第100話 初詣
薄っすらと雪が積もった境内で着物姿の嗣葉が振り向いた。
く〜っ! 可愛いっ!
淡い桜色の振り袖が映える。嗣葉の細い体は着物を着ても美しいラインを保ち、金髪を結っている姿も新鮮。
俺はさっきから目の前の美少女の姿を何度もスマホのカメラで切り取ってしまっている。
年末のバイトは本当に助かった。
嗣葉は最終日まで3日連続で出てくれて、ワンアップは何とか年内の営業を乗り切り、つかの間の休日を貰って出向いたのは地元の神社。
そう、俺と嗣葉は元日の朝から近所の神社に初詣に来ていたのだ。
時間はあまり無い、水無月家も高梨家も今日は午後から親戚の家に挨拶に行かなければならず、こうして嗣葉と会っていられるのもあと1時間程度。
もっと一緒に居たいのに……。
嗣葉は親戚の家に泊まるらしく、丸一日以上離ればなれ。
なんか変な感じだ。俺って嗣葉を24時間に一回は眺めているのが普通で、喧嘩をしていようが顔を会わせないことは無いと言っていいほど、実際会わなかった日を思い出すことが出来ないくらいだ。
「悠、おみくじ引こうよ!」
お参りを済ませた嗣葉が草履をはいた不慣れな足元で近づき、冷えた指先で俺の手をつまむ。
地元の神社はこじんまりとした高台の敷地に建っていて、さすがに初詣となると人混みが激しい。しかもその狭い敷地の両側に出店が並び、参道まで続いていたりする。
嗣葉は和柄のがま口から小銭を取り出して俺に一枚渡すと、バイトっぽい巫女の前で数種類のおみくじを体を屈めて眺めた。
「やっぱ恋愛だよね?」
俺をチラリと見て、嗣葉は巫女に小銭を手渡して恋愛おみくじの木箱に手を突っ込む。
斜め上を見ながら嗣葉は片手で振り袖を押さえ、手をガサゴソ動かして「これだぁ!」と元気に一枚引き抜く。
テンション高っ!
続けて俺も嗣葉と同じのを引く。
歩きながら嗣葉と俺はおみくじを開けて中を確かめる。
「あっ! やった、大吉!」
嗣葉は小さく飛び跳ねて、手首に提げた巾着袋が宙に舞う。
「俺は末吉……」
「やりぃ! 私の勝ちっ!」
広げたおみくじを顔の横で振る嗣葉はニシシと笑う。
可愛いな……、金髪をアップにしていて綺麗なうなじに目がいってしまう、後れ毛が何だか柔らかそうで触りたい衝動を抑えきれそうにない。
はぁ〜っ! 後ろから抱きしめたい。
だけど俺は平静を装った。
「なんの勝負だよ? 読んでみないと分からないだろ?」
「ま、読んでも私の勝だけどね? えっと、『永遠の伴侶は近くに居る、邁進せよ』だって! これって悠の事かな? それと『子作りに励めば多くの子宝に恵まれる』いやいや、これはさすがにマズいでしょ……」
嗣葉が頬を染めて俺をチラ見した。
ちょっぴり恥ずかしくなってしまったのを誤魔化すように俺もおみくじを読み上げる。
「『恋多き年、見極めよ。浮気は厳禁』……ははは、なんだこれ? それと『良き出会いがあるが嵐の予感あり』……へ、へぇ? 良く分かんないこと書いてあるなぁ……」
「はぁ⁉ ちょっと見せなさいよ!」
俺のおみくじをむしり取るように奪い、嗣葉は細長い紙に顔を近づける。
「何よこれ! 私が浮気されるってこと⁉ 悠っ! どういうこと?」
「いや、これはおみくじだから! まだ俺は何もやって無いし!」
「これからするってここに書いてあるじゃない! だいたい『まだ』って何なのよ? やる気満々じゃないの!」
着物姿でジト目を浴びせるご褒美を貰った俺は苦笑いで辺りを見渡して嗣葉対策を実行する。
「甘酒飲むか? 嗣葉」
ジト目のまま神社が振る舞っている甘酒コーナーを一瞥した嗣葉はニコッと笑って「うん」と頷き、俺の手を掴んだ。
◇ ◇ ◇
「あ~あ、もっと悠と遊びたいのにっ!」
帰り道、嗣葉が甘酒をすすりながら呟いた。
「仕方がないだろ? 親戚付き合いくらいして来いよ? 仲のいい従妹とかいないのか?」
「私の従妹ってみんなすっごい年上でさ、お酒飲んで酔っ払うからついて行けないんだよね……」
苦笑いで俺を見つめる嗣葉は続けた。
「悠は? 従妹居るんでしょ?」
「ウチも同じような感じかな、男は俺だけで他は女ばっかだし。いっつも質問攻めにあって疲れるんだよ」
「浮気だ!」
鋭い嗣葉の視線に俺の声が裏返る。
「はぁ⁉ 浮気なわけ無いだろ? だいたい従妹なんて女って感覚じゃねーし!」
「ふんっ! どうだか?」
嗣葉は振袖で腕を組み、ソッポを向く。
「なに怒ってんだよ? 言っとくけど俺だって嗣葉ともっと一緒に居たいんだからな?」
「えっ⁉ ほんと?」
足を止めた嗣葉が俺に向き直る。
顔を赤らめた嗣葉がキョロキョロ辺りを見渡して、俺の耳に手を当てて囁いた。
「新年のキスしよっか?」
「はぁ⁉ こんな朝っぱらから住宅街で出来っかよ!」
「誰も見て無いし、いいでしょ?」
道の真ん中で嗣葉は目を閉じて顎を上げる。
「えっ⁉ ちょ……。嗣……」
着物姿でキスをおねだりする嗣葉はハッキリ言って可愛くて、このシチュエーションで柔らかい唇に唇を重ねるチャンスはそう無い。だけどここは家の近所の住宅街、周りには俺たち以外いないけど多くの窓が二人を観察している気がしてならない。
「は・や・く!」
目を閉じたままの嗣葉は草履から白い足袋の踵を上げた。
少しニヤケ顔の嗣葉は可愛くて、俺の心を鷲掴みにして来る。
くっ! 耐え切れねーっ!
俺は嗣葉の肩にそっと両手を乗せて、唾を大きく呑み込んで顔を近づける。
「あら? 悠人、何してるの?」
母さんの声に俺と嗣葉は猫のように跳ねあがった。
「目、痛ーい! ゴミ入ってない?」
嗣葉が急にキスを誤魔化したので、俺も彼女に合わせて演技する。
「は? あ、ああ……大丈夫か嗣葉」
「二人ともどうしたの? お母さん、年賀状買いに行くんだけど、悠人は足りてる?」
「だ、大丈夫だよ、全然足りてるから」
「そう? ならいいんだけど」
コンビニに向かう母さんとすれ違い、俺と嗣葉は安堵の表情で見つめ合う。
「危なかったね悠!」
嗣葉は口に手を当ててクスクス笑った。
家に着くと珍しく高梨家のガレージから車が出されていて、埃を被った窓を嗣葉のお母さんがタオルで拭いていた。
「お帰り嗣、そろそろ行くよ?」
着物姿の嗣葉は見納め、ちょっと名残惜しいけど仕方がない。
「じゃあな、嗣葉。明後日バイト忘れるなよ?」
「うん。またね?」
二人は見つめ合い、手を振って別れた。
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