オフライン×オンライン -アダムオンライン-

書い人(かいと)/kait39

第一章 『アダムオンライン』

 高井たかいつばさは高校受験を控えた、一五歳の中学三年生だ。

 もっとも、成績と素行が優秀・まともだったため、推薦で私立の進学校に進むことが決まっている。

 そんな彼は毎日あるゲームに没頭していた。

 朝の僅かな時間と、放課後の大部分をゲームのプレイ時間に費やしているのだ。

 完全ヴァーチャルの世界が現実になってから、二〇年ほどが経つらしい。

 様々なゲームがヴァーチャル化され、旧式のゲームの画面、その世界の中に入り込むような『極めてリアルな夢』を見ることを人類はようやく叶えたわけだ。

 翼の大好きなゲームの名前は『アダムオンライン』。

 未来の地球が舞台であるSF系のオンラインゲームになる。

 プレイヤーの行動の自由度が極めて高く、その分難易度やシステムの複雑さも高い。「始めたけど、マジで何をしたら良いのかわからない」というのが不評の声にはあるが、ほとんどの場合は「その自由度が楽しい」の声にされる形のようだ。

 翼はゲーム内アカウントを取得して、無課金で作成できる一キャラを毎日動かしている。

 プレイヤー名については『Wing(ウィング)』と彼は名付けていた。

 本名の翼そのままから取ったわけで、今のところは空を飛べるわけでもないが、彼は実名と共に自分の名前を気に入っていた。

 よほどおかしな名前でもない限り、自分の名前を嫌いになるほうが珍しいのかもしれないが。

 

 よく冷えた一月の末ごろ。時刻は朝の五時。

 翼は早起きをして、一時間くらいゲームにINインするのが彼の日課の一つだ。

 両親との約束で、ちゃんと水を飲んでからゴーグル型の多機能ゲーム機を装着して、仮想現実VRの世界に没入する。

「一万円、欲しいなあ」

 ゲーム内課金の話である。このゲームは、現実のお金を使うことでアイテムなどを購入するなど、相当優位にゲームを進めることができる。

 そう独り言を言いながら、アダムオンラインに接続コネクトする。

 これから、いい夢を見るのだ。そう言えば、今日は一切夢を見なかったな、とも彼は思った。

 人間というのは欲深いもので、ゲームで何か良いものを揃えると、さらに上のものが欲しくなる。

 PKプレイヤーキルなどが不可能な『セーフティ・エリア』内。

 前回接続を切った場所に、翼のアバターであるウィングが出現する。

 見た目は一八歳くらいの青年である。ただし、肉体の一部は金属。

 場所は砂漠などに近い大きな街で、ゲーム進行の補助を行うNPCや大勢のプレイヤーがめている。

 視界には様々なステータス――残りHPヒットポイントや所持金、弾薬の残弾数などが表示されている。

 心地良いそよ風が、ウィングの肌をなぞる。肌の一部は機械化・装甲化されていた。

 翼の分身アバターであるウィングは、サイボーグの一種。

 職業クラス名は『機剣士きけんし』というものになり、つまりは肉体の一部から大部分を機械に置き換えている(というゲーム内の設定の)比較的、近接型きんせつがたの戦士だ。

 標準で生身の防弾性能が高く、ある程度重い武器・装備品も扱える。

 ステータスはいわゆる敏捷性AGIにかなりの点数を割り振っており(アダムオンラインはレベルアップ制ではないので、キャラメイク時のステータス。ポイントの振り方が極めて重要となる)、防御力などは最低限度に毛が生えた程度。重すぎる装備も持てない。

 装甲面に関しては、これから装備品を手に入れるなどしてどうにかするしかなさそうだった。

 所有武器は、目立つもので超合金刀ちょうごうきんとうが左の腰に差されている。初心者にしてはそこそこ高価で上等な武器。

 文字通り、超合金を削り出して作られた無骨な刀だ。銀色の鏡のような刀身に、黒のさや

 上着の防弾・防刃ベストの内部(右脇腹あたりから引き抜けるガン・ホルスター)には全自動の携帯型散弾銃、通称ハンド・ショットガンを潜ませている。

 白銀の銃で、型番は『SG―122』。その後に携帯型散弾銃、と続くと正式名称になる。

 セーフティ・エリア内では当然、他の武器も含めて基本的に抜くことはできない。

 つまり、お互いに攻撃は不可能なのである。

 PKを含めた戦闘が可能なエリアは『アウトロウ・エリア』と呼ばれる。

 俗語として、セーフティ・エリアは通称『街』と呼ばれ、『アウトロウ・エリア』は『外』に『アウト』または『狩場かりば』などと呼ばれる。

 エリアの分類は基本的にこの二つだ。

 現在のウィングの所持金は三三二二アダム(通貨単位でadamと小さく数字から右側の枠部分に表示されている)。

 これはかなり少ないほうで、いかにも「初心者が装備を整えたり、遠征の失敗をしたりしたなどで散財しました」といった具合だ。

 ウィングの場合は前者である。

 防御面に不安があったので、AGIに影響を与えづらい防弾衣ぼうだんいを上下真っ先にそろえて、その後は超合金刀、後にハンド・ショットガン及び各種弾薬を揃えたら、ちょうど所持金が尽きた。

 最初は超合金刀のみで広大な狩場で狩ったり狩られかけたりを繰り返して、なんとかゲーム内通貨を稼いで、十万アダム(超合金刀の本体価格を含む)をかけて装備を整えたのだが。

 十万アダムは現実のお金では四、五〇〇〇円程度で、その程度のお金をゲーム内で揃えるのに一ヶ月半ほどを掛けていた。

 中学生では基本的にバイトもできないし、あまりする気もない。

 先が思いやられるが、ため息はくだけ無駄だろう。

 ウィングは拠点としている『街』――その名は『ハボリム』――の外の砂漠へと向かった。

 ハボリムの街は、ほとんどの街がそうであるように、城塞の壁に囲まれている。

 街から一定距離までは、NPC兵士が敵性プレイヤーやNPCの敵キャラを機関銃や狙撃銃などで攻撃する機能を果たしているので、アウトロウ・エリアのなかでもかなり安全だ。

 少なくとも始めて二ヶ月ほどのログイン期間の範疇はんちゅうでは、一度もPKされたことはない。

 ウィングは、いつもの通り『エネミー』の残骸ざんがい拾いを行うことにした。

 プレイヤー以外の敵キャラのことは正式には『NPCエネミー』といい、単に『エネミー』、外見によっては『モンスター』などと呼称される。

 敵性プレイヤーのことは一般に、『PKプレイヤー』、『犯罪者』、『レッドプレイヤー』などと言われている。あるいは、あまりに迷惑ならそのまま『迷惑者』とか『賞金首』とか。

 いずれにせよ『街』の城塞じょうさい、その壁近くに居る攻撃者は自動で狩られる仕組みである。

 マップと肌感覚で、味方NPCの攻撃範囲を確認して死骸から残骸アイテムを回収する。

 ゲームのために、そこはかなり簡略化された動きになる。

 具体的には一定時間死骸に触れていれさえすれば自動で残骸アイテムを回収できる。

 回収にかかるスピードは、プレイヤーの職業クラスにスキル、補助アイテムの有無などで差異がある。

 重量制限がかからない程度に持って、街へと戻る。

 あまり所持品を持ちすぎると、移動スピードが超過ちょうか重量に応じて段階的に低下していくのだ。

 その繰り返しだ。朝は一時間ほどしか時間がないので、間違いなく重量制限には問題がない。

 今は乗りヴィークルたぐいも持っていない、あまり大量の死骸・残骸を持ち運ぶことはできない(ちなみに中途半端に高い乗り物に一人ソロで乗っていると、それはそれで格好のPKの標的になる)。

 ゲームだというのに、あまりの最近の変化の無さにウィング――翼自身が驚いていた。

 ちょうど初心者ながらに慣れてきたので、マンネリ化を避けるために次の段階フェイズに行くべきなのかもしれない。

 『PK対策はこれだ!! ~駆け出し機剣士編~』などといったインターネットの情報を真に受けて装備を整えたのだが、やりすぎだったかな、とも思う。

 攻撃は城塞NPCがやってくれるので、刀と銃の腕はなまる一方だ。

 砂漠に生息する小型エネミーの死骸から残骸をいくらか回収する。

 AI推測によるこの地域での査定額は一三〇〇アダムちょっとくらいだった。

 徒歩でだいぶ歩き回ったので、街へと戻ろう。

 

 そんなこんなで、もうリアル時間で一時間ほどが経過していたので、朝食をり、衣服や髪などを整える。

 学校へと通うのだ。

 よく冷えたいつもの通学路に、エネミーやPKプレイヤーは出てこない。

 至って平和な光景だが、嫌いではない。

 物騒なものはできればゲームの中だけでとどめておいてほしいものだ。

 翼が通うのは、平均偏差値がやや低めの公立中学校だった。

 その雰囲気に流され、一年生の頃はあまり勉強をしていなかったのだが、かなり成績が低空飛行だったため、「なにかまずそう」と思って一念発起いちねんほっき

 三年生の終わり頃の今では、有名私立校への推薦すいせん枠をもぎ取っている。

 両親は共働きで、教育に関しては放任気味だが、教育関係のお金はちゃんと出してくれるのはありがたく思っている。

 ゲームに関しては当然、毎月のお小遣いなどからだけだったが仕方ない。

 午前の授業を上の空で聞き流しつつ、ゲームについて考えて昼休みがやっと来た。

 学校の教室で昼食の弁当を食べ終えた彼は、水筒すいとうを忘れたことに気がついた。

 そういえば食器洗いをしてもらって、リビングのテーブルに置かれていたのを朝に見ていたな、と思ったが後の祭りだ。

 教室を後にして、リアルでももう少ない小遣い(電子マネーのカード)を持って、自動販売機へと歩みだした。

「面倒くさいな」

 愚痴ぐちというよりはボヤきだった。

 自動販売機は全ての階には設置されていない。最上級生用の最上階に居る翼は一階分だけ降りる必要があった。

 だが、推薦枠の受験生の余裕か、足取り軽快にを進めていった。

「……い。おい! 

 聞いてんのか!!」

 階段を下がりかけて道を曲がろうとした矢先、不愉快な怒声が校舎内の飲料類の自動販売機の近くで聞こえた。

 販売機まで距離はあるが、昔から聴覚が過敏なくらいな気があるので普通に聞こえる。

 声には耳に覚えがあった。

 隣のクラスの不良生徒の声だ。

 翼は階段を右に曲がって直線、進行方向から右側にあるやや離れた自動販売機の方を見た。

 ショートのツインテールが目印の、ずいぶん小柄な少女が自動販売機の前で、三人の男子生徒に詰め寄られていた。

 少女の身長は、一六五センチほどの翼よりも二回りは小さかった。

 彼女のことを、翼は知っていた。同じクラスの星衣ほしい。下の名前はあい、だったか。

 他の女子生徒たちに「愛ちゃん」、などと呼ばれていたのを彼は思い出した。

 顔立ちは整っており、小柄な体格も伴い、可愛くないと言えば、まあそれは嘘だろう。

 うさぎのような小動物のように見えなくもない。

 他に名前を知っている者が、彼女を囲んでいる男子生徒三人中に一人だけ居た。

 荒井あらいあらし

 男子三人組のうち、こいつだけは同じクラスだった。

 眼鏡を掛けた中肉中背で、いつもヘラヘラと薄ら笑いを浮かべているため、一部の女子などからは「なんか露骨ろこつに気持ち悪い」などと陰口を叩かれているのを翼は知っていた。

 進学先が同じ有名私立高校だったのも思い出した。嵐の父親は医者で、やや大きな病院の経営をしているらしい。

 彼自身の自慢話からのだんなので、多分間違いはないだろう。

 大嘘をついている可能性も、否定しきれないところはあるが。

 翼は、合わせて四人の方向に無言で突き進んだ。

「何やってんだ、お前ら」

 この状況で、あまりに堂々とした物言いに一瞬、あっけにとられる男子の三人組だった。

 しかし、

「星衣がおごってくれるっていうからさあ」

 ヘラヘラした態度で隣のクラスの、やや背が高い程度の不良が、抜かしてくれる。

「本当なのか」

 翼は真っ直ぐに星衣の方を見て、意見を引き出すためにそういた。

 間抜けな質問といえばそうだが、事実確認と言葉の引き継ぎをするには丁度いい発言だろう。

「違います!!

 女友達に奢ったのを見られて、じゃあ自分たちもいいだろうってこの人たちが……」

 意外にもはっきりした声で答えてくれる。

「何が『自分たちもいいだろう』、なんだ」歩を進めていた翼は、三人の方に詰め寄りそう言った直後、「逃げろ」と左手を振った。無論、星衣に向けてだ。

 星衣は脱兎の如く逃げ出した。

 意外にも短距離走、というか逃げ足は早いらしい。

「あ、てめえ!!」

 大柄な隣のクラスの不良、男子生徒が翼に向けて、拳を振り上げる。

 思わず身構えるが、荒井が慌ててその両腕で、大柄な不良生徒の腕をつかんだ。

「止めておこう。

 こいつの後ろには教師がいる」

 荒井がそう言って攻撃を止めさせる。

 物理的な意味ではなく、優等生で通る翼が他の生徒に殴られたとなっては、確かに大問題となるだろう。荒井の静止は、そういう意味だ。

「けっ」

 大柄な不良生徒は、自動販売機脇にあるゴミ箱を盛大に蹴飛けとばしてから、翼を横切って階段の方向へと進み、残りの二人もそれに続いた。

 星衣を追いかける気はないようだ。

 荒井は損得勘定そんとくかんじょうがある程度できるようだった。そうでなければ、殴られていたかもしれない。

 感謝する気は、さらさらなかったが。

 翼はその生徒が蹴倒けたおした空き缶用のゴミ箱を起き上がらせて位置を直し、転がった空き缶を元のゴミ箱に入れた。

優等生ゆうとうせいさまが」その姿を見た大柄な不良生徒が、そんなことを言ってくる。

 翼は「自分は、自分の中のルールを大切にしているだけだ」と心の中で言い返した。

 説明しても理解する頭を持たないだろうが。

 荒井程度ならわかるかもしれないが、ある程度理屈のある長い台詞というか話を理解できない頭の悪い人たちは一定数存在する、ということを偏差値低めの学校での生活から学んでいた。

 良いか悪いかはさておき、世の中はそういう風にも出来てはいるのだ。

 あとは空き缶とはいえゴミに触れたので、手を洗おうと思った。

 清涼飲料水と一〇〇%オレンジ・ジュースの液体が微妙に手に付いていて、気持ち悪い。

 後ろに不良生徒たちが残っていないのを確認して、翼は手洗いけん水飲み場へと向かった。


「ふん」

 日が沈みかけた帰宅後。家へはまっすぐと帰った。

 アダムオンラインにログインする前に、その出来事を思い出した翼である。

 鼻を鳴らして、忘れることにする。

 今回は趣向を変えて、アウトロウ・エリアのややおく狩場かりばに行こうと思っている。

 危険性は増すが、異世界への冒険を求めてこのゲームに参加しているのだ。このままじれったいゲームライフは送りたくない。

 砂漠から荒野へ。地形が変わる中を、進んでいく。

 明らかな城塞じょうさいNPCの射程外に足を踏み入れたのだと分かる。でこぼこの無舗装の道が足に伝わる。

 連携を取るプレイヤー集団である会社コーポも居ない。

 広いので、狙撃者がいればすぐに気がつくはずだろう。

 さらには機剣士に初期設定デフォルトで備わっている、頭部の対物レーダーにも反応するはずだ。

 レーダー装備は機剣士、あるいはサイボーグ系の戦士の中では特に有用な装備になる。

 初期設定のまま、グレードアップはしていないので、精度や範囲はそう広くはないのだが。

 なるほど、狩場としては悪くない。

 非常に広い空間で、同時に数十万人以上がINしているという『アダムオンライン』でも、アウトロウ・エリアはこういう穴場があることはめずらしくない、ようだった。

 ウィングの初心者的な感想はそんな感じだ。

 対物レーダーに感あり。赤い波紋が、レーダーの索敵範囲を表す平面円周上に表示される。  

 進路から斜め右側の、小さながけになっている岩場を登り、金属質のエネミーが歩いてくる。

 目視でも確認する。

 エネミー名は『機銃きじゅうサソリA型』。

 大きさは上に丸まった尾を含めて全長三メートルほどの、サソリ型機械生命体である。

 設定上では、極めて高度に発達したAIにより、生物的な意思が発生しているのだという。

 そいつらのサソリの尾に該当する部分は小口径の機銃(九ミリチェーンガン)になっており、ハサミは金属である以外は普通のサソリとそのまま。

 しかし、比較的小型の機械生命体にしては剛力ごうりきといって差し支えないものを持っており、ハサミを使われたときの接近戦は、割と危険な相手になる。

 それでも、戦闘をするのならいたし方ない。

 合わせて三匹が、上がってくる。

 いつもなら城塞NPCが勝手に破壊してくれるのだが――今回は勝手が違うということを意識しなければならない。

 お互いに姿を確認し、戦闘に移る。

 ウィングは持ち前の敏捷性(AGI)ポイントの高さで、尻尾の機銃による照準を横に避ける。

 かわいた発砲音が荒野に響き渡り、弾幕がウィングの横を通り過ぎていく。

 機銃サソリの照準を上手く外して、弾丸をかわしたのだ。

 右回りに移動しながら超合金刀を振るう。まずは一体の左バサミと機銃のある尾部分を切断。

 血液の変わりにオイルらしき飛沫しぶきが出る。

 さらに刀を縦に振るい、胴体を真っ二つにしてやった。

 まずは一体。仕留めた。

 さらに移動するが、一体を倒すわずかな間に態勢を変えた残りの機銃サソリの二体が九ミリチェーンガンを発砲してきた。

 移動中のウィングに数発が着弾し、ウィングの身体が軽く揺れる。

 それでも、移動は止めないウィングだ。

 HPバーの減りは鈍い。防弾性能の高い上半身に当たったのと、サソリがその尾の先から放っているのは拳銃などに使われる九ミリ弾頭だというのが幸いした。

 危険度は低いが、接近戦は「面倒くさいな」そう言うウィングだった。

 左手を腹部に差し込んで、防弾衣によって隠されているハンド・ショットガンを引き抜く。

 発砲。

 強烈な反動リコイルが左手と左腕に出る。

 軽く引き金を引いてすぐに離したので、全自動式といえども飛び出したのは一つの散弾ショット・シェルになる。

 一度引き金を引くと何発も出てくる機関銃などよりは、よほど発射速度の制御は簡単だった。

 ハンド・ショットガンの引き金の手前に突き出ている、青色の弾倉に装填されている実包ショット・シェル

 それは『ビースト・ショット』というもので、一散弾あたり八発に分かれて飛ぶ散弾実包を一度に放つものだ。

 同時に二体機銃サソリに数発の散弾が命中し、反動を抑えてからさらにウィングは発砲する。

 二発目、三発目。

 それで、全てのサソリは動かなくなった。

 残骸からアイテムを回収する前に、周囲を目視と頭部対物レーダーで確認し、新しい脅威がないか、機銃サソリが登ってきた崖の端から確認する。

「!

 『キラー・ゴーレム』!! 『砲撃型』!」

 ウィングは思わず叫んでいた。思わぬ強エネミーだ。

 『ゴーレム』系エネミーは、機械仕掛けの巨人である。

 戦闘プログラムが暴走し、正常な戦況判断能力を失い暴れ続ける狂戦士バーサーカーであると同時に、強力な火器類を装備している。

 『キラー・ゴーレム 砲撃型』は装甲こそそこまで厚くはないエネミーだが、その砲撃能力により高い火力と長い射程を持つ。

 攻撃を浴びれば、初心者プレイヤーはひとたまりもないし、中級者以上でも『狩られる』場合が十分にあるということをウィングは事前に知っていた。

 ずんぐりとした体格で、全高は三メートルほど。

 上半身のみの人型であり、その巨体は下半身部分に該当する場所に設置された核融合エンジンにより浮遊していて、地形を無視して移動をスムーズに行っている。

「いきなり、現れたのか?」

 攻撃――特に火器類――の音に気が付かなかったのはかなりの疑問だった。

 何百メートル以上も離れた崖下には複数のプレイヤーが居た。

 ゴーレムと戦闘を開始した彼らは、ものの数十秒で駆逐されてエフェクトと共に消滅する。

 一秒ほど遅れて、機銃と砲撃の音が聞こえてくる。音速といえども、距離があるためだろう。

 『死亡』したプレイヤーは強制的に近郊の街、あるいは転送先に指定した街に送還そうかんされる。

 彼らが失った(ロストした)装備品を拾えれば一財産かもしれないし、中ボスクラスの『ゴーレム』を倒して残骸を回収すればさらに高い収益が見込める。

 ゴーレムがこちらを向き、その双眸そうぼうが青白く光り輝く。

(気付かれた!!)

 ウィングはそう思うと同時、岩場に身を隠して斜面を滑るように下る。

 直後、着弾。

 ゴーレムの得物えものである、数十ミリ口径の榴弾砲りゅうだんほうが頭上の岩山に着弾し、粉砕されたのだ。

 砕けた岩の破片がパラパラと降り注ぐ。

 視界の上にあるHPバーを見る限り、今の攻撃による損傷そんしょうはなし。

 だが、気付かれた。状況は楽ではない。

 ぼーっとながめていたら、そのまま死んでいたかもしれない。

 逃げるか、戦うか。

 決めかねていると、ゴーレムの居る崖下の反対側から、「シュバッ」と小柄な何かが現れた。

 プレイヤーだ。

「お困りかな、ボーイ」

 そう言ったのは人間の女の子に見えるプレイヤーだった。迷彩柄の軍服を赤色に変えたような、燃え立つ赤色の衣服。

 さらに星くずのような、闇夜にかがやく星々と流星りゅうせいのようながらのマントが背中にたなびく。

 頭部にはうさぎの二つの耳をかたどったような、レーダーらしきアンテナを装備。

 他の武装は、小口径の拳銃。武装度は低そうに見える。

 国籍は同じらしい。言葉が自動翻訳機能を介さなくても通じているのはラッキーだ。

 身長は一三〇センチほどで武器も拳銃だが、まだ油断はできない。

 会話こそ発生はしているが、PKプレイヤーかもしれないのだ。

 ただし、彼女のステータスはグリーンプレイヤーだった。

 彼女は誰も一方的にキルしていない、対プレイヤー関係が良好なプレイヤーである証拠になる。ちなみに、翼も同様にグリーンプレイヤーである。

 彼女の図上に示される名前の場所には、『Loveit』とあった。

 正直、読み辛い。

「ええと、ラヴ……『ラビット』で良いのかな?」

「そうです!

 名前にさまを付けても良いのですよ!!」

 ラビットはそう言って存在感のない胸を張ってきた。だが、話は通じるらしい。

「お断りだ」

 わざとそっけなく応える。

 提案を断られてもラビットは自信満々で話を続ける。

「ふっふん。

 今日はリアルで好きな人ができた記念日なので、助けてあげましょう」

 凄く上機嫌そうなラビットがそう言った。

「力になるのか?

 見るからに非力そうだが」

 ラビットの職業クラス名は不明だが、生身の人間のようである。

 その身体は小型で被弾する面積が少ないがゆえか、本人の趣味でその姿を取っているのだろう。

 強化改造人間サイボーグなどではない生身の人間は、戦闘ではやや非力になりがちではあるものの、スキルの拡張度合いは最も豊富になる。

 数多くの武器やアイテムが扱えて、将来的には様々な特殊技能を持つことになるため、サブアカウントでの資金繰り(主に非戦闘要員)などで使用されがちだ。

 そのため、こうしたアウトロウ・エリアに無改造の人間が個人で居るのはわりと珍しい。

 ラビットは指を振ってみせる。

「ちっちっち。

 まあ見てなさい。

 真後ろにゴーレムが来ているよ! 離れて!!」

 ラビットはグレーカラーのボールのようなアイテムを、ウィングの足元へと投げつける。

 爆発物だったらまずい。言われずともウィングは回避行動を取った。

 地面にぶつかった衝撃で、ボールが弾けると同時に一面にけむりまくが発生する。

 煙幕玉えんまくだまだ。

 煙幕手榴弾スモーク・グレネードよりも効果時間は短いものの、地面に投げつけた瞬間に発破するのが特徴になる。

「そのゴーレムは光学迷彩を装備している!

 飛行音はさておき、武器の方向を意識して!!」

 言われた通りに確認する。煙幕に当たることでなんとか光学迷彩がゆがんで見えている。

 他のプレイヤーが接近を許して狩られたのは、この迷彩機能があったからなのだ。

 後ろに飛び跳ねて、乱射されるガトリング砲と榴弾砲を回避。

 着弾と爆轟が岩場に広がる。

「動きは悪くない」

 攻撃の合間をって、ラビットがそう言った。

 この一瞬で既にかなり離れたところにいた。

(え、瞬間移動?)

 ウィングがそう思い、見紛みまがうほどの神速しんそくで移動していた。

「私は援護をし続けるから、なんとか倒せ」

 ウィングはなんとかすきを見つけてハンド・ショットガンの弾倉を切り替える。

 黒色の弾倉、『擲弾グレネード・ショット』だ。

 高価な散弾ショットシェルの一種であり、細かくなって射出されない一発弾。

 着弾と同時に爆裂ばくれつし、弾に詰まった破片が撒き散らされる、高威力の爆発物だ。

 発砲、するがしかし、出たのは前に使っていたビースト・ショットの八発の散弾だった。

「ああ、くそ!!」

 ウィングが叫ぶ。

 新しい弾倉に切り替えたはずだが、薬室チェンバーの内部に装填中のビースト・八発弾が先に出たのだ。

 計算違いで、一旦いったん動きが止まるウィングだった。

「ひょっとして、腕がなまっています? それとも初心者?」

 ぼそっと、ラビットがそう言ってくる。

「両方かもな」

 ラビットの問いかけにも、ウィングは淡々と答える。寂しい事実の指摘と自己認識である。

「へー。

 げえー」

 そう言いながら、煙幕弾の効果が切れる前にラビットはもう一発の煙幕弾をゴーレムの近くに投げてスモークを追加で効かせる。

 二発目以降、弾倉に装填された散弾は全てグレネード・ショットになる。

 超合金刀をさやに納め、両手で反動を抑えて三発を全自動発射モードで発砲、連射する。

 二〇メートルほど先のゴーレムに着弾し、装甲に緑色のHPバーを大きく削る。

 反動で上がった銃身を構え直し、残る二発を着弾させると同時、ゴーレムのガトリング砲の弾丸がウィングの左腕に直撃。にぶく強い衝撃の感覚が、機剣士ウィングの左腕部分を襲う。

 身体の各所から火煙を吹き出し、爆発していく『キラー・ゴーレム 砲撃型』だった。

 地面に落ちて、完全にその電力が落ちたようだ。

『終わった』

 ウィングとラビットの声が唱和した。


 戦闘を終えたウィングが落ちた散弾銃を右手で拾い直し、元の腹部のガン・ホルダーに納める(左腕は光るエフェクトと共に消滅していた)。

 可能かは不明だが片腕でゴーレムに触れる。

 残骸回収ができないか試してみる。

 だが『この残骸からアイテムを回収するには両腕で触れる必要があります』とポップアップ表示が出てきてしまう。

「困った。

 腕が片方だと、残骸からアイテム回収ができないようだ」

「そうらしいですね。

 代わりに拾ってあげましょう。

 アイテム交換の準備をして!」

「それは、親切なことで」

 ウィングは不慣れなアイテム交換のウィンドウを指で開いていく。

 不慣れな操作だったために個人間の売買契約などを開いてしまうが「これじゃない」と動きを修正して、なんとかアイテム交換ウィンドウを開く。

「準備ができたら、敵が来ないか見張っていてください」

 そう言って、ラビットはキラー・ゴーレムの残骸に手を触れる。

 よく見ると、アイテム回収の速度が非常に早い。

 ゴーレムのような比較的大型のエネミーともなれば、回収は何度も行える。

 その残骸速度――『回収サイクル速度』というのだが――それをウィングの倍以上の早さで行っている。

 速度アップのアイテムの使用か、スキルレベルを上げているのだろう。その両方ということも十分考えられる。

「全て取れました。データを送ります」

 アイテム・ストレージの情報が転送されてくる。本来は使わない、分割した保管場所らしい。

 ラビットも、自分の武器などの所持アイテムを大っぴらに見せたくない、ということだろう。

 地域での推定売却価格は、全部の残骸アイテムで八万アダム。

 かなり高いほうだ。

 強敵だったのは運が良かったのか、悪かったのか。

「あなたはサイボーグ。多分機剣士でしょう?

 なら『壊れた光学迷彩装置』がおすすめです」

「……」

 少し迷ったがそれを受け取るように設定し、「オッケーです」とラビットの許諾きょだくを得た。

 そのアイテム、『壊れた光学迷彩装置』をラビットが放り投げる。意外と小型のボールが八個で、それを自分のストレージに放り込んだ。重量制限には引っかかっていない。

 売値も残りのアイテムを合わせたアイテムのほぼ同額で、悪くないどころか万々歳だ。

「それじゃあ、残りの二〇ミリ弾と五五ミリ榴弾が私のものですね。

 よくめるアイテムの引き渡しですが今回は運良く、金額相当分を半分こにできました」

 確かに、それは揉めそうだ。お互いに「引きが良い」のが幸いした。

「崖の下に降りて、『死んだ』プレイヤーの装備品を取りに行くか?」

「いえ、一キロちょっと先の岩場から足音などがします。

 逆方向からハボリムの街に戻ったほうが無難でしょう」

 驚いた。そんな拡張機能がこのゲームにあるとは。

「その耳は、音響センサーなのか?」

「騒音は自動でカットしてくれる優れものです」

 聞いていないことまで答えてくれる。確かに「耳が良い」らしい。

 並んで歩く。

 弾薬は一枠にまとめられていたが、複数発入手している。

 ラビットの小柄な身体だと、超過重量によって、やや敏捷性(AGI)に一時的なデバフ(能力値の引き下げ)が発生しているようだ。

「光学迷彩を持つとか、レアキャラだったな」

 指摘はせずに、話を続ける。

「ええ、見るのは二回目です。

 一回目は、悲鳴を上げて無様に逃げましたけど」

 そういう歴史もあるらしい。ラビットはなかなかにオープンな性格をしているようだ。

「俺の攻撃でこのゴーレムを倒せていなかったら、どうするつもりだったんだ?」

 ウィングはついでに訊いておく。

 拳銃程度で倒せる相手ではないはずだ、という疑問がある。

 ラビットは腕を組んで鼻を鳴らしてから、息を吐き、待たせてから指を一本立てて、堂々と答える。

「『逃げ』一択」

 軽く殴りたくなった。大して怒っていないが。

 多分、その場合は自分を見捨てるというか見て見ぬ振りをして現場から逃走する気だったのだろう。

 それでなるほど、火力としては優秀だと思われたらしい。だから声を掛けてきたのだ。

「ハボリムまで五キロメートルです。

 付いてこられますか?」

「馬鹿にするな。AGIにデバフが掛かっているくせに」

「このマント、凄く身軽になるんですよー」

 星々に流星を象った、黒を基調とした宇宙的なマントをバサリと広げ、ラビットは走り出す。

 かなりの速さだ。神速しんそくの理由はそれか?

 こちらは左腕がない。痛覚の刺激はないもののバランスが上手く取りづらい中、走らされた。


『第三次世界大戦は唐突に訪れた……。』

 それがアダムオンラインの序文プロローグ、その一行目になっている。

 核を含む大規模破壊兵器その他の凶悪な兵器が超規模で使用された結果、ゲームはとりあえず荒廃した未来世界となっている。

 暴走したAI兵器や機械生命体、遺伝子異常や元から生物兵器として改造され、開発された怪物などが敵性NPCとして登場し、セーフティ・エリア以外は基本的に無法地帯。

 ハボリムの街は安全地帯の一つで、一万人前後のプレイヤーが常にゲーム内で入れ替わりつつだが存在・滞在している。

 商売規模もそこそこ大きく、準商都じゅんしょうと級の街だとプレイヤー間でランク付けされている。

 商都は最も商売が盛んな街で、人が最も集まる場所だ。その分、周辺の治安が安定していないので初心者は慣れるまで避けるべし、ともネットの情報にあった。

 ラビットからはサイボーグ医療スキルを持つ人物を教えてもらった。案外親切な奴だと思う。

 サイボーグ病院の一つの前で、ウィングとラビットは別れることになった。

「『一時コーポ』、組んでみます?」

 別れ際、ラビットが気軽にそう言った。

 一時コーポとは、プレイヤー間で立ち上げるプレイヤーグループである『コーポ』の一種で、リアルで三日間という時間制限付きである代わりに、運営方針が簡略化されたコーポだ。

 代表取締役だいひょうとりしまりやく(CEO)も必要ないし、懸賞金の掛かったプレイヤーを『キル』した際のゲーム内の税金なども免除めんじょされる。

 そのため三日間だけ一時コーポを作ってから、リアル時間で一週間というクールタイムを置いて、また一時コーポを作るというある種の抜け道もあるらしい。

「あんまり人と組むのはなあ。

 一旦止めておく」

「じゃあ、ゲーム内コンタクトの交換をしませんか?」

 ゲーム内コンタクトはそのまま、ゲーム内だけで文書通信や通話などによるコンタクトができる仕組みだ。

 リアルのメールアドレスなどが公開されるわけではないので、気軽に情報をやり取りできる。

「それくらいなら、まあいいか……」

 とりあえず分かったが、ラビットは悪いプレイヤーではなかった。

 ある意味それはお互い様というか同じだったが、身構える必要もないだろう。

 コンタクト情報を交換し、ラビットは少し離れてからログアウトしていった。

「面白いやつだったな」

 ウィングはウィングで、さっさと医者にかかって治療を行うことにした。

 現金というかゲーム内通過があまり無いので、多分アイテムを一部売ることになるだろうが。

 その辺も含めて、医者に相談してみよう。



 翌日の中学校、その昼休み。

 高井翼は友達が少ない。

 皆無かいむではないものの、かなり『薄い付き合い』しかしていなかった。

 今日は自分のクラス内だというのに、前に揉めかけた隣クラスの不良が二人とも揃って荒井嵐と話をしている。

 最初に一瞬顔を合わせてからは、お互いに無視をつらぬいた。

 星衣の方は、クラスに入ってきた隣クラスの面子を確認し、露骨ろこつに他の女生徒の二人と何やら話して一緒にクラスから出ていった。

 その女子の話し声が聞こえてくるので、クラスの部屋の前に移動しただけらしい。

 不良生徒もクラスメイトの半数程度が居るところで、変なことを起こす気はないようだった。

 昼休みも終わりかかったところで、

「アダムオンライン、嵐はまだやってんの」

 大柄な不良生徒がそう嵐に質問する。

「そういえば気になるな」

 もう一人も同様に聞く。

 嵐は眼鏡の鼻あてに軽く触れてから、にやけて言った。

「という聞き方をするということは、二人はもう共に辞めたのか」

「システムが分かりづれえんだよ」

「最初のステりで詰んだわ」

 二人が諦めた話を何故か楽しそうに聞く嵐だった。

 内心で馬鹿にして愉悦ゆえつに浸っているのかもしれない。

「高井のやつも遊んでいるそうだぜ」

 嵐がそう言う。

「マジで?」

 二人が驚いて翼を見る。

 話題をつなげて俺に振るなよ、と彼は本気で思った。

「キャラ名は?」

 翼は黙る。

「『ウィング』だったっけ?」

 笑って嵐がそう言う。始めた頃の話をどこかで聞かれたか、聞き出したかしたのだろう。

 個人情報を気軽に言ってくれるとは、マナー違反にも程がある。

「そのままじゃねえか!!」

 ゲラゲラと下品で粗野で考えなしの笑いを三人、特に前、自分を殴りかかってきた大柄な不良生徒がそう言う。

「今度PKしようぜ、PK」

「おお、良いね」

 さらに不良生徒が続けて言う。

 またしても笑いながら、そう言って教室を出ていく。

 去り際に「迷惑だ」、と翼はやや大声でそう言う。

「独り言だ」、と内心で言い訳をしておく。

 幾人かのクラスメイトがぎょっとして挙動不審きょどうふしんになったが、嵐は薄ら笑いを止めなかった。

 予鈴よれいの近くで星衣を含む三人の女子生徒が戻ってきた。

 なぜか星衣がずっとこちらを見てきたが、気になって視野しやはしから彼女を正面に向けると、小柄な少女は少し跳ねて急いで自分の席に着いた。

 バツの悪い顔をして、翼も席に座り直した。

 午後の授業が始まる。


 下校時刻で、日が暮れかかっている。

 翼が帰ろうと校門を出ようとする。

 帰り際の校門裏の手前で、小柄な女子生徒が誰かを待つようにそわそわとしていた。

 それは、星衣愛であった。

「あ、あの……」話しかけられる。

「星衣か」

「昨日は、助けてくれてありがとうございました」

 彼女は、消え入りそうな声でそう言った。

「助けた?

 何のことだ……?

 ……ああ」思い出した。

 自販機と不良生徒の三人組。

 翼にとっても嫌な出来事なので忘れていたが、確かに彼女からすれば身の危険から守ってくれたように映るだろう。

 自分の中の規律に反するのでそうしただけだが、うまく言葉にしようとしても女の子相手に気取ったような言葉しか出ない気がして、説明を諦めた。

「そうか」とだけ言ってほおく。

 なんだか恥ずかしい。顔が赤くなっているかもしれない。

「それじゃあ、俺は帰るから」

「途中までご一緒してもいいですか?」

 翼は右手を掲げて制する。

「……いや、いいよ

 また来週」

 今日は金曜日だ。登校月曜日から。最低限の愛想を出して、翼は歩き出す。

 星衣は勝手に後ろを付いてくる。

「……ついてくるな」

 翼は星衣にそう言った。

 星衣は立ち止まるがまた歩き出す。

 帰路のだいぶ途中まで、後ろを歩く音が聞こえていた。


 さらに後ろには欲望と憎悪の視線があったのだが、それには二人共気がついていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る