第92話 注文

「うわーっ! 凄く混んでる」

 年末を迎えた街中のショッピングエリアは平日だと言うのに結構な込み具合で真っ直ぐに歩くのすら難しい状況。

 中央駅から電車を降りて直結の駅ビルをうろつく俺たちは予想外の洗礼を受け、若干引き気味で辺りを見渡した。

 あれ? クリスマスのクの字も無いけど……。

 街中はもうクリスマスなど忘れてしまったかのように一日でお正月モードに変わっていて、ちょっと薄情な気さえして来る。

「ねえ? 軽く食べよ?」

 嗣葉が俺の手を掴んで目に付いたカフェに向かう。

「場所空いてるかな?」

 嗣葉は店内を覗き込み、空いている席を見つけると俺に早口で注文を言づける。

「私、抹茶マロンクリーミーラテのMでパインサンドとフランクドーナツの穴無しね?」

「え⁉ はい?」

 店の奥の空いた席を確保しに行く嗣葉は俺に宇宙語みたいなメニューを告げていなくなる。

 は? 今なんて言った? 抹茶パインドーナツの穴がどうとかって、意味不なんだけど……。

 俺は焦って嗣葉にSNSで確認のメッセージを送ろうとスマホを上着のポケットから取り出した。

「次のお客様、お待たせいたしました。店内でお召し上がりですか?」

 スーツのようなカッコいい制服のお姉さんに聞かれ、俺は嗣葉の言ったことが頭の中から消し飛んだ。

「あっ、はい……えっと……」


「2630円です」

 ぐはっ! そんなするっ⁉ こないだ嗣葉と食ったとんかつより高けーんじゃねーの?

 いやいや大丈夫、俺はバイト漬けで金持ちだろ? 多分……。

 綺麗なお姉さんに現金を渡し、隣に移動してエスプレッソマシーンを操る渋いオジサンの手元に注目している俺は、恐らく嗣葉の注文を間違えている。

 手際よく店員さんがトレイに皿とナプキンを並べ、紙コップとドーナツを次々乗せるのを俺はジッと眺めた。

 こういうバイトもいいな、なんかカッコいいし。

「82番のお客様、お待たせいたしました、商品にお間違いはないでしょうか?」

「……はい」

 引換券を渡した俺はトレイを受け取って嗣葉を探す。

『商品にお間違え』って、そもそも何を頼んだのかすら分からないって!

 店の奥で嗣葉を見つけ、近づくと見知らぬ若い男と嗣葉が話をしていて、嗣葉は苦笑いで手のひらを顔の前でヒラヒラ横に振っていた。

 はぁ? ナンパかよ? しかも俺よりイケメンだし。

「お待たせっ!」

 俺はワザと大きな声で嗣葉に近づいた。

 若い男は俺を一瞥すると、マジかよと言っているような顔でその場を離れて行った。

「人気物だな?」

「ほんと鬱陶しい! 街に出たらいつもこうだよ」

「声を掛けるなんて勇者だよ? みんな嗣葉が可愛いって思ってるけど話し掛けられないんだから」

 俺は雑踏が見える窓際の角席に座る嗣葉の隣に腰かけて、トレイを彼女の前にスライドさせる。

「ん? なにこれ?」

「抹茶のパインの何とかだよ」

「ぜんぜん違うじゃん! 一つも合って無いし!」

 眉をヒクつかせた嗣葉は勘弁してよと言わんばかりに大きなため息を付く。

「はぁ~私がバカだったかぁ。悠に頼んだのが間違いだった」

 金髪の前髪に指を通し、嗣葉は呆れたように遠い目をする。

 口が尖った嗣葉がトレイに乗ったドーナツをチラ見して、俺もチラ見する。

「どれどれ? 悠チョイス、試してみますか?」

 半透明な紙でドーナツを掴み取ると嗣葉は小さく一口かじり、一瞬止まるとまたハムハムとドーナツを一気にかじる。

「なにこれ美味しい! 当たりだよ悠!」

 指についた緑のチョコを舐め、嗣葉は金髪を揺らしてニシシと笑う。

「サンキュ、悠。新しい味発見しちゃった!」

「それはどういたしまして」

「んで、これ何てやつ?」

「ん? 知らんけど」

「は? レシート見せて」

 嗣葉は手のひらを差し出した。

「いや、捨てたし……」

「はぁ~最悪っ!」

 ムッとした嗣葉が俺の顔を見て止まり、プッと噴き出す。

「でも、これが悠か」

「な、何だよ!」

 俺は珈琲をすすりながら怪訝な顔で彼女を眺めた。

「アンタと居るとほんと楽しっ!」

 ニコッと笑った嗣葉に、俺の胸がキュンとしてしまった。

 やば。俺、今、すっげードキドキしてる。

 顔が火照るのを感じた俺は誤魔化すように頬杖を付いて外を眺める。

 なんだ今日の嗣葉、朝からずっと可愛いんだけど。

「こっちも食べていい?」

「あ? 食えば?」

 俺はワザとぶっきらぼうに返した、自分の顔がだらしない気がしたから。

 小動物のようにドーナツを食べる嗣葉はまるで天使で、俺を天国に連れて行ってしまいそうな錯覚を起こしそうになる。

 景高の男子全員に恋の魔法をかけた嗣葉の魔力は本物。俺は今日、初めてそれを知ってしまった。

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