースを肘で突いて、ディーンは鞄から地図を取り出した。
「こちらが我々の調査結果です。と言っても、まだ周辺の地図を作成しただけですが」
団長の側近が引ったくるように奪い取って、中身を確認する。丁寧に書き込まれた地図を見て感心したように頷いた。
「他には? 報告では白竜の仔を捕獲したと聞いているが?」
「……発見した時には瀕死の重傷でした。治療しましたが、体力が保たず昨夜……」
ぐっすり寝て、今はとっても元気です。とヒースは心の中で付け足す。――嘘は言っていない。
「フン、仔竜を死なせるとは役に立たん連中だ。もう良い。さっさと失せろ!」
「それでは、我々はこれにて失礼致します!」
まだもの言いたげなヒースを半ば引きずるようにして、ディーンは宿を出た。
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