第94話 引力

「うわーっ! 奇麗……ピカピカしてるっ!」

 駅ビルの最上階、展望台から見る街並みは日が落ちてキラキラと輝きを放っていた。

 床から天井まで一枚の大きなガラスが嵌められた展望台、その曇りひとつ無いガラスに貼り付いた嗣葉は、大きな瞳に星屑のような夜景の光を反射させて少女漫画の主人公のように俺と目を合わせる。

「見て見て悠、私ん家ってあそこらへんかな?」

 俺の上着の袖を引っ張り、ミニチュアのような風景を指さす嗣葉はため息交じりの歓声を漏らしてうっとりしている。

 この街で一番の高さがある人気のデートスポット、光の絨毯が眼下に広がり、空中に浮かんだような錯覚を起こしそうな展望台には多くの人がガラスに貼り付くように外を眺めていて、その殆どが若いカップルだ。

 だけど、高校生カップルは俺達くらいで周りは大学生か社会人のような人達ばかり。

 傍には夜景など目もくれず、人目もはばからずにイチャついている奴らが多い。

 周りに人が居なければプレゼントを渡すいいタイミングだったけど、流石にここじゃ雰囲気は良くない。

 時計は夜の7時を回っていた、何時も遅くまでバイトしている俺にはまだまだ早い時間だが、高1のデートなら健全な時間にお嬢様を自宅に返却しないと家族が心配するだろう。

 締めにはいいころ合いか?

「嗣葉、晩御飯食わないか?」

 ガラスから俺に顔を向けた嗣葉が即答で「いいよ」と笑顔を見せる。

「実はさ、お腹空いたなーって思ってたんだよね」

 クスクス笑う嗣葉は俺の腕に掴まって「んじゃ、奢られますか?」と金髪を揺らして顔を覗く。

 俺は女の子が行きたいようなお洒落でセンスのいい店を知らない、街中の飲食エリアで俺が行く所はファストフード店か麺屋くらいだ。

 だけど今日、俺はちょっと行ってみたい店に嗣葉を連れて行こうと前々から決めていた店へと向かう。

 展望台からワンフロア下がったレストラン街、俺はそこに嗣葉を連れ出した。

 いつもとは逆の立場だ、普段俺は嗣葉の行きたい所について行く事が殆どで、自分から嗣葉を行きたい場所に連れて行くことはほぼ無かったから。

 少し照れくさい。嗣葉は俺がこれから案内する店を気に入ってくれるかな?

 エスカレーターを下りて一分ほど二人で歩くレストラン街、嗣葉はキョロキョロしながら黙って俺に着いて来る。

「ここだけど、いい?」

「えっ? いいじゃん! 私も一回ここに来たかったんだよ」

 連れて来たのは最近巷で人気のオムライス店、店内は混んでいたが待つことは無く直ぐにウエイトレスに席へ案内される。


 ◇    ◇    ◇


「ありがとね? 悠。今日はすっごく楽しかった!」

 前菜のサラダをフォークで刺しながら嗣葉はチラリと俺と目を合わせる。

 ちょっと恥ずかしそうな仕草の嗣葉は俺からしたら新鮮で、永遠に見ていたくなってしまう。

「お待たせいたしました」

 ウエイトレスがオムライスの大きな皿を運んできて、二人掛けの小さなテーブルが食器でいっぱいになる。

「うわぁ、美味しそ!」

 指を広げて拍手する嗣葉は早速スプーンを握り締めてグラスを持ち上げた。

「乾杯しよ?」

 ウーロン茶のグラスを傾けて俺たちは乾杯をして、お互いに一口お茶を飲む。

「大人になったらワインで乾杯しようね?」

 ウインクをした嗣葉はグラスをテーブルに置いて、オムライスにスプーンを突き刺した。

「美味し~い! トロトロだよ」

 頬を撫で、満足そうな嗣葉が俺のオムライスを覗いてチラッとこちらを見る。

「どうぞ、結構イケるよ」

 スプーンを俺の皿に伸ばした嗣葉が手を止めて俺を見つめる。

「あ~ん」

 首を伸ばして目を瞑る目の前の美少女に俺は固まってしまった、周りの目が気になってしょうがない。周りの人たちは俺たちを見ていないようでチラチラと観察しているのは明らか。

「じ、自分で食え、自分で!」

 俺は嗣葉をスルーしてオムライスを頬張る。

「あ~~んっ!」

 大きな声で食べさせプレイを強要する嗣葉に、俺は居ても立っても居られずに彼女の口にスプーンを突っ込む。

「おいひー」

 傍から見ればバカップル、だけど俺はなんだか幸せな気分になってしまった。

 ちょっと前まで俺たちは出会ってから最大の試練を迎えていて、修復不可能な関係になり掛けていたから……。

 これってある意味奇跡だよな。

 俺は目の前の現実を噛みしめた。

 良かった、嗣葉が俺の目の前に帰って来てくれて……本当に……。

「ん? どしたの?」

 嗣葉は俺を不思議そうに眺める。

「嗣葉と仲直り出来たのって奇跡だよな?」

「言えてるかも。だって私が公園で泣いてたら悠が来てくれた……。雪が降って転んだから……、雪降って無かったらどうなってたんだろ?」

「それでも嗣葉に俺は会っていた。だろ?」

「だね? 私たちって見えない引力で惹かれ合って離れられないんだよ。何だろ? 前世に何かあったのかな?」

 嗣葉との他愛のない会話は時間を忘れるほどで、俺たちは店内で小一時間会話に花を咲かせた。

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