第四章 『オフライン×オンライン』

 また放課後になった。

 翼たちは『アダムオンライン』にログインする。

 ラビットはゲーム内コーポを設立していた。

 翼たるウィングの名前を勝手に入れるのは問題かと考えたらしく、ウィングとラビットのコーポ名は『ラビット・コーポレーション』となっている。

 設立者がラビットなので代表取締役だいひょうとりしまりやく(CEO)はラビット。コーポ名もCEOも、後で変更が効くので問題は無いはずだ。さらに言うと、別にこのままでもウィングは良かった。

 ログイン後、すぐにコーポへの正式な加入を終えたウィングがラビットに拳を差し出し、二人はお互いの拳をガツンとぶつける。

 曇り空が立ち込め、雨が降っていた。

「ストームは俺たちを付け狙っているはずだ。

 特にラビットは俺と出会う前からストーカーされていた」

「話が本当なら、城塞じょうさい付近で待ってもらうか。

 本気で囮役おとりやくをやってもらうか、だな」

 大手コーポのCEOなども街中で話を聞いてくれ、応じてくれた。

「後者のほうが手っ取り早そうだが、ラビットがどう思うかだな」

 ウィングも応じて、横のラビットを見た。

 ラビットが口を開く。

「『耳』――音響センサーなどがあれば、相手の動きを察知するのは簡単です。

 あえて追い詰められてみましょう」

「今の天候は雨だ。

 足音くらいなら掻き消されるかもしれないな。

 それでも行くか? なんなら日を改めても……」

 手振りでウィングはそれをさえぎった。

「あえてそれを狙いましょう。少しでも攻撃があれば分かりますし、キルされるまで、増援ぞうえんが来るまで粘ります」

「私はいつも通り、中継アンテナを飛ばしておきます」

 ウィングとラビットの覚悟を汲み取ったのか、CEOなどはうなずく。

「『ハボリム』の街、その周辺の全域に戦士や兵士を潜ませている。

 管理中の全てのゲーム内コンタクトの管理権を、一時的にだが君たちにも分けて与えよう。

 指揮権は握らせないが、人員の確認が簡単になるからな」

『ありがとうございます!』

 ウィングとラビットは覚悟の笑みを浮かべ、そう返事をした。


「ストームのやつ、来ると思うか?」

「五分五分ですかね。

 そもそも、ログインしていなければ終わりますし」

 そう言って、南部の森林部を歩いていくウィングとラビットだった。

 森の雰囲気は濃くなり、ジャングルに近くなっていた。

 遠く後方の二箇所の丘部分では、音声収集・解析装置を取り付けたライフルを持っている兵士なり戦士なりがいる。

 こちらを守ってくれているのだった。

 しかし、

「おかしいです、後ろの一人の生体反応が消えました」

 ゲーム内コンタクトの管理画面を確認しているラビットがそう言った。

 見えない敵に『キル』、されたのだ。

「来たか!」

 ウィングは抜刀し、さらに左手には白銀のハンド・ショットガンを手に持った。

 弾種は『バード・ショット』。一度に数百発の散弾をばら撒く。

 光学迷彩はダメージに弱い。個人で無効化するにはこの弾種が一番だろう。

「音が、しない?」

 疑問顔のラビットだった。

 後方に居る一人が何かを察知し、銃撃。

 アサルトライフルの連射を行う。

 遠巻きにウィングが確認するが、ライフル弾が空中の途中で焼き切れて消失している!

 そのまま何か、電雷のようなものに貫かれ、もう一人も倒れる。

 『死亡デス』カウントが増えた。

「ラビット!

 中継を切って、できれば音響センサーに指向性しこうせいを与えろ!!

 向きをしぼって感度を上げるんだ!」

「わ、分かりました。

 ……居ますよ!! 音で見えます!!

 距離一〇〇メートル! 丘を下って、走って近づいてきます!!」

「姿を見せろよ、野蛮人やばんじん!!」

 ラビットが指差した先に向け、ハンド・ショットガンを半自動セミ・オートモードで発射していく。

 撃つたびに反動を修正しながら、正面に散弾を放つ。

 空中で弾かれる弾丸だが、その際に雷光が走るため、場所はわかる。

 雨を浴びているはずだが、敵の光学迷彩は完全にその姿を隠し通していた。

「これ以上は電力が片方までしか持たないか」

 確かに、声が聞こえた。

 ストームの声、のはずだった。

 電力が片方? 何のことだ? 

 その疑問が晴れるより、ウィングがショットガンの弾倉を変えつつ敵――ストームの迷彩が晴れる方が先だった。

 見かけは少し変わっていたが、確かにストームだ。名前もきちんと表示されている。

「正々堂々……なわけないか」

 ウィングがそう言い、ショットガンを向ける。

 やつがわざわざ、そんな意思表示のために闇討やみうち能力を落とすはずもないと思った。

 単に追加装備など影響で電力消費が激しいために光学迷彩を切っただけだろう。

 『ビースト・ショット』、八発に分かれる一二ゲージ散弾ショット・シェルをウィングが放ち、ラビットも半自動で小口径拳銃を連発する。

『!!』

 火花が散って、ストームはその身を防衛する。

 見えない力場か、電磁場か。それに全ての弾丸がはばまれたのだ。

電磁場フィールド再展開、完了」

 左腕を掲げたストームが、そう言った。

 よく見ると、その左腕は光っていた。何らかの武装なのだろう。

 それが弾丸を阻んでいるのだ。

 光学迷彩を解除したのはやはり、電力キャパシタに余裕を持たせるためだろう。

「あの装備、武器は!?」

 ウィングがラビットに聞いてみるが、

「見たことがありません!」

 なるほど、厄介だ。

「伏せて!」

 ラビットはウィングにコンタクト通信で、小声で叫ぶ。

 ストームに発破玉を投げつけたのだ。

 オレンジ色の閃光と、爆発。

「無駄だ」

 ストームの声。

 完全に防がれた。

 防御能力をおおむね理解したウィングが、追撃する。

 『擲弾グレネード・ショット』。

 大きく狙いを外して発砲。それが狙いだ。

 防御範囲の外に着弾し、爆裂する。

「つっ!

 ってめえ!!」

 真横か、そのやや後ろで爆発したグレネード・実包シェルの破片を浴びたストーム。

 自身のHPがわずかに減っているのを確認したストームが、頭に血を上らせる。

 正面以外でならダメージを与えられると思ったのは、どうやら当たりのようだった。

降参こうさんしろ!!

 すぐに増援ぞうえんが駆けつける!!」

 もう一発を近くに撃ち込んでやる。

 超強力な自動防御オート・ガード機能だかは知らないが、これなら無関係だ。

 ストームその場にかがみ込む。

 伏せることで、ダメージを最小で抑える気なのだろう。

 さらにストームの両足から、なんらかの装備が展開する。

 サイボーグ特有の拡張機能の一種である、仕込み機銃が両足から出現した!

 こちらもまた自動で照準され、ウィングとラビットは近くの木に身を潜める。

 弾丸のあらし

 二銃身から機銃掃射きじゅうそうしゃが行われる。小口径だが、立て続けに喰らえば危険だ。

「!!」

 ウィングがさらに驚く。

 戦闘中に電力キャパシタが回復していたのだろう。

 再度、熱光学迷彩を使ってきたのだ。

 ストームからの弾丸の雨が止み、ラビットの姿も同時に消えていた。いつのまにか移動したのだろう。

 対物レーダーを確認する余裕もなく、ウィングは弾切れで役目を終えたショットガンの弾倉を変えざるを得なかった。

 ストームの持つ、インチキみたいな装備はまだ使えるはずだ。

 ウィングは推測する。

 ストームはゆうゆうと迂回うかいしつつ、地面を踏み抜きながら、ウィングを狙いに定めた。

 ラビットは真後ろだ。

(あばよ!!)

「音が見えていますよ!」

 木々の間を跳躍ちょうやくしていたラビットが、逆さまに地面にダイブしつつ、発言と同時に発砲する。

 一五発の四.六ミリ、小口径高初速拳銃弾がストームの背中に全自動フルオートで、全弾が命中する。

 ゼロ距離射撃だ。

 しかし、

(火力不足だ!!)

 ウィングが心の中で叫んだ。

 弾丸の雨を浴びても、ストームは血眼になって電子化された目をこちらに向けてくる。

 る気だ。

 ウィングは躊躇ためらわず、発砲。

 それは普段は使わない、たまたまサークルから常連客へのプレゼント的に渡された一発弾スラッグ・ショットだった。

 紫色の弾倉に装填そうてんされているのは、ただの金属の弾丸。

 しかし散弾のようには分かれず、ただの一発として敵に迫る。

 その口径の大きさをしのぎきれず、ストームのプラズマによる防護圏ぼうごけんをスラッグ弾が貫通。

 計五発のスラッグが胴体に撃ち込まれる。

「まだ、だと!」

 すくなくとも半分、いや四分の三以下にはHPが減っているはずだが、持ちこたえている。

 悪運の強いやつだ。

(死んだかな)

 ウィングが弾切れのショットガンを落とし、ストームの追撃を覚悟する。

 最期さいご相打あいうち狙いで抜刀し、―ムラマサ―高周波ブレードを振るうが、空振りとなる。

 跳躍音。

 近くの木におそらくはストームが着地する音がする。

 遅れて弾丸が周囲、特にストームが居る――いや、刹那せつなまで居た場所に着弾する。

「間に合ったか!!」

 大手コーポの部隊だった。CEOまで居る!

 音響解析かいせき装置付きの機関銃類がストームの音を追いかける。

 しかし距離があったため、音の影――遅れて届く音響を収集しているために弾丸は当たらない。

「もう少し、長くなりそうだな」

 ウィングはハンド・ショットガンを拾い直し、まだ一応残っている『ビースト・ショット』の青色の弾倉を装填しておく。

「敵のおかしな装備は?」

 銃を構えたままのCEOの声にウィングが答える。

「不明ですが、正面からの弾丸を無力化してきました。

 おそらくは電磁関係の兵装です。

 相手を無音で仕留めたのも同じでしょう」

「だが、当たっていなかったか?」

「ええ、一二ゲージのスラッグ弾なら貫けるようです。撃ち切ってしまいましたが……」

「正面以外と、砲弾か。

 よし、追い詰めるぞ」

 CEOは持っている武器を拳銃に変更する。

 五〇口径の、相当に大口径の拳銃だ。

 なるほど。それなら、もしかすると貫けるかもしれない。



 万が一のために取っておいた最上級の治療キット三つと緊急充電きんきゅうじゅうでん装置を使用して、十分に残りHPと電力キャパシタを回復させたストームだった。

 今回を逃せば、奴らはさらに厳重げんじゅうに対策をることだろう。

 この『雷鞭スパーク・ウィップ』の対策もされるに違いない。

 超磁場で制御され、硬度を得た超高圧プラズマを操る、という設定の装備で、特に自動防御と暗殺に有用そうだった。

 比較的最近になって実装されたらしいレアアイテムを、ゲームの野外強盗で手に入れた金で購入し、さらにフル・アップグレードした。

(畜生……。

 俺一人を複数人で追いかけやがって、卑怯者ひきょうものどもめ!)

 皆殺みなごろしにしてやる。

 いまいち、方法は思いつかなかったが。

 スパーク・ウィップの他に、ストームの全身には武器を仕込む生体改造をほどこされていた。

 内蔵式の拳銃から、高周波こうしゅうはナイフ、自動索敵・自動発砲の機銃、手榴弾投擲装置などがそれだった。


 中規模コーポに属する大柄な戦士が、回転弾倉リボルバー式の大振りな擲弾発射器グレネード・ランチャーの引き金を引く。

 ポン、ポン、ポン! と以外に小さな音で、次々にグレネード弾が発射される。

 炸裂して小さな爆発と、それにより破片を撒き散らす。

 ストームの肩部光学迷彩を破壊する狙いだったが、相手はまだ隠れたままだ。

手榴弾グレネードだ!」

 見えない場所から、ハンド・グレネードが投擲とうてきされた。

 さらに、二個目、三個目、四個目。

 分散し、伏せてやり過ごす。

「近づいてきています!!」

 爆発の後、『耳』の良いラビットがいち早く反応する。

 硬化したプラズマが瞬間で伸び、槍となって数メートル先の兵士の頭部がき切られる。

 アサルトライフルを構えようとした前線の兵士が一瞬でキルされたのだ。

 銃撃と、手榴弾、擲弾てきだんで攻撃を行う。

 ラビットも発破玉を投げつけて、爆炎が上がった。

「ちっ」

 ストームの舌打ち。熱光学迷彩が一部破損し、いよいよ解除された。

 正面からの発破玉などはプラズマ防壁が防いでくれたが、周辺の爆裂ばくれつなどでHPは半分近くまで削られていた。

 姿をあらわにしたストームは移動しつつ、反撃のうかがう。

 大手のCEOが五〇口径の拳銃弾を狙い撃つ。

 ストームも気づいた。

 大口径弾は防ぎきれない。厄介だ。

 高速移動するストームの電磁防壁を貫き、肩や胸に着弾。

 大口径拳銃弾が、正確にHPを削っていく。CEOは大した射撃技量だった。

「どうせ狩られるなら、全力で行くぜ!!」

 ストームがそう言って、その左腕から周辺がまばゆかがやきにおおわれる。

 プラズマの槍が枝分かれして、周囲数メートルにスパークしながら覆う。

「出力全開ってところか」

 ウィングが分析し、CEOもうなずく。

 プラズマの槍の動きはややにぶいようだが、当たれば即死級に重い一撃が待っているだろう。

 距離を詰めていくストーム。プラズマの槍が近くの木に当たると、瞬時に当たった部分が蒸発して消失し、倒れていく。

 距離を詰めていくのは、電力消費が激しいためのはず。

 この短時間で仕留めるつもりなのだろう。

「駄目だ。

 五〇口径も、真横からの爆風も防がれる」

 これには、歴戦れきせんであろうCEOも苦々しげだった。

「ウィングさん!

 走りますよ! 敏捷性アジリティならこっちが上です!!」

「……。

 よし。やるしかないか!」

 ラビットは当然として、機剣士ウィングも高速機動型。

 決死の進軍だった。

 ストームの動きは突撃馬鹿といって差し支えない。

 高威力のプラズマも、全て避けてしまえばダメージを受けない。

 プラズマの槍が大蛇となって、二人を全身に備わった電流という名の猛毒で襲おうとするが、飛んで、跳ね、木などの地形を利用して回避される。

「ちょこまかと!

 ぐあっ!!」

 痛みではない、衝撃。

 二手に分かれて走り、枝分かれするプラズマの槍の攻撃を回避していくウィングとラビットに気を取れられ、ストームの身体の中心に幾つかの弾丸が着弾したのだ。

 出力全開時には、プラズマの槍の柔軟性が欠けるのが仇となったのだ。自動防御が追いついていない。

「邪魔だ!」

 CEOを含む、コーポメンバーを貫くストームの槍。

 しかし、ウィングは十分彼に近づいていた。

「いや、お前が邪魔だ」

 事も無さげに、ウィングがムラマサを抜刀斬り。

「あ……」

 ストームが間の抜けた声を上げるが、遅い。

 あっけなくその首がねられ、頭部が光の破片となって消えていく。

 主を失った首から下が、力なく崩れ落ちた。

「終わったようだな。

 社長(CEO)が死んだけど」

 生き残りのコーポメンバーがそう言い、しばらく経ってから周囲から駆けつけた増援が来る。

「一件落着だ」

 ウィングはそう言い、増援も安全な状況を確認したようだった。

「戦利品、持っていかなくて良いのか?」

 コーポメンバーがおどけた様子でそう言う。

「良いのか? 貰っても」

 ウィングは気になってくが「トドメを刺したのはお前だし、奴からは十分迷惑を喰らっていたみたいだからな。

 そこのお嬢ちゃんと仲良く『半分こ』することだ」

「私たち、生き残ったんですね。

 まだ、あまり信じられないですが」

「……ああ。

 まだ生きている」

 倒れた首のなしのストームの左腕にくっついたままの、電磁兵装を調べる。

 ご丁寧にも装備品、スパーク・ウィップはフル・アップグレード済みだった。

 元々レア度が高い上に、強化拡張性が高かったらしい。

「そりゃあ、強いわけだよな」

「ああ、それと、武器の情報は共有したい。

 あとでその『電磁波なんちゃら』の武器データはコーポに送ってくれ。やり方がわからないようなら、コーポ専用掲示板に聞けばすぐに教えてくれるだろう」

「わかりました。少し休んだらやっておきます」

 そしてウィングは、肺と心の底から息を吸い、そして吐いたのだった。


 光学迷彩を解除した後のストームにやられた件で、ストームには大手コーポを中心に高額の懸賞金がかけられていた。

 一度キルされると、レッドステータスは大きく下がるのだが(『減刑』と呼ばれるシステムだ)、ストームが賞金のかけられないグリーンプレイヤーにまで戻るのは短時間では難しいはずだろう。

 ハボリムの街付近ではもう、迂闊うかつには出歩けないようになっている。

 そのはずだ。

 一定区域まで離れれば、かけられた懸賞金は無効になるのだが、それはストームの出方次第だろう。


 ウィングが拾って回収した『雷鞭スパーク・ウィップ』についてだが、結論から言うと売り払ってしまった。

 武器データは保存して他のコーポと共有、ウィングも少しの間、射撃場などで使ってみた。

 自動防御モード、それから瞬時に切り替わる電磁槍でんじそうモード、そしてフルパワーモード。

 脳波のうはを読み取ることで簡単に操作ができる。

 電力消費は、やはり激しいが。

 使い心地が良いのは、ご丁寧にフル・アップグレード済みだからだろう。

 所持し続けても良かったが、忌々いまいましいストームのロスト品だし、あまりレア度の高い装備を持っていてもその身を狙われそうだったので止めておいた。

 武器屋経営者のサークル嬢の提案で、スパーク・ウィップは競売オークションにかけることとなった。

 ラビットと売却益を共同管理するため、コーポ(ラビット・コーポレーション)名義でのしなの入札ということにして落札らくさつ金額はそのままコーポの共通通貨ストレージに入る仕組みにした。

 木曜日のオークション開始後、すぐに落札予定価格が八〇万アダムまで上昇する。

 さらにアップが続く。

 ウィングは一〇〇万アダムを超えた辺りでめまいがし始め、ラビットは逆に大興奮していた。

 結局一五〇万アダムに少し及ばないくらいで落札されて(ゲーム内での安全のため、出品者・購入者を含む参加者がわからない仕組み、すなわち匿名制とくめいせいである)、手数料を引いても一四〇万以上のゲーム内通貨、すなわちアダムがコーポに入ってきた。


 街の中央広場、噴水の円周に座り込んだウィングとラビット。

「おアダムだけは中堅コーポだな」

「でも、しばらくは二人きりが良いですね」

 コーポの通貨ストレージの金額を見つめ、そんなことを二人は言う。

「……。

 ストームのやつ、今回で本当に諦めると思うか?」

「何度も貴重な装備品をロストしていますからね。

 年齢はまだ子どもみたいですし、いよいよ資金はなくなったんじゃないですか?

 それに、かけられた懸賞金バウンティは三〇万アダムに達する高額です。この近辺を迂闊うかつに歩けば、簡単に狩られることでしょう。

 今頃いまごろ、夜逃げの算段さんだんでも立てている、といいですねえ」

 楽観的と言えばそうだが、ラビット――愛は何度もしつこく追い回された恐怖もあり、そう思いたい部分もあるのかもしれない。

「逆恨みだろうが、俺たちはストームから相当恨まれたことだろうな」

 事実を確認するが、ラビットは露骨ろこつに嫌な顔で手を振る。

「これは、ゲームですよ。ウィングさん」

「!!」

 一言で、気付かされる。

 ウィングは、黙らざるを得なかった。

「……。

 そうだな。

 俺は真剣になりすぎていたのかもしれない。

 ストームの執着心しゅうちゃくしんられたのかもな。

 あいつはどこまでも真剣だが、俺は楽しみたくてこのゲームに参加しているんだ。

 そこは、忘れたくない」

 ウィングは、真っ直ぐな目でラビットを見つめた。ラビットも見つめ返す。

 しばらく見つめ合い、時間が経過していく。


 これで最後なのだろう。ストームはそう思っていた。

 熱光学迷彩を街中で起動し、高台から噴水のある広場を凝視ぎょうししていた。

 ラビットと、ウィング二人が話し合い、そして見つめっている。

 何を話しているかは知らないが、ウィングの居場所は本来俺の場所になるはずだった。

 なぜ、こうも行動が裏目裏目、いや自爆になるのだろう?

 不愉快ふゆかいきわまりなかった。

 リアルでの素性すじょうは分かっている。

 同じ学校の星衣愛と高井翼だ。

 長時間のログインでの疲労ひろうもあったが、熱くなると冷静に自分と物事を見つめられなくなる荒井嵐だった。

 今見つめるべきはウィングとラビットではなく、おのれ自身であったのだが、気付かせてくれる存在はどこにも居なかった。


「キスくらい、してくれても良かったのになあ」

 ベッドに寝っ転がって、完全に少女模様もような部屋――ぬいぐるみやら紙の少女漫画、その他ピンクの代物多め――の室内で横たわる、星衣愛だった。

 現在はログアウトして、ゴーグル型の多機能ゲーム機は頭の横に置かれていた。

 翼君はどこまで奥手なのだろう。まあ、がっつかれるところがないから、好きになったのかもしれないけれど。

 明日の朝は中学校近くの公園前で待ち合わせだった。もちろん翼とだ。

 

 待ち合わせの公園前。

 植樹はとっくに葉を枯らせて、冬を超すのを待っていた。

 足音がして、愛は気がついた。その音は、妙に静かだった。

「あ、翼君?」

 愛が言いながら、後ろを振り返る。

 そこには、フードを深く被った少年らしき人物が居て、バッグに片腕を突っ込んでいる。

「荒井……君?」

 誰なのかは、すぐに気がついた。

 手には、輝く銀色。

 大ぶりのサバイバルナイフだった。

「よう、ラビット……。星衣愛。

 俺さ。

 ストームだよ」

「……は……?」

 さあ、どこから切り刻もうかとストーム――嵐は考えた。

 周辺には誰も居ないはずだった。

「星衣!!」

 さらに愛の後ろ、公園に続く曲がり角の先から叫び声が聞こえた。

 翼の叫び声だった。翼は教科書類の入ったバッグを捨てて走り出す。

 愛も状況が飲み込めないが、まずは嵐から逃げる。

 きびすを返し、走って逃げる。

 翼も愛に向かって走りだす。しかし距離は微妙にあって、男子生徒である嵐に右肩をつかまれて、愛は派手に転んでしまう。

 血走った目と両腕で大きくナイフを振りかぶった嵐は、愛の背中に向けてそれを振り下ろす。

 それをふさぐように、翼は右腕を差し出した。

 右腕に思いきり、サバイバルナイフが突き刺さる。

「どこまでも邪魔しやがって!

 なんでお前が星衣と一緒にいるんだよ!

 ゲームでも、リアルでも!!」

 嵐はそう叫び、無理矢理にでも翼の腕から刺さったナイフを引き抜く。

 さらなる激痛に翼はうめくが、意識ははっきりとしていた。

「そこまでだ!」

 サイレンが鳴ると同時に、別の声が横から響く。

 その音と声に気を取られて、嵐が一瞬意識を横へと向ける。

 その一瞬を狙い、翼は嵐のふところへと突っ込んだ!

 使うのは物理的な意味での頭。

 思い切り、頭突きを喰らわせてやる。

「がっ!」

 鼻をやられ、鼻血を出しながらも嵐はナイフを突き入れる。

 心臓を狙ったつもりだったが、もう一度、翼の右腕の二箇所目に鋭い穴が開く。

 翼の左腕が強い力で思い切り嵐の手とナイフの部分を掴み凶刃きょうじんを奪い取る。

 反撃に転じる、翼だった。

「なっ。」

 あっさりと武器を奪い取られたことで、一瞬放心する嵐。

 致命的な隙だった。

「があっ!!」

 見ると、嵐の腹部には、半分以上と深くナイフが刺さっていた。

「この、人殺しぃ……」

 叫びながら、血を吐いて倒れる嵐。

「警察だ!!」

 二人一組らしい若年の警察官が飛び出して、翼と愛が動きを止める。

 嵐は腹を刺された痛みにもがいていたが、二人がかりで「動くな!!」と両手両足を封じられた。

「救急車は最初から呼んである!!」

「全員、おとなしくするんだ!」

 血まみれの現場に、救急車のサイレンが鳴り響くまで、そう時間はかからなかった。



 実のところ、迷惑行為を受けていたプレイヤーの同級生ということもあり、なんだかんだ、嵐はずっと警察にマークされ続けていたらしい。

 以前彼が当時一二歳の時に起こしたストーカー事件でも、似たようなことがあったらしい。

 遠巻きに嵐の自宅から警察が覆面ふくめんパトカーでその行動を監視かんしし、ずっとなにか起きないか確認していたようだ。

「事情を知っていただけに、なにか起きるまで行動できず、歯がゆかった」と、現場に到着した警察官がその後、そう謝罪するように口にした。

 その後、愛は普段から使っている中学校専用のバッグを確認され、その色に合わせて灰色をした、ひどく薄く小型の電子機器が見つかった。

 それはバッグの内側から、両面テープで取り付けられた発信機だった。嵐はこれで愛への位置探知を行ったのだろう。もちろん、これは違法行為いほうこういだ。

 翼と嵐はすぐに手術が行われ、翼の腕は全治二ヶ月。

 嵐の方もサバイバルナイフが内臓ないぞう、胃にまで達していたため経過を見計らってから、二人への殺人未遂、翼への傷害などの現行犯・容疑で逮捕、送検することになっている。

 翼の方は、正当防衛が認められるのは間違いと言われ、事情の把握が進むと、進学にも問題はないと中学校と進学先の学校から明確な判断を受けた。

 嵐の父親は彼に弁護士を付けるらしいが、二人に翼が入院中の病院に出向き、直接会って見舞いと丁寧な謝罪をした。

「嵐は息子だが、厳罰げんばつを受けてもらう。

 仮に恨まれても、仕方ないだろうが」

 謝罪と同時に、そんなことを言う。

 無念、あるいは残念なのだろう。

 しかし、彼の凶行をかんがみるに、仕方なかった。


 嵐は腹部の痛みを何度も繰り返しうったえており、彼の事情じじょう聴取ちょうしゅは当初から難航なんこうした。

 治療を担当した医師が許可を出し、ようやく嵐が警察署に連れてこられた。

 嵐は周囲への不平不満を立て続けにべており、謝罪や反省の言葉はこれまでに一度もないという。

 それどころか、翼などを一方的に責め立てる発言までしており、他の『アダムオンライン』のプレイヤーにも文句を言い出しているらしい。

 さらにはつるんでいた二人の不良生徒の軽犯罪の話まで暴露ばくろし、学内では嵐の逮捕も含めて大々的にではないが、ほとんどの生徒が知る話になった。

 嵐とつるんでいた大柄とやや背の高い不良生徒は長い事情聴取を受け、しばらくの間自主休養という名の停学ていがく措置そちとなった。

 それが空けた後は、バツが悪そうに教室のすみに縮こまっている。卒業まではそうなのだろう。


 リアルでも毎日のように翼への、学校近くの病院に面会に来ていた愛だった。

 両親同士は知り合いになり二人は半ば、公認の中になったようだった。

 翼は両親から多機能ゲーム機を持ってきてもらい、病院からの許可を得てゲームにログインできるようになった。

 短時間ではあるが、『アダムオンライン』に復帰できるようになったのだ。

 どのみち、なるべくラビットと一緒に居たいので土日祝日はさておき、平日の日中などは大人しく本を読んで、勉強などをしていた。

 右腕は慢性的に二箇所が痛むがそこは現代の医療技術で、完治まではもう少しだった。

 痛みがあまりにひどければ、鎮痛剤ちんつうざい処方しょほうしてもらえるようだったし、放っておけば大丈夫なはずだ。


「ゲームの中でも、腕は痛むのですか?」

 大きな心配と少しの疑問を呈し、ラビットがウィングに訪ねた。

 場所は『ハボリム』の街南部、アウトロウ・エリアの森林部。

「まあ、少しな。

 ゲーム内の衝撃の感度を下げて、激しい痛みがなるべく出ないように設定してある。

 医者からも口を酸っぱくして言われたよ」

 鬱蒼うっそうしげる木々の匂い。

「ここは嵐……、ストームを仕留めた場所だな」

 なんとなく探索している内に、個人的に忌々いまいましい場所に吸い寄せられてしまった。

 意識的か、無意識か。

 よくは分からなかったが。

「あいつの社会的な墓場はかばですね」

 しれっと冷たいことを言うラビットだった。

「たぶん五年くらいで世の中に出てくるだろうけど」

「まあ、仕方ないですね。

 彼には彼の人生があるんでしょう。

 できれば更正するか、上手い渡り方を学んでほしいものです。頭は悪くないはずですし」

 ふと気付いたように、ラビットは発言を追加する。

「頭上。

 大きなへびがいます」

 二人がねて、分かれた。

 ぼとり、と大蛇が水溜まり部分に落ちて、水を跳ねらせる。

「対物レーダーには反応なかったな

 今まで昼寝でもしていたのか……」

「そろそろ性能を上げてください。

 確かまだ最低レベルに毛が生えた程度じゃありませんでした?」

 大蛇に向けて発破玉を投げつつ、爆音、ラビットがたずねた。

 伏せた状態で、反動を抑えつつ『ビースト・ショット』の八発弾を全自動で撃つウィング。

「こいつを倒したら、ジャンク品巡りを手伝ってくれ。

 レーダーの質を上げたい」

「はいはい。

 毒蛇です。

 私は離れています。サイボーグは毒に強そうですので頑張って下さい」

 またも発破玉を放るラビット。閃光と爆発。

「いや、機械化されていない場所を噛まれれば一気にHPが減るんだけど」

 文字通りのたうって爆発の威力を軽減した蛇が、ウィングに迫る。

 ぱーん。と半自動で発砲したラビットの拳銃がようやくその頭部に当たり、蛇は活動を停止する。

「最後は、あっけなかったな」

「えっへん。私の活躍です」

 ラビットが漆黒から輝く星々と流星が描かれているマントを広げ、勝利のVサインをした。

 そそくさと死骸にふれて、毒牙に毒液、鱗的なアイテムを回収するラビットだった。

「そのマント、何ていうんだ?」

「『星くずのマントスターダスト・マント』です」

敏捷性AGI(アジリティ)にボーナス、だったか」

「残骸アイテムの回収速度も劇的に上がります!」

ほしころも、か。

 お前に相応ふさわしすぎる装備アイテムだな」

「それは、それは。

 ありがとうございます」

 ラビットはどこまでも笑顔。

 ウィングも、つられて微笑んだ。

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