10 請求書は実家に送ってください

 ヒースが襲撃者と格闘していた頃、一階に居たディーンの元にアルファルドの魔狼が一匹、手紙を咥えて戻ってきた。読んでいる最中、二階からガラスが割れる音が聞こえたが、アルファルドに釘を刺された手前、ディーンは手を出したいのを堪えて椅子に座り直す。魔狼の物言いたげな視線がチクチクと痛いが、平静を装って手紙に集中した。


 ややあって、襲撃者が取り落とした剣を片手に、外から帰ってきたヒースを見て、ディーンは複雑な思いをわざとらしい咳払いで飛ばす。やはり魔狼の視線は痛かったが。


「おう、無事か?」

「もちろん。僕もこの仔も無傷だよ」

「なら良かった」


 ヒースの胸元から仔竜がにゅるりと飛び出してテーブルの上に着地する。テーブルの上から身を乗り出して、ディーンの足元で寝そべる魔狼を不思議そうに眺めていた。


「アルから連絡があったの?」

「ああ。予想通り犯人の尻尾を掴んだらしい。昼には帰ってくる。詳しくはその時に話すそうだ」

「そう……」


 腕を組んで少し気落ちした様子のヒースに、ディーンは首を傾げる。いつもならディーンが聞かなくても、如何にして敵を倒したか、り気味に語るのだが。


「どうした?」

「うん? ああ、僕の予想が当たらなければいいなって思っただけ。……二人が帰ってきたら、フィリアスに連絡を取りたいんだけどいいかな?」


 フィリアスはヒースとディーンの幼馴染で学院同窓生だが、文武両道の成績優秀者だったため、一年早く正騎士となった。現在は近衛騎士としてエア島の王宮に勤めている。


「ああ。俺もそうしようと思っていた。最近、似たような手口の事件がなかったか、白竜の角が押収されていないか、調べてもらおうと思ってな」

「白竜の角は高価なんでしょう? となると、エア島の貴族を真っ先に疑うよね。貴族もあやしいけど……ディーン、僕はね、騎士団が関わっているんじゃないかと考えてる」


 ヒースがテーブルに置いた剣を一目見て、ディーンは眉間の皺を深めた。ヒースが持ち帰った襲撃者の剣は、大量生産品だったが、それが逆にヒースの考えを後押しした。


「みんな持ってるよね? 僕も、エア島の家に置いてある」

「……正・準騎士叙任式で支給される剣だな。たぶん、なかごのところにガレア島の騎士団本部直営工房の銘が入っているはずだ」


 直営工房で作られた剣は品質が良く、大量生産品なので修理部品も簡単に手に入ることから愛用者が多い。

 一方で、学院卒業者や従騎士エスクワイアとして正騎士に師事する者は、各々自分の得意な武器を知り、戦闘スタイルを確立し始めているので、使い易い武器を自分で用意している。そのため、ヒースのように実戦には使わず、記念品として保管する者も居る。


「製造番号とか入ってないかな? 番号から誰の持ち物か分かったり?」


 僅かな希望を持って聞いてみたが、ディーンは苦笑して首を横に振る。


「支給品にそこまで手間かけてねえだろう」

「だよねー。残念。……でも、騎士団と揉める覚悟はしておいた方がいいね。近隣の騎士団についてフィリアスに調べてもらおうと思ってさ」


 剣身の銀色の輝きに父親を思い出したのか、キュウキュウと寂しげに鳴き出した仔竜を抱いてヒースはあくびを噛み殺す。


「それじゃあ僕は部屋に戻るよ。これから割った窓を片付けなきゃ……」

「お、おう……お疲れ」


 疲労にガックリと肩を落としたヒースの背中を、仔竜が励ますように尻尾で叩いていた。




 翌朝起きてきた宿屋の女将に、昨夜強盗が入ったことを報告して、窓を割ったことを謝罪すると、新しい部屋に案内してくれた。前の部屋よりひとまわり小さいが、壁と天井の杢目が美しく樹の温もりが感じられる良い部屋だ。仔竜も気に入ったようで、さっそくベッドの上で飛び跳ねている。


「ありがとうございます! ……正直、出てけって言われると思ってました」

「いえいえ! 悪いのは強盗ですよ。それにしてもこんな小さな村に強盗だなんてねぇ……」

「犯人は必ず捕まえます。そうそう、窓ガラスの修理代はここに請求してくださいね。この封筒に入れて出せば届きますから」


 ヒースが封筒を渡すと、封筒に描かれた白い薔薇の印章と宛名を見た女将は驚いて顔を上げる。


「ローズデイル大公国の……お客さん……いいえ、貴方は!」

「僕らがここに居るのが騎士団の偉い人にバレると大騒ぎになっちゃうので、偽名を使っているんです。村のみんなにもしばらくは内緒にしてくださいね」


 ヒースが形の良い唇に人差し指を当てて優しく微笑めば、女将は頬を朱に染めてこくこく頷いた。

 警戒心が柔らかく蕩けて、惚けた熱い視線が顔に刺さる。今なら宿代を無料にしてくれと言っても承諾してくれそうだと、ヒースは苦笑いを浮かべた。


 自分の顔、自分の瞳が他人を言い包めるのに絶大な効果を発揮することを、ヒースは自覚している。使い方を間違えれば、魅入られた者を狂気に走らせてしまうことも、身をもって知っている。


 ――ちょっとやり過ぎたかな?

 とヒースが後悔した瞬間、側頭に仔竜のドロップキックが炸裂した。


「ピィィ! ピィィ!!」

「いったたた痛い!! 髪を引っ張らないで! どうしたんだいきなり」

「ピギィィィ!!」

「ええぇなんで怒ってるのー!?」


 ヒースの頭にしがみ付いてピイピイ鳴いて暴れる仔竜の声に我に返ったのか、女将は「何かあったらまた呼んでくださいね〜」とそそくさと部屋を出て行った。

 パタンと部屋のドアが閉まると、仔竜はねじまき人形のねじが切れたかのように突然大人しくなった。ヒースは逃げようとする仔竜を捕まえて、顔の前に持ち上げる。猫のようにだらんと垂れた尻尾が、落ち着き無くゆらゆらしていた。


「急に飛び付いたら、痛いじゃないか!」

「ピイ!」

「ピイ! じゃなくて」

「プー」

「……もしかして、僕の言葉分かってる?」

「プ?」


 ヒースの訝しげな視線に、仔竜は首を傾げて瞬きする。目を逸らしキョロキョロと部屋を見回してヒースの追求を避ける様子に、絶対に分かっているなとヒースは確信した。


「おうちは何処? ご両親は何処に居るの?」


 白竜や銀竜のような大型の飛竜種は長命で賢い。人間の言葉を覚えることもあると、ディーンが言っていたのを思い出したので、もしかしたらと期待していたのだが。それから何度か話しかけてみたが、仔竜は長い首を持ち上げてヒースの顔を覗き込むだけで、返事は無かった。


「はぁ、ダメかぁ……それとも、君が喋っている声を、僕が受け取れないだけなのかな?」


 人間と竜の口の構造は違うので、竜が話す時は相手の魔力に干渉して、相手の頭の中に直接言葉を届けるという。生まれつき魔法が使えないヒースには聞こえないのかもしれない。せっかく懐いてくれているのだから、もっと情報を引き出したいのだが……。


 窓の外をぼんやり見つめながら悩むヒースの横顔を、仔竜はじっと見つめていた。

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