第101話 天使? 悪魔?
一月三日、初売りの日。
嗣葉と俺は二日振りの再会を果たして午前中からワンアップへ向かっている最中で、いつも通り自転車を並べて走っているが、初売りの激務が予想されるため何となく無口になっていた。
今日は絶対にヤバい、ワンアップはお年玉を握り締めた子供たちと親が押し寄せてとんでもない事になるに決まってる。
目玉は未だ品薄のドリステ5だ。ワンアップは大手家電店に負けずに独自ルートで商品を仕入れ、在庫は30台以上ある。だけど店長は転売ヤーを嫌って告知をしていなかった。
ただ、売り場にはそれとなく『近日、入荷の予定あり』と地味なA4の紙が一枚貼ってあり、年末にこのメッセージを受け取った客は『もしかして?』と期待を抱くに違いない。
ワンアップに着くと狭い駐車場に数台の車と自転車が停まっていて、入り口に人が数人立っていた。
へっ? もしかして並んでる?
知る人ぞ知る名店、初売り広告は出して無いけど、やはり期待しているお客さんはいるみたいだ。
裏口から店に入ると店長が売り場のど真ん中にせっせとドリステの大きな箱を積み上げている真っ最中で、俺は新年の挨拶も早々に仕事に取り掛かる。
「店長。今日、奥さんは来るんですか?」
「ん? それ聞く?」
眉間に皺を寄せ、眉をヒクつかせる店長に、俺はそれ以上聞くのを辞めて仕事をの準備を続ける。
また奥さんに断られたのかよ?
エプロンを着けた嗣葉は店の床に黄色いモップを掛けて歩き回っていたが、いきなり手を止めた。
「は? ヤバいよ悠! なんか人増えてるんだけど……」
外には20人ほどの行列が出来ていて、ガラスに手をかざして中を覗いている人もいる。
ドリステが店内に積み上げられているのは一目瞭然で、今まで手に入れることが出来なかった客がSNSで知り合いに拡散するのも時間の問題。
だけど今回も販売条件は厳しい。
条件に満たない客から文句を言われるのは確実、そのサンドバックになるのはきっと……。
「水無月君、これ首から下げて説明してな?」
やっぱり。
店長は段ボールに紙を貼った即席の購入条件が書かれた看板を俺に手渡した。
ドリステ販売条件、それはワンアップ会員であり、半年間で3本以上の新作ゲームソフトを買った履歴が残っていること。
これってハードル高くないか? ドリステ5が手に入らないからソフトを買わない訳で、わざわざ4のソフトを買う屈辱に耐えた猛者だけが購入することが出来るとは。
俺、どうなっても知らんからな!
開店時間を迎え、店長が入り口を開けた途端に客が店内に雪崩れ込む。
「ドリステ5には購入条件がございます!」
俺は売り場で大きな声を出し、速攻複数の客からブーイングを受けた。
「ドリステ5が売ってねーからソフト買ってねーんだよ! いいから売れよ!」
茶髪の若い男にいきなり文句を言われ、俺はたじろぎつつ販売条件を繰り返す。
「え~買えないの?」
子供を抱っこした若い夫婦からもネガティブな反応を受け、他の買えない客からも文句を言われて店内が騒然となる。
観かねた店長がやって来て「転売対策なのでご理解を」と告げると、「転売なんてしないわよ!」と更に騒ぎが大きくなる。
「にわかが騒いでんじゃねーよ!」
甲高い女性の声が人垣の後ろから響き、文句を言っていた客が静まり返った。
「だいたいゲーム好きなら半年に3本の新作なんて余裕だろっ! 5が買えなきゃ4で遊んでんだよ!」
俺と店長を取り囲んでいた客がパラパラといなくなり、人影から金髪ショートカットの派手な女の子が顔を出す。
うわっ! 凄いギャルっぽい女子だな、スカートはめちゃくちゃ短いし、冬なのに生足、目の周りの化粧も濃い。
その子は俺の前に立ち、ニコニコと微笑みながら小さく手を振った。
何だよこの子、派手だけど可愛いな……背は低いけど胸は大っきくてスタイルいいし。
「はろー悠君! 久しぶりっ!」
「……? その声……、はっ⁉ 紗枝ちゃん⁉」
俺は脳内で派手な女の子の顔に黒縁メガネを重ね合わせた。
「やっぱり悠君と会えないのは寂しいなーって、だから悠君好みにイメチェンしてみたんだけど、どう?」
どうって……そんなの可愛いに決まってるだろっ!
大人しそうな娘がちょっぴり背伸びした感じがたまらない! 着崩した服装と指先しか見えない袖の長いカーディガン、細い脚がミニスカからドバッと露出していて歩いただけで下着が見えそうで……、何と言うか……上から下まで可愛いが詰まってる。
だけど俺は背後に嗣葉の冷たい視線を感じて無難な解答をしてしまった。
「いやぁ……お、俺、別にギャル好きって訳じゃ……」
背後からキュッと靴を鳴らす音と共に嗣葉の大きな声が響いた。
「ちょ、ちょ、悠はもう私と付き合ってるんだから!」
嗣葉がレジからすっ飛んできて俺とギャル島さんの間に割って入る。
いきり立つ嗣葉をよそに霧島さんは俺の隣に立つ店長に深く頭を下げた。
「バイト休んでてごめんなさい、まだクビじゃなかったら今日からまた働きたいです」
隣で店長がうんうんと大きく頷き、満足そうな笑みを浮かべている。
「良いに決まってんだろ! 助かったよ、直ぐレジに入って!」
店長は霧島さんの背中をバシバシ叩いて喜んでいる。
「店長っ!」
嗣葉が大きな声で不満を露わにする。
「じゃ、私、辞めまーす!」
口を尖らせた嗣葉が店長から顔を背けた。
「まーたまた、そんな事言わないで!」
嗣葉の両肩を後ろから掴んだ店長は、彼女をレジ裏に押し返す。
レジで霧島さんと嗣葉が向き合った。
おいおい、二人を近づけるなって!
「嗣葉さんは、悠君とどこまでいったの?」
真顔で霧島さんは嗣葉に聞いた。
「へっ⁉ ど、どこまでって……」
「だって、恋のライバルの動向は気になっちゃうかなぁ? 具体的に知りたいし」
「ぐ、具体的になんて言わないからっ!」
ちょ、ちょっ! その話今するっ?
俺はドリステの横に立ちながら、背後の二人の会話に全神経を集中させる。
「ま、教えてくれなくてもだいたい分かるけど……」
目を細くして霧島さんが続けた。
「どうせキス止まりでしょ?」
「うっ……」
嗣葉は赤面して言葉に詰まった。
「も、もう少ししたし……」
おいおい、もう少しってなんだよっ! 変なところで張り合うなよ?
「すいませーん、ドリステ購入条件なんですけど、これって……」
若い女性に話しかけられ、俺は二人の会話にソワソワしながらも接客を始める。
「――はい、会員証はお持ちですか?」
本日初のドリステ購入者をレジに案内すると嗣葉が大きな声を出した。
「え〜っ⁉ 紗枝ちゃんも悠に胸触られたの!?」
「触られたっていうか、思いっきり揉まれましたけど」
レジに近づいた俺に、嗣葉が最大限のジト目を浴びせる。
俺は焦って客から見えないように二人に向かって唇に人差し指を一本立てる。
「ド、ドリステご購入です」
金髪ロングとショートの女の子が双子のように並んで接客を始めた。
嗣葉は俺の事をガン無視して客にコントローラーの追加購入を勧めている。
「ありがとうございます」
ドリステのコントローラーが二つ売れた矢先。
「悠、これ持ってきて!」
明らかに怒った声で嗣葉は俺を顎で使う。
これってある意味地獄だな、激務からは解放されるかも知れないが気が休まらないぞ。
頼む、今日が早く終わってくれ!
商品カードを受けっ取った俺はレジ裏に駆け出した。
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