第二章 『追跡者』

 ぐっすりと寝て午前七時半に起きたつばさは、軽い朝食をってから、さらに軽く運動をしてアダムオンラインにログインした。

 時刻は翌朝の八時。

 昨日は八個あったうちの『壊れた光学迷彩装置』のうち六個を医者に引き渡し、左腕の治療を受けたところ。

 すでにウィングの両腕はそろっている。

 左腕の治療費だけなら三個分弱の金額で十分らしいが、『壊れた光学迷彩装置』の二個を修理・肩部に手術して装着すれば『光学迷彩装置』になり、特にNPC相手の戦闘で優位に立てると言われた。

 修理費と手術費用でさらに残り三個を寄越せ、という話になったあたりで昨日はログアウトしたのだった。

 割高なのか割安なのか。

 ネットで調べても、膨大なこのゲームのアイテム数で、相場はイマイチわからなかった。

 詐欺さぎも横行するゲームだし、一応ラビットと音声通話によるコンタクトを取ってみて(幸い、彼女もオンライン状態だった)「あー。別に法外ではありませんよ? 多分……」と、昨日よりもなんだかよそよそしく、大人しい声だったが答えてくれた。

「なんか、昨日よりも元気がないな。

 風邪でも引いたのか?」

「いえ!

 バッチリ元気ですよ―」

 急に声が明るくなる。

 何かを隠しているような感じもしたが、ゲームの一プレイヤーにそこまでうたぐり深くなるのはあまり気分の良いものではなかった。

 ゲーム内通貨のやりとり以外は無関心そうなサイボーグ医の手術を受けることになった。

 といっても、これはゲームだ。光学迷彩装置への拡張は一分とかからず終わった。

 若干総重量は上昇したが、簡単に透明化できる。

 攻撃に関連する装備ではないからか、武器の試射などができる射撃場などの施設以外、つまりは普通の街中でも堂々と展開できるらしい。

 拡張性が高い装備で、フル・アップグレードにはかなりの資金やそこそこ以上にレアな素材アイテムが必要だった。

 ゲーム内通貨アダムさえあれば、全て『ハボリム』の街を回れば手に入る程度ではあるが……。

 まあ、ないものねだりをしても仕方がない。

「まあ、やや電力は食うので最低グレードでの現時点での展開時間は五分が限界だな。

 対物レーダーも電力をうので、ほとんど併用へいようはできないだろうね。

 アップグレードできるようになったら、またおいで」

 サイボーグ医のその言葉を最後に、『機械の病院』から町の外へと出た。

 しばらく露店ろてんでも見て、光学迷彩の強化パーツでも見るか、またアウトの穴場を探すか。

 そこで、着信音が鳴った。

 今度はラビットの方からコンタクトだ。

「ウィンドウショッピングでもしますか?」とのこと。

「良いな。

 休日だから時間はあるし」

 その返事をして、広場の噴水前で待ち合わせをすることになった。

 リアルでは一度もしたことのない、軽いデートの気持ちで足取りも軽い。

 彼女の本当の性別は分からないが、ゲームだし、どうでも良かった。


 ウィングが待ち合わせを終えてラビットと再会した後、二人は主にこのゲームの雑談をしながら街を歩く。

「最近、」と、ラビットは不安そうに言った。

 頭の上のうさぎの耳を指差して続ける。

「この『耳』に変な反応があるんですよ。

 足音はするのに、後ろを振り返っても姿はないんです。なんだか、気持ち悪くって……」

「俺の光学迷彩で気が付いた感じか」

「まあ、そんなところです。

 けっこう長い距離を追いかけて来ることもあって、あまり一人では出歩きたくはありません」

 まあ、相手も光学迷彩系の装備品を使っているという話だろう。

 タネはSFゲームなので簡単に分かったが、対処するとまでなるとやや面倒だ。

 アウトロウ・エリアまで追いかけられ続けたら、確かにことだろうし。

 暗そうなラビットの顔を見たウィングは、ある提案ていあんをする。

「一時コーポ組むか?

 相手は多分、一人なんだろ?」

 ウィングの言葉に、ラビットは顔を明るくする。

「え、良いんですか?」

「初心者の俺が足手まといでなければな」

「足手まといだなんてとんでもない!

 助かります!!」

 昨日より親愛が深まったのか、けっこう敬語の率が高めなラビットだった。

 ネット弁慶べんけいの気質が激しいだけで、これが本来の性格なのかもしれない。

「もしかしたら『狩り』の斥候せっこうというだけで、複数人が待ち構えている場合もありますが……」

 ラビットはまだ不安そうだ。

「お互い敏捷性(AGI)は高いからな。その時は、本気で逃げよう」

「はは。そうですねー」

 そう言ったりして、お互いに笑った。

 二人は露店ろてんにある、今は金銭的に手の届かないアイテムを眺めた。

 特定のスキルを強制的に拡張・付与できるアイテムあたりは本当に高い。

 いわゆる『スキル・注射インジェクター』だ。『お注射』なんぞと俗に言われる。

 余裕で一〇万、高いもので一〇〇万アダム(高い方は、スキル拡張の指示と同時に、そのスキルを最大まで一瞬でアップグレードできるアイテムだった)ほどはする。

 自由に割り振りができるスキルポイントが得られるスキルポイント・インジェクターというものもあり、こちらの方はもっと一般的なスキルアップアイテムになる。

 ただし、割り振りが柔軟にできる分、直接スキルを獲得できるスキル・インジェクターよりもポイント変換効率が悪いのが玉にきず

 ラビットによると、彼女が今までに見た最高値のスキル・インジェクターは二五〇万アダム。  

 それはパワード・スーツ関係の全スキル拡張キットであり、端数は切り捨て。

 リアルマネーで一二万円くらいという、恐ろしい高さだ。

 獲得したスキルやスキルポイントは自分から取り出して販売もできる(別途費用がかかるが)。

 スキルを失うことはそれ以外でありえないので、いくら『キル』されてもそこは問題がない。

「次に行くお店は、実は私のリアル従姉妹いとこがやっています」

「へえ……。

 何の店?」

「武器屋兼加工屋です!

 私ならサービスしてくれるかも!」

 ウィングはため息一つをいて、

「どのみち、俺は手持ちがほとんどないけどな」

「私も、似たようなものですよ」

 そうこう言っているうちに、目的の武器屋兼けん加工屋に着いた。

 店名は『サークレット』。

「サークルさんこんにちは!!」

 店主の名前は『サークル』というらしい。

 店内に入るか入らないかのタイミングで、ラビットは勢いよく挨拶あいさつする。

 遅れて、一応ウィングも「こ、こんにちは」と言っておく。

「いらっしゃい。

 お互い早いわねー。

 今日はソロじゃないんだ?」

 黄色い髪をくるくるのツインテールにした軽装と長めのスカートの少女が挨拶と質問をする。

 自動翻訳はなされない。

 つまり、同じ国の言語だ。

「ええと、AIプログラムの店番じゃなくて、ご本人?」

 ウィングは戸惑って質問した。

「ええ。

 私が店長のサークルです。

 普段はAI任せだけど、今はちょっとね」

 売り買いデータなどの管理をするだけなら、アダムオンラインの開発元(大手のゲーム会社)が出している端末たんまつアプリでも十分可能だと思うのだが、なんらかの調整でもしているのかもしれない。

「へえ。

 それでは武器を見させてもらいます」

「ごゆっくり。できれば買っていってね」

 そう言ってサークルはウィンクをした。ウィングにそんな金はないので、若干心が痛い。

「これなんかどうですか?」

 店内でも持ち前の素早さを発揮して、掘り出し物らしき品を見つけたラビットだった。

 歩いて寄ってラビットの小さな指で、指差す先を見る。

「『―マサムネ―高周波ブレード』?

 強そうだが、一九万九九八〇アダムかあ」

 さやに収まった日本刀のような片刃剣に触れて、表示された武器情報データを見てみる。

 『刀身に一秒間につき数万回の振動を与えることで、敵を装甲ごと断ち切る高周波ブレードの一振り。接近戦では極めて強力な刀剣武器になる』といった文面が踊る。

 明らかな、ウィングの持つ超合金刀の上位互換的な武器だ。戦心いくさごころが踊ってしまう。

 ウィングにも装備可能らしいが高値の、もとい高嶺たかねはなだ。

「そうだ」

 ウィングはサークルの方を見て、

「サークルさん、ショットガンの実包シェルはありますか?」

「はい、一般的なものなら一通り置いています」

 ちょっと反応が機械的だが、まあ初対面の異性(多分)が相手だとこんなものかもしれない。

 ラビットのやつのほうが変なのだとさえ内心で思ってしまう。いや、普通に。

「十二ゲージの擲弾グレネード・ショットが欲しいのだけど」

「一番一般的な大きさの散弾ショット・シェルね。

 グレネード・シェルの在庫は多くないけど、五発入り弾倉マガジンが販売できるわ。何弾倉だんそう欲しい?」

「一個でいいよ。てか、いま現金アダムがあんまりなくて……」

 五発弾倉で三五〇〇アダムという価格を見て、ラビットに頼ろうかとも思う。微妙に手持ちが足りない。今の所持金は三三二二アダムと、先週から変わっていない。

 販売管理画面に繋がったウィングの所持金を確認したサークルは、

「三三〇〇アダムで良いわ」

 そう言ってくれた。

 売買契約時、通貨のやり取りを示す『ジャリ!』という音が響く。

 所持金がしぼり取られる音に聞こえた。残金、二二アダム。

「あ、私は四〇ミリ榴弾りゅうだんと、二〇ミリ機関砲弾を売ります!

 高く買って安く売るといい!」

「ええ、安く買って高く売りに出します」

 真顔で笑って、サークルがさらりと逆のことを言う。

 需要じゅよう供給きょうきゅうの世界だ。天然だけの笑みではあるまい。


「良い店だったな

 いろいろな意味で」

 武器屋兼加工屋の『サークル』を後にした二人は店の前に立ち、ウィングがそう言った。

 『取引』と称してゴーレムの残弾と交換に、手投げ玉を大量に買い込んだラビットのその姿で、女の子の闇を見た気がする。

 価格交渉をしたサークルと共に、良い根性をしている。

「あ、私は自分の倉庫に今買った手投げ玉たちを置いてきます。

 このままだと移動スピードに支障が出るので」

 見かけは変わらないものの、ふらふらと移動するラビットだった。

「もう出てるだろ」

 ちょっと笑う。


 場所は再び広場の噴水前。

 待ち合わせ場所に戻ってきたラビットと正式に一時コーポを組んだウィングは、これからどうするかの作戦会議をすることにした。

「倉庫に行ったときは、誰かに付けられているとかそういうことはなかったのか?」

「休日で人通りが多いですからね。

 ここもそうですけど、人通りの少ない場所や時間帯ならどこに誰が居るかは、簡単に把握できるのですが」

「じゃあ、なるべく過疎かそな場所を歩いてみるか」

 ウィングとラビットの二人組コーポは、そこまで人気ではないアウトロウ・エリアの出入り口付近に向けて歩き出した。

「ラビット、お前は武装の度合いはそこまで強力じゃないんだろ?

 見るからに重火器は持てなさそうだし」

「私は残骸拾いがメインでしたからねー。

 この『耳』で索敵さくてきをしますが、もしPKプレイヤーと遭ったら閃光玉せんこうだまを叩きつけて『拳銃こいつ』をフルオートで撃ち込んでから逃げます!」

 閃光玉バージョンもあるのか。

 あの煙幕の代わりにまばゆい光で一時的に視界を奪うのだろう。

 さらに所持拳銃のホルスターを指で突きながら説明したラビット。

 どうやら、その拳銃は全自動式らしい。

 銃口を見ると、一般的な九ミリ弾よりもずいぶん小さい。いわゆる小口径高初速弾だろう。

 装薬(発射用火薬)量が多めの、ライフル弾の小型版。

 一般的な防弾衣なら簡単に貫通する仕様だ。

 その分、フルオートということも手伝って反動は大きい。狙い撃つ気は無いようだ。

「普通の『エネミー』とかどうするんだ?」

「拳銃の弾は山ほど持っているので、移動しながら半自動セミオート射撃をメインにして撃ち続けるか、装甲がある程度硬かたいようなら『発破はっぱ玉』というのを投げつけます」

手榴弾グレネードみたいなものか。

たま』好きだなー、お前」

 ウィングは一息ついて提案する。

「今日はコーポの狩場を避けて、エネミーを狩るか?

 できればあみを張って例のストーカーを始末してみたくもあるが」

「狩られるフリをして狩るってところですか。

 二人だとその作戦ができるかは微妙なところですが、前者には賛成です」


 二人はアウトロウ・エリアの城塞の防衛エリア外にまで進む。

 以前とは違う地点(ハボリムの街より北部)だが、植物の色の少ない場所で、でこぼこ岩場が続く。

 大きな岩がたくさんあり、地形の把握は難しい。

 この障害物の多さでは、対物レーダーでの索敵さくてきもあまり役に立たない。

 索敵はラビットの『耳』が頼りだ。

 足取り軽く、ほいほいと岩場を登っていくラビットに、付いていく形となるウィング。

 ゲーム内コンタクトの通話機能を常にONにして、いつでも小声でも話せるようにしてある。

「よいしょっと」

 ラビットは岩場のはしに手の平サイズのアンテナのようなものを立てて、置いた。

「それはなんだ?」

「音響センサーの中継機ですよ。

 破壊されない限り、一定距離までの音を中継で拾ってくれます。

 アップグレードはほぼしていないので中継距離も短いですし、隠密ステルス性や耐久値は無いに等しいですが」

 基本的に使い捨てなのだろう。

 それだけ、安全を取っているらしい。

「待ち伏せは?」

「見える――いえ、『聞こえている』限りは、居ません。

 ただ、正面、一キロメートル先から二足歩行の反響音が聞こえます。複数居ます」

「俺が斥候せっこうになる。

 ラビットは隠れていろ」

「透明化を忘れずに」

(そうだった)

 と、ウィングの両肩部分に仕込まれたレンズ状の光学迷彩装置が開き、不可視化が発動する。

 熱迷彩の機能などは今のところないので、相手の装備次第で対応が異なる。

 敵が装備しているかもしれない、音響センサーその他索敵センサーのたぐいを警戒して、岩場の曲がり角に身を潜める。

 遠巻きに、相手の三人組が姿を現した。

 ウィングの頭部対物レーダーが解析を行い、解析できたプレイヤー情報をウィングは小声でラビットに伝える。

「三人組は確実にプレイヤーだ。

 パラメーターは一人がレッド、二人がイエロー。

 特にレッドは『懸賞金バウンティ付き』のプレイヤー。

 おそらくこいつらはPKコーポだな」

 非PKプレイヤー、いわゆる『グリーンプレイヤー』に照準したり先制攻撃を仕掛けたりするなど、ゲーム内で一方的なPK行為を行った場合、軽度ならステータスがイエロー、何度も行ったりする重度ならレッドのプレイヤーとなる。

 なりふり構わず『キル』を行うプレイヤーやその集団であるコーポもあり、PKコーポやレッドコーポなどと呼ばれる。

 懸賞金バウンティは、一定期間の間(追加料金を支払うことで期限を延長できる)『狩られた(被PKを受けた)』プレイヤーがそのプレイヤーにかけることのできる嫌がらせのようなものだ。

 PKを行うものにガンガン懸賞金をかけて、周囲の治安を維持しようとする者もいるとか居ないとか。

 懸賞金付きのプレイヤーを『キル』できれば、もちろんかけられた懸賞金が自動で振り込まれる。

 また、イエローまたはレッドプレイヤーに先制攻撃を仕掛けても、先に攻撃した側のステータス・カラーが悪化することはない。

 彼らの形貌なりかたちは全員が男で、レッドプレイヤーは自分と同じ細身の機剣士きけんしらしかった。

 材質や特に色は違うが、ウィングと似たような強度の超合金刀を持っている。

 おそらくは対物レーダーを装備しているはずだろう。もう迂闊うかつには動けない。

 他の二人の内一人は大柄で、無骨ぶこつよろいを装備していて顔は分からない。

 その両腕りょうわんには仕込み銃で、砲といっていい口径だ。

 最大装弾数が少なく、銃身も短いために有効射程距離(狙い撃てる距離)もそう長くない。

 代わりに取り回しが良くて、軽量。

 そして、内蔵型なので『死亡』時にロストする可能性も低めだ。

 残る一人は軽装だが、近接戦に有利な木製のショットガンを持っている。背中には大容量のバックパック。おそらくはロスト品などの運び屋をしているのだろう。

「進行方向を見張るぞ、ラビット」

「了解、ウィング」

 ……。

 …。

 思いっきりこっちに向かって来ている。

 このままではウィング、ひいてはラビットと鉢合はちあわせになる。

 ウィングの光学迷彩が切れるまで、あと三分四〇秒。

「このまま近づいたら、レッドプレイヤーの頭をショットガンでぶち抜く。

 たぶん、行けるはずだ」

 レッドプレイヤーの名前がその頭上に出ているのを確認する。

 『Storm』。

 ストームだ。

 『狩り』の成果が良いためかよほど油断しているらしく、すぐそばまで近づいても気づかれる気配はない。

 ややゆっくり歩いている三人組。

 電力キャパシタが危険域になりかける。安全装置が作動して光学迷彩が切れるまで、あと一分だが――

(今だ!!)

 立ち上がり、左腕で引き抜いたハンド・ショットガンをストームの頭に突き付ける。

 ストームに感度の良い対物レーダーがそなわっていれば、その索敵さくてきシステム上に自分が赤色の波――震源のように――表示されているはずだが、もう遅い。

 発砲。

 至近距離の八発弾ビースト・ショットは、首がもぎ取れるほどの威力になる。実際はそこまでグロテスクではないが、光の粒子となってストームの頭が吹き飛んだ!

 いきなり真ん中のプレイヤーの頭が吹き飛んで困惑している二人だった。

(なんだ?

 完全に素人の動きじゃないか)

 見えないウィングに向けて、適当に二〇ミリ口径の仕込み銃を発砲している、もう一人の大柄な鎧男の首――ちょうど甲冑かっちゅう隙間すきまだ――を横から超合金刀を持った右腕を振ってねてやる。

 後ろからクリティカルに頭を刎ねられて『死亡』する大柄なプレイヤー。

 もう一人が悲鳴を上げて逃げようとするが一直線に走るだけで、簡単に狙い撃てる。

 しかもその先は――

「伏せて!!」

 叫んだラビットのいう通りに、ウィングは伏せる。

 一応、相手をショットガンで照準しながら、待ち伏せていたラビットの動きを見守った。

 木製のショットガンを構えようとした、運び屋の青年に向けて容赦なくラビットの投擲とうてきした発破玉が直撃する。

 轟音ごうおん、破裂・炸裂音。

 一瞬だが、オレンジ色のまばゆい光。

 上半身のほとんどが吹き飛び、バックパックの中身も飛び散った。

 ウィングとはけっこうな近距離だ。

 伏せていなければこちらも巻き込まれて、かなりのダメージを負っていたところだろう。

「戦闘終了」

 刀をさやに戻し、ウィングがそう言う。

「助かりました」

「索敵もありがたかった。

 お互い様だな」

 とりあえずは、装備品の回収を進めよう。

 ウィングは装備品などのロスト品、残骸を眺めて言う。

「十分過ぎる戦果だ」

 なるべく早く、そして『ハボリム』の街へと戻るのだ。

 

 無事ハボリムへと帰還を果たし、ウィングは一旦ログアウトをした。

「装備品は二〇万アダムで売れるし、懸賞金けんしょうきんも貰えた。ラッキーな日だったなあ」

 翼は柔らかいベッドに寝っ転がったまま、そう言う。

 懸賞金は五万アダム。ラビットの弁によると、彼女がよく見かける懸賞金額よりは、やや高額らしかった。

 それを二万五〇〇〇アダムずつに分けて、相手がロストしてそう重くない品々(大柄な男の持っていた鎧などは残念ながら捨て置いた)を売った金額がなかなかに高くなった。

 相手プレイヤーのロスト品の売却益は、二人で分けて一〇万アダムほど。

 どれも今のところは利用価値のない装備なので、『サークレット』のお店で全て売り払った。

 その全てを買い取った彼女サークルはなかなかお金持ちだ。

 なんでも敵の装備品の多くが相当にアップグレードされていたらしく、それで値段が跳ね上がったとのこと。

 まだお目当ての高周波こうしゅうはブレードが店舗てんぽ内にあるのを確認し、安堵あんどして店外へ出てからログアウトしたのだった。

 水分補給をして、昼食を母親と共に取る。

 ゲームについては特に何も言われないが、母親に「なんだか機嫌が良さそうね」と珍しく内心を当てられた。どうやら、強く顔に出ていたらしい。

「ゲームが楽しい」

 と、端的な事実だけを伝える。母にとっては、あまり関心がないようだった。

 昼食後に部屋に戻り、再びアダムオンラインにログインをするかで若干悩む。

 ゲーム内メッセージなどはない。ラビットはログイン中だが、もちろん街の中に居る。

 今日は大きな釣果ちょうかだったし、欲張るよりは休んでしまうかな、と思う翼だった。

 最近はあまり開いていない問題集や参考書を学び、高校生一年生向けの学習書籍をインターネットで確認しておく。

 あとで両親に買ってもらえると良いな。

 「ログアウト時間が長くなるから。明日また」とラビットへゲーム内アプリを使い、ゲーム内コンタクトの文書を少しだけ送る。

 「わかりました」とラビットからの返信をもらい、翼はテキストの確認にいそししんだ。


 翌日の朝。

 日曜日。

 翼は起床後の水分補給後に着替えて、アダムオンラインに端末をコネクト。ログインする。

 二時間ほど時間を潰し、ウィングは武器屋『サークレット』の前でラビットと待ち合わせをして、店内に入る。

 例の高周波ブレード、『マサムネ』をウィンドウショッピングしようとしたら、土日は居るらしい店主のサークルから声をかけられる。

「あら、ごめんなさい。

 マサムネ君、売れちゃったの」

 確かに目玉商品の置かれているそのスペースには、硬派な大口径散弾砲ショットキャノンが配置済みだった。

 パワード・スーツ装着者などが手に持つか、ヴィークル類に装着して使う大型の兵装だった。

「ええー……!!」

 ウィングの喉からは、様々な感情の入り混じった声が出ていった。

 人名由来とはいえ、武器を君付けで呼ぶのにも驚くが、およそ二〇万アダムの武器が目にしてからたった一日で買われてしまうとは。

「これが大人の財力かあ……」となげく他ない。

「買ったのはなんか子供っぽさそうなお客さんだったけどねー。

 『親が金持ちで助かる』とか真顔で言うんだから。

 絶対に課金兵よ、課金兵。

 親のお金のね」

「はあ……」

 ため息交じりにそう言うウィング。

 どこかには確かに居る、ボンボンなのだろう。

「高価だけど、スキルをほとんど要求しない高精度ゴーグルも買ってくれたし、お客さんとして見るだけなら悪くはないのだけれど」

「残念でしたねえー、ウィングさん!」

 ラビットが嬉しそうに声明を発表。

「いや、お前はなんでそんなに楽しそうなんだよ」

「別の場所に他の高周波ブレードがありましたよ!

 お値段九万九〇〇〇アダム!!」

 いかにも見つけた! というように別の場所を示すラビット。

 そんなに広くない店内だが、足元付近にある武器なので見逃していたのだ。

「さすが、おチビさんなだけある……」

「誰が、何ですと?」

「いや、掘り出し物を探してくれてありがとうと言っただけだ」

「うわー。露骨ろこつうそいてきましたよ、この人」

「それはともかく、武器を見せてくれ」

 ブーイングコールをするラビットは無視して、紫色のさやに触れて武器データを確認するウィング。

 情報を見ている彼に店主、サークルじょう補足ほそくが入る。

「マサムネは高すぎるくらいだし、装甲車そうこうしゃを相手にするわけでもないのなら過剰かじょう火力なのよ。

 ムラマサは価格が下がった分、切断性能もそこまでじゃないけど普通の戦闘なら十分です」

「おおー。

 ナイスセールストーク!」

「やめてよ、うさぎちゃんー」

 またしても女子トークが発生しつつある。

 兎ちゃんとは? まあ綴り(スペル)は違うがラビットか。

「買おう。

 弾薬も多めに買うからいくらか負けてくれ」

「ムラマサ、まいどあり!」

 自然な笑顔で、サークルはそう言った。

 ハンド・ショットガンの弾薬などを買い込む交渉の末、お買い上げ金額を六〇〇〇アダムほど負けてもらったウィングだ。

 超合金刀を売ろうかとも思ったが、ムラマサをロストした際の予備に取っておくことにした。

「そういえば、この店は加工もできるらしいけど、あまり詳しくないので教えてもらえますか?」

「レクチャーします。無料です」

 真顔でそう言われる。まあ、タダなら良いかと思う。

「お金が余りかからないのは、装備品の色の変更ね。

 今のムラマサ君の色が気に食わないなら、いつでも一〇〇〇アダムで変更可能です」

「ふむ、破格値はかくねだな」

 右手の親指と人差指をあごに触れさせるポージングをした、ラビットがそう言う。

(本当に分かってんのか?)

 と思うが「武器色の変更はこの店で行える……と」確認したウィングがそう言い「お金に余裕ができたら試してみるよ」とも付け加えておく。

「ありがとうございます。

 ……他には、拡張可能な装備のアップグレード。

 特に武器ね。手術スキルは持っていないからサイボーグ関連は難しいけど、武器に何らかの拡張を施すのならある程度はできます。

 具体的にはお金と特殊な合金があれば、ムラマサ君をより凄い切れ味にするとかもできるわ。

 他にも連射機能のない銃に全自動モードを追加するとか、素材を変えたり部品を削ったりして軽量化するとか、本当にいろいろ」

「うん。

 こちらに余裕ができて、その気分になったらよろしく頼みます」

「こららこそ!」

 サークルは笑顔と共に長いスカートを軽く持ち上げて、エレガントにお辞儀じぎをした。


 二人は、人通りの良いハボリムの街中を歩く。

 よく晴れた天気で、露店が並んでいる。AIの店番に、買い物客が物色ぶっしょくなりウィンドウショッピングなりをしている平和な光景だが、問題などどこにでも発生する。

「昨日も、実は後を付けられていたんですよ。

 あなたと別れて、ログオフした後です」

 ウィングの喉から思わず変な声、「えぁー!」みたいな軽い悲鳴が出る。

 リアルでは無いとはいえ誰かに付け狙われているとは、気持ちが悪いし気分が悪い。

「大丈夫なのか!?」

「面白半分で光学迷彩を使う人はけっこう居るそうですが、足音が同じですから、同一人物でほぼ間違いありません。

 四〇〇〇アダムを払って、遠巻きの高台から高精度ゴーグルを付けたプレイヤーに監視してもらっていたのですが、熱源ねつげん探知でも確認できないようでした」

 なるほど、ラビット自身もかなり警戒はしているらしい。

「でも、明らかにそこに居るんだよな?」

「ええ、おそらくは熱光学迷彩その他、ウィングさんの肩部光学迷彩の発展系統だと思います」

 ラビットがウィングの右肩を指差した。次に左肩。

 ウィングはあごに手を当てて、思考を整理する。

「ある程度の早さで歩いていても発見できず、熱源探知にも引っかからない、か。

 厄介だな」

 ウィングは一息ついて、

「とにかく、警戒しよう。

 お前の『耳』なら音でわかるわけだし、城塞じょうさい付近で安全に残骸拾いをするか?

 あるいは、他のコーポに入ればもっと安全かもな」

「私はあなたと一緒が良いんです……」

 いろいろと考えていたときに、消え入りそうな声でラビットはそう言う。耳が良いとは言えラビットほどの『耳』は持たないウィングは聞き逃した。

「今なんて?」

「いえ、独り言です。忘れてください」

「……そうか」

 何を言ったのかは少し疑問だが、今は光学迷彩などを使ったストーカーの退治が重要だろう。

「この手のゲームなら、こういうことはたまにありそうだがな。

 二度とストーカーする気が起きなくなるくらい、ひどい目にわせてやろうぜ」

「……はい!」 

 もっとも、そうは言ったもののたった二人では限界がある。

 ラビット本人に聞いた限りでは、少なくとも狙われる心当たりはないらしい。

 ゲーム内の仕様の範囲内だし、たとえ運営に問い合わせたとしても良い返事は来そうにない。

「コーポに入るのは、最後の手段です」

 ウィングはいぶかしむが、二人がいいと言われているようなのでまあ、悪い気はしない。

「意図的に追いかけられてみるか?

 二手に分かれるが、常に音声通信でのコンタクトを取り合う。

 危険があればすぐに落ち合えばいい」

「うーんそうですね。それがいいか……。

 その場合、追いかけられるのは私ですが」

 舌を出して、露骨に嫌な顔をしてみせるラビット。こんな時でも愛嬌あいきょうのある顔だった。

 可愛いは正義……、か?

「それは仕方がないからあきらめてくれ。

 俺は潜伏せんぷくして、相手を待ち伏せする」

「わかりました。

 数百メートルほどの距離を維持してくれれば、閃光玉せんこうだまを使って合流するのは簡単なはずです」

「オーケー。

 上手く引っかけようぜ」

 ウィングがラビットの前にこぶしを掲げ、こつり、とラビットがプロテクター付きのにぎり拳を当ててきた。

 作戦開始だ。


 二人がハボリムの街を歩き回り北から半周、南に入ったところでラビットが小声で通信する。

「こちらラビット、無事・・追いかけられています。

 しかも見えない場所に足音が二つ増えています」

「二つ? つまり三人か」

「PKコーポが私を追いかけているのでしょうね。

 もっと装備グレードが高そうな人を追いかければいいのに!」

「そう憤慨ふんがいするな。

 気付かれるぞ」

「どのみち、音響センサーを持っていたらこの作戦は御破算ごはさんです」

「光学迷彩も音響センサーも電力キャパシタか外部電力を喰うからな。

 併用へいようは難しいはずで、可能性としては低いと思う」

「分かりました。

 先に急いでアウトのPKエリアにまで移動していてください」

 城塞のNPCの攻撃が及ばない、街から約一~二キロメートル以上離れた地点をPK可能エリア、縮めてPKエリアなどと呼ぶ。

 実際は襲撃するだけならアウトロウ・エリアを出てすぐでも行えるのではあるが、必ずNPCによる報復に遭う(城塞NPCは光学迷彩があろうがなかろうがお構いなしに攻撃を当ててくる)ので、その襲撃方法は『自殺攻撃カミカゼ』などと呼ばれる。

 カミカゼはNPCによる報復ほうふく攻撃を理解した上で、瞬間的な火力を出せる襲撃用コーポなどが一斉攻撃を行ってレア武装などロストさせ、後で同じ地点に戻ってそれ回収する(回収は他のメンバーに任せる場合もある)といい、かなり強引なやり口。『狩り』だ。

 ラビットをストーキングしている三人組がその連中なら、ラビットはおそらく狩られる。

 だが、必ず三人組も『キル』される。

 一:三。

 『狩り』が必ず成功するとも限らないし、そして報復は必ず受ける。

 の良い交換ではないはずだ。

 かなりの確率で、PKエリアでの狩りを実行するはずなのだ。

 できれば光学迷彩の装備による電力が持たなくなったところで戦闘を開始したいが、光学迷彩の電力は長いもので三〇分以上は持つという(サークルじょうだん)。

 ウィングはアウトロウ・エリアの岩場、ラビットのちょうど進行方向に到着して身を潜めている。

 ウィング自身の対物レーダー、光学迷彩はともに役立つかはわからない。

 武器と腕が頼りだ。

 ウィングの近くで物音が鳴る。

 エネミーか、他のプレイヤーか?

 思わず光学迷彩を起動するウィング。

「そろそろPKエリアに付きそうです。

 返事を。

 ウィングさん?」

 まずい、返事ができない。声を出すわけにはいかなくなってしまった。

 ウィングの居る岩場に来たのは、大型のバックパックを背負った行商人らしき男と、護衛ごえいの戦士(男女)が四人。

 行商人本人は威力の高い大型拳銃を引き抜いている。

 護衛の四人の武器は、高周波ブレードの亜種である大振りな超振動チェーンソーにショットガン、軽機関銃ライトマシンガン、さらには狙撃銃スナイパー・ライフルで武装している。

 まだ人数は少ないが遠中近距離、全対応なバランス型の配置だ。

 迂闊うかつに光学迷彩を起動させたために、今姿をさらせば完全に待ち伏せのPKプレイヤーだと思われることだろう。

(早く行ってくれ)

 通り過ぎていく行商人と護衛たち一行。

 センサー類は貧弱らしい。動かずにいれば居場所は露見ろけんしない。こちらは助かった。

 そして、遠くで乾いた発砲音と、直後でさらなる轟音と光が生まれた。

 ウィングはその横で驚き、また戦闘態勢に入った五人組を無視して、コンタクト中のラビットの方へとジャンプして向かった。


 猛烈もうれつな速さ(スピード)で砂埃すなぼこりを上げて走る小柄な人影ひとかげがあった。

 これぞラビットの本領ほんりょうだ。

 約束通り、すぐに合流する二人だった。

 煙幕玉を投げて、さらに視界を奪う。

「居るのは分かっている。

 見えているんだよ、ウィング」

 九ミリ拳銃で牽制けんせい、いやこちらを正確に狙い撃ってくる。ダメージは軽いが、横に跳ねても追撃が来る。

 何らかの方法で、ウィングの持つ最低グレードの光学迷彩が見破られたというわけらしい。

 スモークが晴れる。時間切れで、ウィングの方は光学迷彩が切れた。

 いまだ姿を見せない三人のPKプレイヤー集団からウィングをかばうように、ラビットは煙幕玉を三連発で間隔を開けて放った。

 しかし、対物レーダーなどを持っている場合は簡単に煙幕下でも場所がわかる。

 少なくとも、ウィングは回避行動を取っていた。

「奴をなぶり殺しにする計画は中止だ! 全力で、躊躇ためらいなく殺せ!!」

 物騒ぶっそうな言葉。

 その後、単発式と思われる大口径銃のたまかすめ、散弾銃の散弾の一部がウィングに着弾する。

 単調な攻撃だが、直撃すれば死ぬかもしれない。

 そうなったら、ラビットがこの荒野を逃げ切れるかは分からない。

 あの行商人たちがどう動いているかは、確認することもできない。

 味方でも敵でもないし、できればこの場を味方するか、離れていてほしかった。

 移動しつつ勘案かんあんするウィングだが、『耳』の良いラビットが発破玉を投げつけて一人を爆破する。

 ワンキル、これで二対二。

 今のところ、最大の脅威であった大口径銃の音と攻撃が止まった。

「構うな、撃て撃て撃てー!!」

 指示する男の声のする方向へ、ハンド・ショットガンを引き抜いたウィングもでたらめだがよこぎに発砲。

 それは一度に数百発以上の粒状の散弾を発射する『バード・ショット』であった。

 着弾。

 肩部にも被弾したらしい機剣士の熱光学迷彩が解除されて、姿形と、プレイヤー名もあらわになる。

 

 対峙する中心の男のプレイヤー名は『Storm』。

 ストームだ! 

 一度狩られたためかレッドからイエロープレイヤーになっているが、ストームはいわゆる高精度ゴーグルを頭部につけていた。

「また狩られに来たのか、野蛮人やばんじん!!」

 ウィングはたまらず叫んだ。

「うるせえ! 死んじまいな!!」

 拳銃を仕舞しまったストームが突貫とっかんする。敵の散弾も襲ってくるが、一発だけだ。

 どのみちこいつともつれ合ったら散弾での攻撃はラビットにしかできまい。

 そして、ラビットは高速で移動を開始している。

 半自動で小口径高初速拳銃を発砲し、次々にストームの上半身に着弾させる。

小雨こさめだな!」

 ストームの得物は、武器屋『サークレット』で見かけたものにそっくりだった。

 すなわち、『―マサムネ―高周波ブレード』。

「それでも鬱陶うっとうしいだろう!」ウィングは返す。

 左下から右上へ、斜めに大幅に切断を狙うストーム。だがそれは闇討ちに使うような、見え見えの攻撃だ。

 斜めに大きくかがんで凶刃きょうじんを回避したウィングが、ストームのふところに飛び込んで残り一発だったハンド・ショットガンを胸に撃ち込む。

「がっ!!」

 ストームが強い衝撃にうめく。

 数百発の細かい散弾が至近距離で直撃し、大ダメージに加え、衝撃で一瞬動きが止まる。

 それは、接近戦では命取りの一瞬だった。

 白銀のハンド・ショットガンを捨てたウィングはムラマサを正当剣術の動きで引き抜き、ストームのどう横薙よこなぎに真っ二つにした。

 見えない場所で爆裂が起きる。

「最後の一人も、仕留めました。

 装備はともかく、弱かったですねー」

 冷や汗をかきながら、ラビットがしかし平然とそう言った。

「怪我はないか?」

「ウィングさんの方が重傷ですよ。

 最初の攻撃は左足を撃たれました。でも、マントと足の防弾プロテクターがはばんでくれたようです。おそらくは九ミリ口径でしたからね」

 九ミリ弾は最も低価格で扱いやすい弾頭だが、装薬量そうやくりょうが少ないため、威力はひかえめなタイプだ、

「多分、足を止めさせていたぶるつもりだったんだろうな。

 嫌な野郎だ」

 リアルはさておくが、オンラインゲームではそういう悪質な行為をしてくるプレイヤーが少なくない。

 ウィングはため息一つ吐いて周辺に敵がいないか確認して、アイテム・ストレージから薬剤マークの治療キットを使用する。治療キットが注射器に変化し、腕に注射を行う。

 十秒の硬直時間が発生。それでHPが八割弱まで回復した。

 これでおおむね、無事に会話などが再開できる。

 彼らがロストしたアイテムを回収しながら、話を進める。

「あいつが言っていた、なぶり殺しにしたい『奴』って、十中八九俺じゃなくてお前、ラビットだろう?

 これまでになんか恨まれるようなことしていたのか?」

「知りませんよう。

 あなたと遭うまではずっとアウトでの残骸回収しかしていませんでしたし。

 戦う羽目になったら閃光玉で逃げていましたよ?」

 泣きそうな目でラビットがそう言う。

 身体が震えているし、ウィングも演技ではないと思った。

「まあ、今回の件と合わせてストームは二回キルしたわけだから、あきらめてくれると良いが……。

 あるいはさらに悪化するかもな」

「……嫌だなあ」

 心の底から、ラビットがそう言った。

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