第91話 デジャブ
これで良かったんだよな……。
自宅に帰った俺は、うつ伏せになってベッドの上で枕を抱えていた。
「紗枝ちゃん、ごめん……」
いつの間にか枕が濡れていた。この感情は嗣葉と修復不能になった時と同じ、辛くて重苦しくて、胸の奥に取れないトゲが刺さっているような感覚……。
他の方法って無かったのかな?
たらればだ、俺は霧島さんじゃなくて嗣葉を選んだ。
でも、変な感覚だ。嗣葉も霧島さんも俺と付き合っていた訳では無いし、結果、嗣葉と俺はお互いを好きだと確認しただけ……。
なんだろう……これ?
俺は寝返りをうち、天井をぼんやり眺めた。
……足りないのは宣言?
そっか……俺、嗣葉に宣言してないんだ……。
明日、伝えよう……嗣葉に、俺の揺るぎない気持ちを。
でも、どこで、どうやって告げたらいいんだ?
やっぱり少しは格好良くやりたいよな。
緊張することも無いだろう、きっと嗣葉は俺を受け入れてくれるはず。
明日のデートの事を考えて延々とどう過ごすか考えているうちに俺の瞼は重くなり、再び瞼を開いた時には朝を迎えていた。
◇ ◇ ◇
ドスドスと階段を上がる足音が聴こえた。
布団の中で眠い目を擦り、ベッドの上で天井に向かって腕を伸ばす。
「眠っ……」
俺がポツリと呟いた瞬間、部屋のドアがバーンッ! と勢い良く開いた。
「いっ⁉」
ドキンと体が飛び跳ねる感覚がした時、聞き慣れた幼馴染の大声が響いた。
「ちょっと悠っ! いつまで寝てんのよっ!」
12月だというのにミニスカ生足姿の嗣葉が部屋に侵入し、俺の布団を引き剥がして大股で仁王立ちする。
嗣葉は気合の入ったデートコーデでこの日の為に新調したであろう可愛らしいガーリーな佇まいで、茶色いチェックのミニスカに網目の大きい白いニットを着ていた。
えっ⁉ すっげー可愛いんだけど……。
こんな娘と街を歩いたらすれ違う全ての男から視線を奪い、俺には嫉妬の視線を向けられるのは間違い無しだろう。
ベッドの傍に立つ嗣葉は寝ている俺から見上げる格好となり、ミニスカから白いレースの下着が覗いていて目のやり場に困ってしまう。
「つ、嗣葉さん……今、何時……かな?」
俺は彼女の下着を見ないように起き上がり、花のような良い香りを漂わせている美少女を見上げる。
「11時! 早くしてっ! 悠と遊ぶ時間がなくなっちゃうでしょ?」
「うげっ! もうすぐ昼じゃねーか! なあ嗣葉、やっぱり出掛けるのは午後からにしないか?」
顔を顰めた嗣葉はおもむろにスマホを取り出して画面を何度かタップして言った。
「はぁ? おかしいなぁ〜? ここにはこう書いてあるけど? 『嗣葉、俺は君といつも一緒にいたい、色んな所に出掛けて――』」
「うわああああっ! 読むなって!」
俺がSNSでクリスマス前に送った恥ずかいメッセージを嗣葉が読み上げ、俺はそれをかき消すように大声を被せる。
「じゃ、早く着替えて!」
嗣葉はしっとりとした温かい手で俺の手のひらを掴んで、ベッドから引き起こす。
何だか今日の嗣葉は機嫌がいいみたいだ。怒っているようで怒っていない、いつもの俺の知っている幼馴染そのもの。
嗣葉は部屋のカーテンを勢い良く開け、学習机の椅子に腰を下ろすと長い脚を組んで腿に頬杖を付きながら俺を見つめる。
クローゼットを物色する俺は適当に服を取り出して嗣葉の存在を気にしながら着替え始める。
「なんでそれ着るかなぁー? 色合いがおかしいでしょ!」
背中から声が掛かり、俺は振り向いて嗣葉を見て固まった。
嗣葉は立ち上がると俺の乱雑に積み重なった服の山を崩してコーディネートを色々試す。
「う~ん、こっちかな? でも何か皺しわだし! ちゃんとハンガーに掛けときなさいよね? 他にないかなぁ……。やっぱアイロン借りて来るか……」
部屋を出て行った嗣葉は階段を下りて行き、「お母さ~ん!」と呼ぶ大きな声が一階から聞こえた。
「え? アイロン? なんだか悠のお嫁さんみたいね?」
「いやだぁ、お母さんてば!」
「今日はなんだか一段と可愛いわね? ほんとウチの息子には勿体ないわ」
ケラケラと笑い声が響き、俺は部屋から耳をそばだてた。母さんが余計な事を言いそうでソワソワして来る。
階段を上がって来た嗣葉に俺は平静を装って鏡の前で髪を整えるフリをする。
「悠、髪跳ねてるよ?」
「あ? う、うん」
「ここ、座って!」
嗣葉は俺を学習机の椅子に座らせ、机に鏡を置いて俺の髪をブラシでとかし始める。
「ちょ、いいって! 自分でやるから!」
「ダーメ! 今日はカッコよくしてくれないと嫌だし」
霧吹きで俺の髪を濡らし、手節で髪を整えてくれる嗣葉に何だか俺はドキドキしてしまって抱きしめたくなって来る。
整髪料を手に取り、俺の髪に軽くなじませる嗣葉の指先が心地いい。毛先をねじってちょっと遊ばせた感じが自分でも少しカッコよく見えて来る。
「うん、これで良し!」
えへへと笑う嗣葉は終始笑顔で俺を癒し、床にペタン座りで服にアイロンをかけ始めた姿はまるで俺の奥さんになったような錯覚を起こす。
何だかんだで準備が整ったのは12時ちょっと前で、二人は自宅前の歩道を横並びになって駅を目指して歩き出した。
「今日はどっしようかな~? 悠がモタモタするからおなか空いたし」
飛び跳ねた嗣葉がいきなり体当たりしてきて俺はすっ飛ばされて車道に転びそうになりながら手を付く。
歯を食いしばって満面の笑みを見せる嗣葉が俺に手を差し伸べる。
「早く行こ?」
俺を引きずるように引っ張った嗣葉は駆け出してケラケラ笑う。
「悠っ! 置いてくぞー!」
「待てよ嗣葉っ!」
「待た~ん!」
いつもの風景、俺は嗣葉の背中を全力で追いかけた。
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