第93話 ショッピング
「これ可愛いー!」
ショッピングセンター内でクリスマスプレゼントを物色中の嗣葉が急に立ち止まってガラスケースに貼り付いた。
期待感を膨らませて俺に振り返り、おねだり体勢の幼馴染は満面の笑みを浴びせる。
は? 3万3千円⁉
「いやいや、リアルに高けーだろ?」
「別に高く無いじゃん、何十万もする訳じゃ無いんだし!」
「無理無理! 絶対にダメ!」
ショーケースに入ったペアリングをラメ入りの長い爪先で指さした嗣葉が不貞腐れて俺を睨む。
「ドリステより断然安いのに!」
「ドリステはハイスペックなゲーム機だし! こんな小さな金属の輪っかと一緒にしないでくれる?」
笑顔の中年女性店員が近づき、「着けてみますか?」と頼んでもいないのにガラス扉の鍵を開ける。
うわっ! いらんことすな!
「着けまーす!」
嗣葉がジャンプして片足を跳ね上げ、俺の腕にしがみ付く。
白い手袋をはめた店員はショーケースからペアリングを取り出して、小さい方を嗣葉に、大きいのを俺に手渡す。
薬指に指輪を嵌めた嗣葉が「あーっ! ぴったりサイズだぁ!」と俺に指をピンと広げた綺麗に反った指を見せる。
俺もしょうがなく薬指に指輪を嵌める。
「あ、ぴったりかも……」
「んじゃ、買お!」
「有難うございます」
女性店員がうやうやしく頭を下げる。
「えっ? ちょ、待て!」
「半分出す、私が悠にプレゼントするから。だから悠も半分出して?」
金、足りるかな……? 晩飯がメインイベントだと思っていた俺は早々に資金が枯渇しそうで不安が頭をよぎる。
「ペアリングって、こんな大人っぽい物買っていいのかな? 俺たち、まだ高一だぞ?」
「だって、ペアなら繋がってる気がするじゃん! ね? いいでしょ?」
至近距離で大きな目を瞬き、得意のおねだりポーズを決める嗣葉の可愛らしさは破壊力抜群、更に胸に優しくボディータッチまでされて俺の体にビリビリ電気が走る。
「いやぁ……どうかな……?」
俺は平常心を保とうと敢えて上を向き、考えるフリをして誤魔化す。
「悠と一緒に嵌めたいんだもん」
くいっと背伸びをして俺に可愛らしい顔を近づける嗣葉から良い匂いがして来て心拍数が一気に跳ね上がる。
ぷくっとした唇は少し尖っていて柔らかさそうで、この間のキスの感触が蘇って来て、またしたくなる衝動に駆られる。
肌、白っ! 上から見下ろす嗣葉の首元は細く、ニットの隙間から鎖骨が覗いていて艶めかしい、しかも綺麗な曲線を描いている大きな胸が段々接近してきて、俺は耐え切れずに数歩下がって体を離す。
「わ、分かったって!」
「ホント? やったぁ! 悠、だーい好き!」
多くの人が行きかうショッピングセンター内で嗣葉にいきなり抱き着かれ、俺はビクンとして石化する。
やられた……。
俺は気が付けば嗣葉のおねだりコンボにノックアウトされていた。
「有難うございました」
ショップの店員が通路まで出て来て指輪の入った白い小さな紙袋を俺に手渡した。
紙袋は小さいが上質な紙が使われているのが触っただけで分かるほどで、袋にはショップ名が黒い文字で立体的に印刷されている。
ドリステに比べたら安い物だが、俺は何だか物凄い高級品を買ったような気分になってしまった。
「はい、嗣葉!」
俺が紙袋を渡そうとすると、嗣葉は手を引っ込めて「なんで今渡すかなぁ」と呟く。
「えっ? 何で」
「だからさ、プレゼント交換じゃん、それ。今やる?」
それもそっか……これってクリスマスプレゼントだからシチュエーションを選ぶんだ。
ガキの頃のプレゼント交換しか知らない俺は、今日、どのタイミングで嗣葉にこれを渡すべきなのか見当もつかなかった。
その後も嗣葉に先導され、俺は女の子が好きそうな店を散々回らされ続けて夕方を迎えていた。
「あっ! ちょっとここも観たいな……」
「へ? ここ⁉ 俺、外で待ってるよ」
「え~? 気にすること無いじゃん! 他の男子も入ってるでしょ?」
カラフルな下着が山のように展示された店内に引きずり込もうとする嗣葉に、俺は石のように抵抗する。
「悠はさ、何色が好き?」
いや……そりゃ、白一択だけど。って言えるか!
「まさか白とか言わないよね? 童貞は白好きっていうけど」
目をへの字にして笑う嗣葉は俺の心を読んだかのように腕を引く。
「い、嫌だって!」
「恥ずかしがんな! こっちがハズくなるから!」
ちょっと怒った嗣葉に俺は観念して女性専用の下着売り場に足を踏み入れる。
前を行く嗣葉のヒラヒラ揺れるミニスカに思わず目が行く。確か嗣葉って今日、白い下着付けてたよな? レースのちょっとエロいやつ。
お前まさか俺が童貞って知ってて殺しに来てるのか?
嗣葉ってしたことあるのかな? 俺の知る限りでは男の陰なんて見た事も無いけど……。
いやいや。俺、何考えてんのっ⁉
「悠はさ、どんな白がいいの? 白って言っても色々あるし、黄色味ががったのから青っぽいのまで……。あ? もしかして純白?」
何勝手に俺が童貞の白好きって決めてんだよ! 実際そうだけど。
吊るされた下着のハンガーを体に当てがって俺に意見を求める目の前の小悪魔はタグを裏返して値段を確認する。
「結構安っ! サイズあるかな……」
嗣葉は下着を売り場に戻してハンガーをページをめくるみたいにパタパタ動かす。
「E の……」
は? 今、E って聞こえたけど……。
思わず嗣葉の胸を見てしまった。
水着姿も結構凄かったし、やっぱそれくらいあるのか……? じゃあ霧島さんっていったい⁉
急に霧島さんの事を思い出し、俺は少し気分が重くなった。今日、彼女はどう過ごしているんだろう? 俺ってこんなに浮かれてていいのかな……。
「帰る?」
嗣葉が手を止めて俺の顔を覗き込んだ。
「へっ⁉」
「だーって悠、つまんなそうだし」
「ち、違っ! と、兎に角下着売場は勘弁してくれないか? 嗣葉」
「おっけー。じゃ、どうする?」
嗣葉は腰に手を当てて俺に手を差し出すと、首を傾げた。
「嗣葉、上行かないか? 上」
俺は人差し指を上に向けて天井を指さした。
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