第95話 告白
「お腹、いっぱいだぁ」
前を行く嗣葉が振り返って後ろ向きで薄暗い歩道を歩く。
自宅が近づき、楽しいクリスマスデートは終わりが近づきつつある。
結局プレゼントを渡すタイミングを見つけられなかった俺は彼女の自宅前で渡すことに決めた。
前に向き直り、上機嫌で大きく手を振って生足でスタスタ歩く嗣葉に、俺は一つ告げなければならない事がある。
大股で嗣葉に近づいて横並びになると、意を決して嗣葉の手を取って繋ぐ。
一瞬ピクンと驚いた嗣葉は直ぐに穏やかな顔に戻って俺の手を握り返してくる。
黙って帰る自宅までの僅かな距離、俺は彼女の気持ちを確かめようとタイミングを探る。
高梨家の門の前に着き、嗣葉は俺の手を離して鉄の扉をスライドさせる。
彼女は門の内側に入ると振り向いて黙ったまま俺の顔を見つめた。
多分待ってる、俺の言葉を……。
「つ、嗣葉……」
声に出した途端、緊張して一気に心拍数が上がり、倒れてしまいそうな感覚がした。
「ん? 何?」
お尻の上で両手を繋いた嗣葉が、少し前傾して瞬きする。
緊張で息が詰まる。俺は大きく息を吸い込んだが、吸った息が震えているのを自覚した。
「俺の本当の彼女になってくれないか?」
言ってしまった……、だけど後悔は無い。
嗣葉の瞳が潤んでいる気がした。
彼女はクルッと背を向けて玄関に駆け出し、「悠に見せたい物があるから入って?」と玄関ドアを開ける。
「えっ? 見せたいって何を?」
「それは見てのお楽しみ~!」
顔を少し赤らめた嗣葉はニッと笑った。
高梨家の中は真っ暗だった。お母さんは不在みたいで、嗣葉は家の中の電気を手探りでパチパチ点けて階段を上っていく。
「あ、悠? カギ閉めてね、お母さん帰って来ないから」
「へ? そうなの……?」
階段を上がるとドアが開いたままの嗣葉の部屋に明かりが点き、俺は恐る恐る部屋を覗く。
コートを脱いでハンガーに掛けた嗣葉はクローゼットにそれを仕舞い、俺に向き直る。
「脱ぎなよ、コート」
嗣葉が手を伸ばしたので俺はコートを脱いで彼女に手渡した。
「そこ、座ってて」
ベッドの上に座るように促した嗣葉は箪笥の引き出しを開けて何かを取り出して背中に隠した。
「悠……さっきの返事がここにあるんだ」
ベッドに座った俺の隣に嗣葉も座ってマットレスが深く沈み込む。
体を俺に向けた嗣葉は背中に隠していた水色の封筒を躊躇いつつ手渡した。
「これってあの時の……」
箪笥をずらした時に出て来て、嗣葉が焦って俺から取り返した封筒。
少し古ぼけた封筒を眺め、俺は顔を上げて嗣葉に視線を戻す。
黙って頷く嗣葉に、俺は意を決して封筒を開ける。
中には同じ色の便せんが一枚。
俺はそれを抜き取って開いた。
目に入ったのは少し幼い感じの鉛筆書きの文字、多分嗣葉が昔書いたものだろう。
『悠へ、
私が大きくなったら悠のおよめさんにして下さい。
大好きです。
嗣葉より』
俺は驚いて手紙から嗣葉に視線を向けた。
「やっと伝えられた……」
ギュッと抱き着いた嗣葉がゆっくりと顔を近づけて目を閉じる。
「嗣葉、君といつまでも一緒にいたい……」
嗣葉の閉じた瞼から一筋の涙がこぼれた。
俺達は求め合うように唇を何度も重ね合わせ、強く抱きしめ合う。
息が荒くなった嗣葉は濡れた瞼をゆっくりと開け、「もっと強くして……」と囁く。
心臓がバクバクして倒れそうになる、俺はもっと嗣葉を求めるように彼女をベッドに押し倒した。
バサッと乱れた長い金髪、抱き締めると分かる華奢な体とアンバランスな大きな胸、整った小顔の美少女が俺の目の前で無防備なまま見つめているあり得ない光景。
細い首筋に俺はキスをして、片手で彼女の手を握り、もう片方の手を本能に任せて胸に向かわせる。
手のひらに収まらない大きさの丸い柔らかな胸を掴むと嗣葉は体をビクッとさせて「んっ……」と吐息を漏らす。
手のひらに伝わる嗣葉の体温と速い鼓動に、俺の理性は崩壊寸前。
その時、窓の外から車が停まる音が響き、ドアの開閉音と共に女性の話し声が聞こえて来た。
「水無月さん、今日は楽しかったわ、また行きましょうね?」
「ええ、高梨さん、また誘って下さい」
俺と嗣葉はピタリと動きを止め、目を見開いて見つめ合う。
「は?「お母さん⁉」」
二人の大きな声が重なった。
驚いた二人はベッドの上で飛び跳ねるように上半身を起こした。
「は? な、な、何で? 今日は帰らないって言ってたじゃん! てか、悠! なに勝手に胸触ってんのよっ! 変態っ! 殺すからっ!」
胸ぐらを両手で掴む嗣葉は俺をガクガク揺する。
一階で玄関ドアが開く音が響いた。
「は? やばっ! 見つかっちゃう! 早く逃げてっ!」
「へ? 別に俺が嗣葉の部屋に居ても良くないか? しょっちゅう来てるんだし」
「こんな時間に二人っきりって変に勘ぐられたら困るじゃない!」
嗣葉は焦って部屋の窓を開けた。
そりゃ、邪魔が入らなかっから今頃……。
いやいや、多分俺は嗣葉に蹴飛ばされてたに違いない。
「もう、何やってんのよ! 早くして!」
小声で怒る嗣葉は俺の背中を押して窓に向かわせる。
「えっ? えっ? どーすんだよ?」
「屋根伝いに帰りなさいよ!」
「はぁ⁉ そんなの一度もやった事ねーだろ!」
「たかだか1メートルくらいでしょ? ジャンプしなさいよ! ジャンプ!」
俺は窓から無理やり屋根に押し出され、ピシャリと窓を閉められる。
「はぁ⁉ 何で!」
ガラスを手のひらで何度も叩くと嗣葉は直ぐに窓を開けてくれた。
安堵したのも束の間、嗣葉は俺のコートを顔に投げつけて再び窓を閉め、カーテンも一気に閉めた。
「嗣、お土産にケーキ買ってきたから食べなさい?」
「えっ? やったぁ!」
部屋からお母さんと嗣葉の声が聴こえて来て、俺はもう中に戻れないと悟る。
身を低くして屋根を歩き、俺の家側に回り込む。
「は……、結構離れてねーか?」
距離は2メートル無いくらいか、地面なら余裕で飛べるけど高さがあるだけで恐怖感は激増する。
失敗したら怪我するって! いやいや……最悪死ぬ!
俺の家の中に明かりが灯り、母さんがの声が微かに聞こえる。
「悠人、居ないの?」
階段の小さな窓に明かりが差した。
母さんが部屋に来ちまう。
ええい! どうにでもなれっ!
俺は高梨家の屋根を蹴り、空中に飛び出した。
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