第三章 『辻斬(つじぎ)り』

 前回のPKと同様に、今回も敗北だった。

 装備品を整えようと再課金をしようとしたが、クレジットカードの限度額が来た。

 ポンコツめ。

 親から小遣こづかいをせびったが、わずか三万円をくれただけだ。やはり役に立たない

 なけなしの・・・・・三万円全額を、近所のコンビニの使い切り型のクレジットカードに投入して、ゲームを再開する。

 どうせ、初心者の『お仲間』二人はたまけにもならない無能どもだった。

 これからは一人でなんとかする。

 ウィングとラビット。

 必ずあの二人を最終的には仕留めてやる。

 手段はもちろん、選んではいられない。


 翌日、月曜日。

 翼は登校したが荒井の姿がなく、どうやら休みらしかった。

 翼と同様にほとんどの者がどうでもいいようで、気にする声はほとんどなかった。

 昼休みは教室に人が多く、たまには外の空気を吸おうと思い教室から出ると、声が聞こえた。

「荒井の野郎、俺達に偉そうに指図した負けやがったのか」

「今日は学校休んでいるみたいっすねえー」

 前にトラブルを起こした大柄と、少し背が高いくらいの二人の不良の男子生徒を見かける。

 しかし、翼の姿を確認した直後に彼らはビクリと跳ねて、その場からそそくさと逃げ出した。

「ウィングだぜ」

「やめとこう」

 そんな声が聞こえた。たまたま近くに居た女子生徒が「なにがあったの?」と小声で翼に聞いてきた。

「いや心当たりはないな。

 受験が近いし、教師の目を意識するようになっただけじゃないか?」

「なるほど……」

 適当だったが、優等生で通る翼に言われて説得力はあったのか、納得してくれたみたいだった。彼らの逃走の理由は謎のままだが、追いかけて問いただす気は起きない。



 リアル時刻は夕方。天候は変わることがあるが、ゲーム世界は基本的にずっと昼間が続く

 『ハボリム』の街付近では、PKプレイヤー・キルが急激に増加しているらしい。

 ログイン後にインターネット情報などを確認してみたが、昨日の夜からおそらくは同一人物によるPKが多発しているらしい。

 敵の装備はほぼ間違いなく刀剣類ということだが……。

「犯人がわからない?」

 ラビットに質問し、話を聞く。

「たまに使われるテクニックらしいです。

 かなりのスキルポイントとかが必要で、全部揃えるとなるとけっこうな時間か、急ぐのなら課金が必要になってくるレベルですけど……。

 光学迷彩系スキルと装備を揃えていくと、プレイヤーをPKしたときにそのキルしたプレイヤー名が『UNKNOWNアンノウン』、つまり『不明』と表示されてわからなくなります」

 話を聞いて、ウィングは深くうなずいた。

 こと厄介やっかいさは、すぐに理解できた。

 その正体は、またしても強力な迷彩効果らしい。

「ステータスがPK行為のたびに倍の速度で悪化していくデメリットもあるらしいのですが、完全なレッドプレイヤーにはそんなもの関係ないでしょうね」

「だから驚くほど近辺の治安が悪化している、というわけか。

 辻斬つじぎりか、悪質な路上強盗か」

 ちなみにレッドプレイヤーでも『街』の中へは普通に入ることができる。

 名前以外のパラメーターなら、街の中なら確認できないように設定もできるし、このゲームはPK行為が前提なのは間違いない。

「大手コーポの一員もやられているようです。

 そのコーポ本体は遠征に出ているせいで、よく行われる報復ほうふく作戦は少し後になるそうですね」

「俺たちができることはあまりない、か」

「私の友人、サークルさんとはまた別なんですが、別の街からこのハボリムに来る途中で狩られてしまったんです。

 似たような人たちが集まって、早めの対処作戦を練っていると聞きました。

 私には、音響センサーでの索敵さくてきの依頼が来ました」

「受けたのか?」

「ええ」と頷くラビット。

「いろいろな資金援助や、装備のアップグレードを融通してくれましたからね。

 治安改善を手伝うくらいなら、まあ良いかなと思いましたし」

「ふーむ。

 お前の『耳』は確かだからなあ」

「始めたての頃に、アカウント作成ボーナスで当たったラッキーアイテムです。

 あまり市場には出回っていません。

 まあ似たような装備品はあるので、あそこまで粘着質ねんちゃくしつに狙われるほど高価でもありませんが」

 ウィングはストームがうさぎの耳を付けている姿を想像したが、機剣士きけんしにそれは絶望的に似合っていない。

「これから、アップグレードした『耳』と中継アンテナで城塞エリアへの探知に出向きます。

 できれば、護衛ごえいをお願いしたいのですが?」

「特に断る理由はないな」

「では、さっそく行きましょう」

 ハボリムの街を歩いて、襲撃が多いとされている街の南側へと向かっていく。

 良くも悪くも、色鮮やかな街並みだ。

 レンガや金属の建物に、様々なアイテムが並んだ露店。そしてたくさんのプレイヤーたち。

 多種多様な装備品、武装を持つ人々。

 だが話を聞くと、こころなしか街はざわついているようにも見えなくもない。

 半分くらいまで進むと無料の転移テレポート装置があり、自動で城塞の手前付近まで飛んだ。街の幾つかには設置されている便利なシステムだ。

 城塞より外に出て、カミカゼを警戒する。

 対物レーダーで二〇名近いプレイヤーが近くに居るのを確認する。

 全員がグリーンプレイヤーで、先に進んでいる者は双眼鏡でなにかを確認している。

「あの双眼鏡は、熱源ねつげんの探知や向けた先へ、ある程度の音声拾いができるようです」

「熱源ゴーグルと、お前の『耳』の簡易かんい版か」

「ええ。

 そして私はこちらを使います」

 ラビットは、ボールペン程度の大きさ形状のアイテムを取り出し、上に回転翼が展開されてアイテムがその場を浮遊する。音はほとんどしない。

 某漫画で頭に装着するコプターな『ひみつ道具』を思い出すウィングだった(小学館)。

「ドローン?」

「というより、ほぼ無音の飛行アンテナですね。『耳』の中継装置で、指定した位置まで三時間ほど飛行してくれます。

 バッテリーが切れる前に自動で戻ってくる設定にしているので、ちゃんと回収すれば再利用もできます。使用した時間分、ストレージに入れておけば、充電完了です」

「アップグレード様様さまさまだな」

 ウィングが素直に感心した声を出す。

 城塞エリアから、飛行アンテナを一〇個以上飛ばすラビットだった。

「一度に全てのエリアの音を確認するのは難しいですが、定期的に巡回するくらいはできます」

「各中継アンテナを巡回する、ということか」

「そういうことです」

 アンテナの時速は三〇キロくらい。

 回収するとなると、指定した場所に滞空して留まる時間を入れれば数十キロくらい先までが限界距離だろうか? 

 近隣の街までカバーできる距離ではあるが。

 ちなみにハボリムから南側は、森林地帯になっている。

「ステルス機能も防弾性能もありませんが、上空からほぼ無音で飛ぶので気付かれづらいでしょうね。

 対物レーダーがあってもよほど高性能でもないと、まず探知できないはずです。

 見ての通り、かなり小さいですし。

 もっとも探知できるのは、当然音だけですので、気になる音があったらウィングさんたち一行・・・・が向かう手はずになっています」

「……え?」

 進むぞー。まだ安全だー。

 などという声が聞こえて、今にも各班かくはんに分かれて歩みだす自警団的な面子が居た。

「一人の方が良ければ、他の班と少し離れたところを歩くでもいいです。

 ゲーム内コンタクトはいつでもどうぞ」

「はあ……」

 どうやら、決定事項らしかった。仕方なく、近くの班の後を追いかけるように歩くウィング。

「いってらっしゃ~い!」

 快活に送り出すラビットだった。

 まあ、弾薬や装備には余裕がある。

 先日例のストームがロストした―マサムネ―高周波ブレードは、倉庫(外部ストレージ)に放り込んでいる。

 現在の愛刀となっているムラマサをロストした際の予備の近接武装ないし、いつか高く売り飛ばす武装として持っている、

 さらに、ハンド・ショットガンの各種弾倉や手榴弾グレネードなどを自身のストレージに入れていた。

 ただのピクニックになると良いが。

 コーポとはゲーム内コンタクトも取っておらず、ウィングとの連携はイマイチな人々だった。

「その方向には、タイプは不明ですがキラー・ゴーレムが居ますね」

「避けるわ。

 どっちに行けば良い?」

「東にまっすぐどうぞ。ただし小型のエネミーが居ます」

 というやりとりとか、

「こちらウィング、六匹も湧いているぞ!」

「音からして機銃サソリが四匹と、レーザー・ビーが二匹ですね。

 音の確認のため、なるべく発砲は控えて倒してください」

「無茶を言うな!!」

 といったやりとりがウィングとラビットとの間で交わされる。

 機銃を避け、火力の比較的高いレーザーを放ってくるはち型の機械生命体エネミー、レーザー・ビーに向けて迷わずウィングはショットガンを発砲する。

 いつも設定して装填そうてんしているビースト・ショットや他の班からの援護の狙撃を受け、もう一体のビーや機銃サソリが駆逐くちくされていく。

 残骸ざんがい回収をしたくなるのは貧乏性びんぼうしょうだからなのだろうか?

 班を組んでいる他のメンツは、拾う気配すら見せない。

 ウィングはとりあえず小型治療キットを使ってHPを回復させておく。硬直時間は約五秒。

 硬直時間はスキルで縮められるらしいが、伸ばしても戦闘中にはそこまで役に立たないので後回しか、そもそも取らなくて良いらしい。

 森林に入ると、ぱきん、と枝葉の砕ける音がして思わず誰だと左手のショットガンを向ける。

「なんかでっけーワニ……、いやヘビだ!!」

「あんまり聞きわけられませんねー。

 逃げるか戦うかしてください。

 信頼していますよ!」

 うにょろうにょろとりゅうに見えなくもない大蛇が迫ってくる。

 紫色のその体躯たいくは『噛まれたら毒状態ですよ、時間経過でHPが減っていきますよ、麻痺まひるかも?』と強く主張しているようだった。

 発砲するウィングだが、弾丸を受け、頭を吹き飛ばされたはずの大蛇のまさしくその部分が再生していく。

「いや、急所だろ!」

 いったんお手上げをして逃げ、攻撃は味方の班に任せる。

 なにやら脳が三箇所に分かれて配置されている生体改造の蛇らしかった。

 一斉攻撃で弱点どころかで全身をまとめて吹き飛ばされて、その大蛇は活動を停止した。

「無駄弾だったか?

 まあレッドプレイヤーとも出くわさないし、一旦いったん戻るか」

「そうしよう」

 などという会話。

 もう帰って良いらしい。

「ラビット、俺も戻るぞ。

 『ハボリム』に帰ったら即ログアウトすっからな。

 腹が減った」

「帰るまでが遠足ですよー」

 そのラビットの様子だと、今回の釣果ちょうかはなさそうだった。ちなみにアウトロウ・エリアでもログアウトはできるのだが、ログオフに一分半の待機時間が掛かるのが難点だ。

 ログオフの硬直状態を無視して強制終了することもできるが、分身たるアバターはアウトロウに一定時間残されたままなので、もしやられてもそれについてはとやかく文句は言えない。

「今日は空振りですね。

 続けるか、良い作戦を考えるか、またはネットで探してきましょう」

 再会したラビットはウィングにそう言った。


「ネットねえ……」

 翼のゴーグル型のスマートなゲーム機は、インターネットの映像を網膜に投影したり、脳に直接情報を電気信号として送って情報を処理したりすることができる(従来の個人用コンピュータやスマートフォンなどを統合したような、『一つのシステム』といったほうが良い)。

 翼はネットでこういったときの対処法を調べたが、基本的にコーポでの人海じんかい戦術せんじゅつに、ありきたりな「護衛を多くして、散弾系や爆発物の武器を使おう」とか、「いっそリスクを承知しょうちで突っ切れ」という役に立たないものまであった。

 音響センサーは、案外スキル上げが大変らしいというのも知ることができた。

 情報が多いような、少ないような。似たようなものも多いし。

 ネットの世界は面倒だ。

 次は『アダムオンライン』公式のネット掲示板けいじばん閲覧えつらんする。

 最近は非公式のネット総合掲示板へのリンクらしきものがたくさん貼られているらしい。いわゆる荒らし行為だろうか?

 総合掲示板の方はいやらしい広告などが多いので、リンクは踏まないようにする。

 『PKしまくり、美味しかったですww』『俺を探すとかwww無駄な苦労どうもですwww』

 といった情報が山ほど送られていて、とある地域(ハボリムの街も含まれるあたり)の掲示板はそれ一色だった。

 その内に運営が削除するか、ゲーム内掲示板なのでゲームのアカウントIDともリンクしている――すなわち、プレイヤーの場合はアカウントの停止処分になるかもしなかった。

「馬鹿なやつー。

 ってこれ、ひょっとしてハボリムの通り魔というか辻斬つじぎり犯ご本人?」

 情報をスクロールしていくうちに気がつく。

 勝手にアカウント停止処分になれば万々歳なので、一応匿名とくめいの一人としてそのルール違反らしき行為を運営に報告しておいた。

 ゲーム内コンタクトが来て、通話機能を使う。ラビットからだ。

 ちなみに、音声はゲームのアバターそのものに変換される仕組みである。

 話を聞くが、やはりというか、掲示板荒らしの話になった。

「ああ。

 勝手に追放されるんじゃないのかと、俺も思っていたところだ」

「しばらく黙っているだけで、このいくさ、勝てそうですね!!」

 ウキウキでラビットが言う。

「後は、お前のストーカーの退治か?」

「あー、それですね……。気持ち悪くて運営に相談していたんですが、今回の掲示板の荒らしプレイヤーと同一人物だそうなんです」

「は!?

 いや、なんとなくその可能性は考えていたけどマジか!」

「珍しく運営の反応が早いんですが、こうした大規模なMMOゲームではいくつか、リアル関係での刑事事件が世界中で発生していることから、大概たいがい、警察とのパイプがあるそうなんです」

 翼は全く知らなかったが、隠そう。

 しらを切り通せるかは微妙だが、

「へ、へえ。

 それで?」

「本名などはアダムオンラインの匿名制とくめいせいの維持と、相手が未成年であるということから教えてもらえなかったのですが、犯人はリアルでも女性につきまとい行為をして、当時は子どもだったからということで、保護観察処分ほごかんさつしょぶんになったこともあるらしいです」

「リアルにヤベーやつじゃねーか」

 ウィングは絶句する。

「多分、今日にでもアカウント停止処分になるんじゃないですか?」

 ラビットの声はかろやかだ。

「リアルといえば、ウィングさんにはゲーム以外にも心から感謝しています。

 あなた、高井たかいつばさ君ですよね」

 ドッキリ? いや、何のだよ。

「…………。いや、なんで俺の方は特定完了してんだよ。

 俺はまだ前科〇犯だ。 こ、これからもその予定だ……」

「安心して下さい。深い意図はありません。

 でも、案外簡単に引っかかるものなんですね」

「かまかけ? おーい、おーい」

 大昔のドラマなどの、一方的に切られた電話シーンみたいに、切れたゲーム内通話に話しかける翼だったが、この時代にそれを知る者はそう多くなかった。そして、もう連絡は切れている。


 通信を切った星衣ほしいあいは――

 やっぱり、高井君だ。

 ウィングは翼君なのだ。

 同じ中学三年生。同じ学校。

「まるで運命じゃない。

 素敵。嬉しい。

 神様、ありがとう」

 そう、自室内でうわ言のように発していた。


 その日の深夜。

 アカウント凍結。

「どうしよう、どうしよう、どうしよう」

 どうするか、こういうときは病院を経営していて、弁護士にも詳しい父に! 

 いや直接話すのは課金かきんの話共々恐ろしいので、弁護士べんごしの方に直接話そう。

 相談料とかは親父に話がとおっているということにして、嘘を吐けば良いのだ。

 後でどうとでもなるだろう、多分。

 部屋には『彼女の写真』と言って母親に「ませているわね―」などと言われた、実際は隠し撮りをした星衣愛の横顔が三種類、五枚ほど貼られていた。

 時間外に呼び出されて、気怠けだるげな弁護士の声にすがりつく、荒井あらいあらしだった。



 火曜日の学校。

 翼は昨日特定されたことが不安で、夜もあまり眠れなかった。

「荒井君は、しばらく休学するようだ」

 クラスの教師からそんな話が舞い込んできたが、なんとなく聞き逃す。

 そういえば、今日も荒井がいないな、とかで考えた。

 いまだに身バレの恐怖に襲われている。

 なんだかんだで、昼休みになって教師が教室から出ていった後のことである。

「あの、高井君。ちょっと良いかな?」

 背の高い女子生徒と小柄な女子生徒。

 前者は同じクラスメイトで学年などでも人気が高いはずの大人びた、長いストレートの黒髪が美しい背も比較的高い少女。

 丸井まるいまどかだった。

 後者は星衣ほしいあい

 ちゃんと人の名前は覚えなさい、とごく小さい頃に母親などからしつけられたのが、ここにきて役立った。

 翼は椅子を引いて、

「丸井さん、星衣さん。

 なにか用事かな?」

 なるべく余裕をもって、丁寧ていねいに問い返した。

「ちょっと付き合って」

 薄い笑顔、ある種機械的な丸井のりんとした声が響き、クラス内が静まり返る。

「ああ、よくわからないけど、学校の行事か何かか?」

「そんなところ、ということにします」

 星衣はだまりこくったままだった。


 閉鎖されている屋上付近は、人が寄り付かない。特に目的もないし、年度や時期などによっては不良が溜まり場にすることもあるからだ。

 進学や進級で大事なこの時期では、居るのは高井と丸井、そして星衣だけだった。

「愛ちゃんから、話があります」

 星衣のことだろう。なんだ? と翼はいぶかしむ。

「昨日までお世話になりました。

 できればこれからもよろしくお願いします」

 わけがわからない。

 そして、次でわかった。

「ウィングさん。

 私がラビットです」

「……。

 あー」

 どうしよう、案外身近に居た。

 それも、直ぐそばに。

 今は、思いっきりラビットの小柄な姿と、星衣愛の姿がダブって見えている。

 丸井円も事情に通じているようだった。

 『アダムオンライン』を遊んでいるかは知らないが。

「ほら、それだけじゃないでしょ!?」

 状況をかすように、星衣の後ろに回り込んでいる丸井が、その肩を押してやる。

 物理的に、そして精神的に。

「あ。はい……。

 ウィングさん……じゃない、高井翼君。

 私、あなたのことが好きです。

 最初に助けてくれたときから、ずっと。

 付き合ってくれとまでは言いませんが、私の気持ちを受け止めてもらえますか?」

「……ありがとう」

 翼にできたのは、素直な気持ちを伝えるだけだった。

「恋愛とかは、まだよくわからない。

 普通の関係より少し進むくらいなら、別にいいと思う。

 俺も好き、だと思っている」

 星衣は泣き出した。

「ありがとう、高井君~」

 緊張や興奮、感動からか、顔をくしゃくしゃにする星衣だった。

「よかったわね」

 と、号泣する星衣にポケット・ティッシュを渡す丸井。

「ちなみに、高井君と愛ちゃん、進学先、一緒だから」

「あ……そう、なんだ」

 ほうけたように声を出す。

 翼も翼で、かなり疲れていた。

 丸井が笑う。

「それじゃあ、続きは放課後で。

 ね?」



 帰宅後。

 翼と愛は途中まで下校を共にした。あまり話はできなかったが、ゲームにログインしてもらったらたくさん話せそうだと言われた。

 翼は疲れてはいたが、星衣と話をしなくてはならない。

 多分それは、国民の権利であり個人の義務だとは思う。

 帰宅後、すぐに『アダムオンライン』にログインする。

 なぜか待ち合わせ場所は武器屋兼けん加工屋の『サークレット』だった。

 サークルも居るらしかった。応援の女子が居たほうが、色々と話しやすいみたいで、すでに話は通っているらしい。

 一時的にクローズドになっている店舗『サークレット』前で、星衣愛、ラビットと出会う。

「やあ!」

 精一杯の虚勢きょせいを張り右腕を上げて、そう明るく挨拶あいさつしたウィング、高井翼だった。

 一瞬だけ『サークレット』がオープンに変わり、その間を縫うように二人は『サークレット』に入店した。

 現在の『サークレット』は一時的に、クローズドに指定されていることだろう。

 店主が指示するか、一定時間(三〇分)が経過するか、二人が一度店舗外に出ていけば一応は入り直すことができない(再オープンすればもちろん入ることができる)。

 どこかの広場などで話すでも良い気がするのだが――恥ずかしいのか、まだストーカーを気にしているのか。

 とりあえず、わざわざお店を閉めてくれたサークル嬢に感謝しておく。

「今日は驚いたよ」

 ウィングは入店直後にそう言った。「いや、嬉しかったけどな」とも続ける。

「いらっしゃい」

 カウンターに座ったサークルが挨拶をくれた。

『こんにちは』

 ウィングとラビット、二人の声が唱和する。

 被ったよね? とラビットがウィング側を猛烈もうれつに見てくるが、ウィングはまだスルーした。

 恋愛って、よくわからない。

 二人はカウンターの前、サークルと向かい合う形で並んで立った。

 質実しつじつ剛健ごうけんというか必要最低限の広さの店内。

 座る余裕がないので立っているのだが、あまり気にはならない。

「そういえば、一時コーポの期限が過ぎていたな。

 その、正式にコーポを組むか? 一応、今は二人だけの」

 プレイヤーの集団であるコーポだが、一人からでも組むことができる。

 コーポではゲーム内の税率を自由に設定できるので、その大抵は税金対策(免税狙い)または、コーポメンバーからの税金の徴収が目的になるのだが。

 ゲームの話題ではあるが、関係の継続ということでつなげてみる。

「あ、そうですね。

 できればそうしたいです……」

 まだ恥ずかしそうで、最後の方は声が消え入りそうだ。

 そういえば『結婚けっこん』システムというのもあった。

 仲の良い二人がくっつくシステムで、性別は問われない。

 そのメリット・デメリットは、比較的特徴の近い少人数のコーポとよく引き合いに出される。

 それはもう少し後でいいはずだろう、ウィングはその可能性だけ頭に留めておく。

「細かい設定は後でいい。

 コーポ名だけ設定して設立してくれれば俺は入るよ。

 他に話したいことがあれば後でも」

「ありがとうございます!

 それでは、こちらは大事なお話があります。

 例の荒らしプレイヤーなんですが、うーん、雲行きが怪しいですね。

 運営によると警告をするだけで、アカウントの凍結を解除する可能性が高いそうです……。

 あるいは、もうなっているかもしれません。

 彼に良い弁護士でも付いたんでしょうか」

「プレイヤー名は『ストーム』って分かっているが、ありがちな名前だからな。

 固有ID番号は教えてもらえないのか?」

 ゲームシステム上、プレイヤー名は被っても問題ないとしているので(アバター作成時に、同じ名前のプレイヤーが何人いるか教えてもらえる)固有IDの把握が重要になるが、ゲーム内でも公開されるのはまれだ。

 ゲームのシステム上、まずないと言ってもいい。

 懸賞金バウンティシステムに関しても、狩られた当時のイエローないしレッドプレイヤーの名前とアバターの姿が公開されるだけだ。

「運営に関してなら、『私たちは、匿名制とくめいせいを最重要視しています』の一点張りですよ。

 警察に直接コンタクトしようとしても、これ以上は踏み込めなさそうですね」

「こっちは匿名もなにもなくなったのになあ……。

 失礼だけど、本当にサークルさんは言いふらしたりしないんだろうな?」

「問題ありません」

 微笑むサークルの、機械的な声。

 ちょっとだけ不気味だ。弱みを握られているような感じ。

「問題ないって!」

 ラビットも、そう言い切った。

 ラビットは洗脳レベルでサークルを信頼しているようだった。一体、何者なんだ?

「運営からの文面をサークルさんにも確認してもらったのですが、すっごく遠回しに、例の荒らしプレイヤーはVR空間、つまりはゲーム内での行動は黙認もくにん

 もし、ゲーム内掲示板を再び荒らすなどの行為をしたら永久アカBAN(アカウント追放。個人情報と紐付ひもづいているため、二度と『アダムオンライン』を遊ぶことができなくなる)ってことが書かれていました」

「特に前者の黙認ってのが厄介やっかいというか、ひどいな。

 またストーキングされるぞ」

「もしひどいようなら、いよいよ他のコーポとの連携も考える必要があるでしょうね。

 はあ……」

 話に集中して気が付かなかったが、いつの間にかコーヒーが二人の前に置かれていた。

 ウィングはサークルに「どうも」と言ってから、電子でんしかおりと味を楽しむ。

 ラビットもそれに続いた。

「ふう~」

 ウィングはため息を吐く。

 もじもじとしたラビットが、口を出し、切り出す。

「あの、今度の土曜日なんですが……リアルでデート、いえ二人でお外に出かけませんか?」

「……まあ、デートだよなあ。

 どの辺行く?」

「言い出すまですっごく緊張していたのに、軽くOKですかー!」

「そこで憤慨ふんがいするわけ?

 OKはOKだろ」

「細かい日時と待ち合わせ場所は、日にちがあるので後で良いです。

 よろしくお願いします」

「……いや、こちらこそ。

 よろしく」

 正式なコーポの設立、荒らしプレイヤーへの対処、初デート。まとめるとそんな感じだった。

「そろそろ夕食の時間だ。もちろんリアルの」

 ウィングの別れの言葉に、

「わかりました。ログアウトをお願いします。

 私も一旦いったん、ゲームから離れます」

「お疲れさまでした」

 ラビットとサークルが気軽に応じる。

「それじゃあ、切るよ」


 ストームは焦ってはいなかった。

 手頃な価格でいろいろな武器が手に入り、装備品の加工などができる『サークレット』が利用できなくなったのは多少痛いが、なに、武器屋は他にもたくさんある。

 ほぼフル・アップグレードを済ませている熱光学迷彩に対物レーダーを使いこなし、下校時間の少し後あたりの『ハボリム』を高台から監視して、ラビットとウィングの二人を発見した。

 『サークレット』はクローズドで入れなかったが、どのみち光学迷彩をいくら強化しても、入店した際に店主には分かってしまうシステムだ。

 仮にAIの店番だったとしても、入店履歴ログは残る。

 前にそれを知らずに迷彩を付けたまま別の店舗内に入ったら、簡単に指摘されて恥をかいた。

 忌々いまいましい。全てあの二人が悪い。

 ほとんどまばたきすらせずに『サークレット』を見張っていたが、オープンに変わった後、しばらく待っても二人が店外に出てくる気配はない。 

 そうだ、おそらくは店舗内でログアウトしたのだ!

 オープンから三〇分以上、合わせて一時間も光学迷彩を展開しながら見張っていたが、行動とその結果はまぬけそのものだった。

 そういえば、対物レーダーを切るのを忘れていたため、電力キャパシタが悲鳴を上げている。

 自動で対物レーダーに光学迷彩も切れて、危険域に入っていた電力が復活していく。

 ふん。腹が減った。

 最近こもりがちだった自分を心配した母親が、自室に備え付けの冷蔵庫へ手作りの食事を勝手に入れていたはずだ。備え付けのレンジで温めて食おう。

 最近はカップラーメンばかりだったので、幾分はマシな食事になるはずだろうし。

「必ず『キル』してやる」

 ログアウト後に、自然と荒井あらいあらしはそう口に出していた。

 万全かどうかは知らないが、可能な限りの装備を整えて二人をゲーム内で襲撃する。

 新しい装備も試運転中だ。


 夕食後。

 翼は考えた。

 『辻斬つじぎりのストーム』のアカウントは復活すると見ていいだろう。あるいは、すでに街や自分たちを監視し始めているかもしれない。

 この手の人間は暇を持て余している上に、ある種の知恵・悪知恵をすべて悪意に変換してぶつけてくる。ゆえに、荒らしの迷惑者なのだ。

 あとは、「デートかあ」

 翼は、そう独り言を言う。なにせ人生初のデートだ。

 まだ四日あるとはいえ、緊張する。いつもの外出着で良いのだろうか? 変に気取るのも嫌だしなあ。

 まあ、それまでにストームについては手を打っておきたい。

 有志ゆうしつどいや『ハボリム』周辺での辻斬り対策に集結しているコーポなどがあるので、そことコンタクトを取る。

 新規コーポを作るむねから話をつなげて対策案を聞いたり、既知きちの情報を書き込んだりしてみる。

 あらかじめ指定された、あるいは飛び入りの場合はグリーンプレイヤーしか閲覧えつらんできない設定で、ストームに知られる心配は、内通者でも居ない限りはない。

「相手は一人ソロプレイヤーっぽいし、ここにいる人たちで網を張れば楽に狩れるっしょ」

 といった書き込みに、

「音響センサー系を持っておけば、けっこう対策できそうだな」

 といった文面が書かれている。

 話の流れとしては、迷惑プレイヤーに逆に迷惑をかけて、当分悪いことをする気を起きなくさせるというものだった。

 翼も有力情報を書き込んでいく。

「例の辻斬り犯は、高度な光学迷彩を搭載した機剣士です。

 プレイヤー名は言いませんが、二回戦ったことがあります。大して強くはありませんが、財力はありそうなので、戦う際は気をつけて下さい」

 幾つかの反応が見られた。

「本人じゃないだろうな」とかいう書き込みがあってげんなりする翼だった。

「レッドプレイヤーは入れないっしょ」という援護射撃なども受け、しばらく翼はネット世界に張り付いた。


「ふわああ……。

 眠い……!」

 早朝のクラスで、少しずつ人が集まってきている。恥ずかしいので、愛との一緒の登校は遠慮えんりょしてしまったが。

「高井は最近、幸せそうだねえ。彼女でもできた?」

 クラスの数少ない友人、男子生徒の一人から思わぬ声をかけられ、ちょっと硬直する翼だった。

「……え、マジ?」

 友人からは、逆にびっくりされる。

「冗談だ」

 堂々と言ってみせる。愛とは完全な恋人関係ではないので、まあうそではない。

 微妙に良心が痛むような気がするが。嘘を付くのは苦手なのだ。

「びっくりさせるな―」

 適当に談笑しつつ、話題は今、絶賛休学中の同級生へと移った。

「荒井は何やってんだろう。

 ずっとゲームかな。高井と同じ『アダムオンライン』をけっこうやり込んでいたみたいだし」

「進学、大丈夫かねえ」

 翼も話に乗る、軽く心配した素振りを見せるが、本心ではどうも良かった。

「あいつは親が病院の経営者だからねー、金を詰んでどうとでもなるんでしょう。

 高井と同じ私立に推薦入学が決まっていたし。

 素行そこう関係で問題起こしたりとかはあったけど、まあ受かるだろうな。

 あんな奴の進学の心配は無用だよ、翼君」

「ああ。正直なところ、心配はしていない」

 素直に言う。

「それで、夜ふかしの理由は?」

 友人が追撃してくる。

「ゲームだよ。

 例の『アダムオンライン』で、PKしまくる迷惑プレイヤーが出てさ。

 一人を追うのに何十人、もしくは百人以上で周辺を見張るかもしれない」

「ふーん。賞金首みたいな?」

「まあ、事情がある」

 ストームには賞金はかけられない。姿を見せてキルされたものが居ないからだ。



 包囲網ほういもうが形成されている。ストームは迂闊うかつにはアウトロウには出られないと思った。

 ここ何日かは起きている始終、一日二〇時間ほどをアダムオンラインについやしている。

 主に、学校がある時間帯付近に寝て、後は狩りをしていたのだが。

 治安維持の一時コーポに、大手や中小のコーポが連携して自分を狩ろうとしている。

 嵐はもう、自分が何に熱中しているのだろうかもあまりわからなくなっていた。

 ただ、目的だけははっきりとしている。

 ウィングとラビットを付け狙い、キルをする。できればなぶってから、何度でも付け狙う。

 他のことはどうでも良い。

 チャンスはあまりないが、とにかく奴らに迷惑をかけてやる。

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