最終話 二人

 まだ開店も間もないのに俺の体には緊張でべっとりと汗が滲み出て来ていた。

 客がレジ前から一旦引けて、俺は何事も無かったかのよう嗣葉と霧島さんの傍を離れる。

「ちょっと待ちなさいよ!」

 いっ⁉

 嗣葉の声に体が凍り付く。

「アンタが霧島ちゃんの胸揉んだってのはリアルな話?」

 刺すような視線に背筋がゾクッとしてしまった。どうすっかな? 真実を話すか? いやいや……。

 俺は聞こえないフリをしてドリステ横の持ち場に戻ろうと歩き出した。

「とぼけんなっ! 絶対に聞きだしてやるんだから!」

 背後から嗣葉に羽交い絞めにされ、背中に嗣葉の胸がグイグイ当たる。

「いや、ちょっ⁉ 待て!」

 胸掴んだかって聞いといて、自分は胸押し当ててるって分かってる?

「事故事故っ! 紗枝ちゃんのも事故だからっ!」

「酷い……」

 霧島さんが口を押さえた。

「悠君、あの時強く胸触って来て痛いくらいだったのに……」

「だ、だからっ! それは紗枝ちゃんの腕を掴もうとして……」

 俺を後ろから捕まえている嗣葉が大きな声を出した。

「はぁ⁉ 何で腕を掴むのよ? それ、どういう状況?」

「そ、それは……」

 勢いで霧島さんにキスしようとしたとは言えん!

「コラッ! 真面目にやれっ!」

 店長が小声で俺達の傍に駆け寄り、注意する。

「す、すんません……」

「水無月君は売り場に戻って!」

 店長が俺に指示すると霧島さんが言った。

「店長、ドリステは嗣葉さんに任せたらいいじゃないですか? こんな美少女にはお客さんも悪態つかないでしょうし」

「はぁ? 私⁉」

 嗣葉が不満そうに踵を上げた。

「それもそうか……そうしよう」

 店長は嗣葉の首に看板を掛けて背中を押す。

 レジには俺と霧島さんが入り、俺は嗣葉の接客を見守る。

「え~そうなの? それなら仕方ないかぁ」

 ドリステの購入条件に満たない客はあっさりと諦め、嗣葉に笑顔を向ける。

 はぁ? 俺ん時と大違いじゃねーか!

「やっぱり男って単純だね? もしかして悠君も単純なのかな?」

 そう言って霧島さんはレジの下で俺の小指に小指を絡めてきた。

「いっ⁉ 単純かどうかは……」

 ドキドキして来た。駄目だって、嗣葉意外とこんなこと……。

 俺の顔を覗き込む霧島さんは、いたずらっぽい笑顔で腕に大きな胸を微妙に押し付ける。

 小学生の男子がゲームソフトをレジに持って来て二人は体を離した。

 霧島さんにどう接していいか分からない、彼女は俺と嗣葉の関係を知っていて俺に関係を求めて来る。

 でも、これって以前と何も変わってないのかも知れない……。

 霧島さんだって単純じゃないか、彼女のスタンスはいつだって俺を好きでいて他の娘と付き合っていようが関係ないってやつだ。

 レジでギャル化した霧島さんの横顔を眺める。

 俺の為にイメチェンした彼女の金色の髪と目の周りの赤い化粧はハッキリ言って可愛くて、以前は柑橘系だった香りも嗣葉みたいな花のような香りに変わっていた。

「ありがとうございました」

 ゲームを抱えた小学生が帰ると、レジカウンターにドンとドリステが置かれた。

 嗣葉は俺を睨み付け、霧島さんにもジト目を浴びせていて不満を貯め込んでいるのは一目瞭然。

 これ、帰りまで爆発しないでいられるのか?

 ドリステはコンスタントに売れ、嗣葉はレジに来るたび不満そうで、俺は在庫を並べるついでに嗣葉に近づく。

「お疲れ」

 俺は在庫のドリステを売り場に積み上げて嗣葉の様子を伺う。

「別に疲れて無いし!」

 口を尖らせた嗣葉は明らかにツンツンしていて、ちょっと可愛い。

 大丈夫そうだな、激ギレってわけじゃ無さそうだし。

 今日のバイトは長く感じた。いつもなら忙しいと時間が経つのを忘れるんだが、俺は一日中嗣葉と霧島さんの事を気にし過ぎて神経を使い過ぎているようだ。

 昼休憩は来店客が多くて一人づつ休憩室に入り食事を済ませた。ある意味助かった、あの二人を個室に閉じ込めたら何が起こるか分からないし、かといって俺とどちらかの女子が一緒に入ってもそれはそれで怖いから。

 そして気が付けば夕方。今日は18時閉店、正月早々外に出掛ける奴は少ないからな。

 最後のドリステ5が売れて今日の仕事は終わりって雰囲気、徐々に後片付けを始めつつ閉店時間を待つ。

 そして念願の閉店時間、看板の電気を落として入り口を閉め、店長がお年玉を俺たちに渡した。

「やっとバイトが3人入ってよかったよかった!」

 店長が嬉しそうに俺達の肩を叩いて続けた。

「さ、今日は早く着替えて!」

 店長に促され、俺と嗣葉と霧島さんはロッカールームに入った。

「はぁ、さすがに疲れたな、とっとと帰ろうぜ」

 俺はエプロンを脱いでロッカーの扉を開けた。

「悠君、これから新年会しようよ!」

 霧島さんが俺の背中をタッチして体を寄せ、俺は振り向いてロッカーに背中を付けた。

「悠君に色々聞きたい事もあるし……」

 そう言って霧島さんは意味深に嗣葉に視線を向けた。

「ちょっと紗枝ちゃん? 私と悠はもう付き合ってるの! 分からないかなぁ、この状況?」

 腰に手を当てた嗣葉が霧島さんに言った。

「でも、こういう娘が好みなんだよね? 悠君は」

 霧島さんは俺に大きな胸を押し付ける。

 うわっ! 凄っ! なんかまた大きくなってる?

 彼女の胸の感触に俺は顔が火照るのを隠せない。

「ちょ、悠っ! なにデレデレしてんのよっ!」

 嗣葉も負けじと俺をロッカーに押し付けて怒った顔を近づけた。

「いや、待て待て!」

 美少女二人に圧迫され、いい香りと柔らかい感覚が押し寄せる。

「紗枝ちゃんもほんと往生際悪いわね!」

「嗣葉さんこそ! 第二ラウンド、勝負です!」

「たくっ! 諦め悪いんだから……幼馴染の私たちに割って入れると思ってるの?」

「幼馴染ブーストを使っても案外危ういじゃないですか? 二人の関係って!」

「なっ! そんな事無いよね? ゆ〜う!」

「悠君、幼馴染なんて飽きちゃったよね?」

 霧島さんは俺の胸にぺったりと上半身を密着させて、甘えながら俺の顔を見上げた。

 うっ! 可愛いんだけど……。

「ちょ何やってんのよ! 悠もデレデレすんな!」

「私、悠君が押しに弱いの知ってるから勝機はあるかな?」

「無い無いっ!」

 嗣葉が声を荒げる。

「じゃ、早速勝負です!」

 霧島さんは目を閉じて軽く顎を上げた。

「はぁ⁉ そんなの私の勝ちだし!」

 嗣葉も目を瞑ってキスのおねだりをする。

 可愛いキス顔の二人に吸い込まれそうになった俺は、二つのプルっとした唇を指で軽くタッチして一気にロッカールームを駆けだした。

 ハッとした二人はキスをされたとお互い勘違いして飛び上がったが、直ぐに騙されたと分かって俺の後を追いかけて来た。

「こらーっ! 悠っ! 逃げんな!」

「悠君、ズルいよ!」

 一旦決着がついたかと思われた俺達の関係は振り出しに戻ったとは言い過ぎだけど、暫くはこの関係が続きそうで目が回りそうだ。

 二人は俺を笑顔で追いかけ回し、店を出た途端に取り押さえられ、しかも3人でカラオケに行くと言い出した。

 仕方がない、俺はこの状況を甘んじて受けよう。

 二人に笑顔がある以上、心配するほどの事でも無いだろうし……。

 恋愛は最高難度のゲームだ、しかもリセットの出来ない無理ゲー……。俺は今日、それを思い知らされた。



 終わり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る