第87話 激務
24日、バイト先。
目が回るとはよく言ったものだ。
この言葉を思い付いた人に俺は同情するよ。
今日は激務、知ってたけどちょっと想像を超える忙しさだ。
バックヤードには香水のキツイおばさんが一人せっせと段ボール箱を開けて商品を在庫棚に並べている。おばさんと言っても結構綺麗で若い頃はモテたに違いないその人は店長の奥さんで、今日はヘルプで臨時出社している、しかも一応専務という肩書があるらしい。
霧島さんはレジに張り付き、指先が早さで見えないくらいの手さばきでレジを打ち、俺は予約伝票を受け取って棚から商品を探す。
店長は売れたゲームパッケージの見本を棚に戻し、ゲームのアクセサリーやキャラクター商品を補充する。
ぶっ倒れそう……俺、この狭い店内で何キロ走ったんだ?
流石にそれは言い過ぎだけど、感覚としては開店してから数時間ずっと駆け足だ。
クリスマスイブの浮かれ気分とは程遠い激務は俺をハイに仕立て上げ、段々ヤケクソのような良い気分になって来て疲れを麻痺させる。
霧島さんも顔が赤い、レジ打ちしてるだけでのぼせているみたいだ。
「悠ちゃん悠ちゃん?」
店長の奥さんが俺をバックヤードで手招きしている。
「休憩して、ね?」
「あ、はい……」
ロッカールームに入るとテーブルにちょっと高そうな紙箱に入ったお弁当が積んであり、デザートのプリンもガラス瓶にに入った特別な物だった。
「えっ⁉ これ、いいんですか?」
「今日と明日は特別よ? こき使うから栄養摂りなさい!」
店長の奥さんはそう言って微笑み、店内に戻って行った。
俺は早速弁当を頬張ってスマホを眺めると丁度博也からメッセージがタイミング良く届き、内容を確認しに行く。
『嗣葉ちゃんからリアクションあったろ?』
よくもまあ、そんな自信有りげに聞いてくるな……。
「来てねーよ!」
思わず声が漏れた、タイムリミットはとっくに過ぎているし、今朝見た時だって俺の送ったメッセージは既読にはなっていない。
だけど……一応……。
俺は嗣葉の名前を押してメッセージを確認しに行く。
やっぱりな……、知ってはいたが落胆する。
嗣葉は俺のメッセージをガン無視のまま、既読は付いていない。
俺はその画面をスクショして博也に送る。
『嘘だろ?』
博也からのメッセージはそれで終わり、慰めの言葉くらいあるのかと少し待ってみたが返信は無い。
「逃げやがったな? 言い出しっぺのくせに……」
とは言ってみたものの、嗣葉に響かない文章を作って送ったのは俺だし仕方ないか……。
全責任は俺にあって博也ではない。
『ありがとな博也、吹っ切れたよ』
俺はメッセージを手短かに送り、スマホをテーブルに投げ捨てて弁当を一気に飲み込んだ。
「旨っ!」
デザート付きとは気が利くな……。
甘いものを体内に摂り込み、HPが回復した気がして俺は立ち上がった。
霧島さん、大丈夫かな?
俺は彼女が忙し過ぎてテンパってるんじゃないかと気が気でなく、早速売り場に戻る。
「あれ? まだ大丈夫だよ?」
少し客が引けたタイミングだったのか霧島さんは余裕の表情で俺を出迎える。
「俺、もう食ったから紗枝ちゃんも休んで」
「うん、ありがと」
バトンタッチとばかりに彼女と軽く手のひらを合わせ、攻守交代だ。
昼過ぎから夕方までは忙しいと言ってもそれ程では無かった、だけど夜になるとお父さんらしき人達がひっきり無しに来店し、店内スタッフ全員がアップアップの窒息寸前のような状態に陥っていた。
物は飛ぶように売れ、レジには絶えず行列が出来ている。売り切れの札を商品棚に貼り付けると絶望した客から小言を言われ、お土産の苦笑いを返す。
だから予約しろって!
心の中で叫んでいると「すいませーん」と客に呼ばれて駆け足、そんな事を繰り返して閉店時間を迎えた俺と霧島さんに店長が「お疲れ!」と大入り袋を手渡した。
「疲れた〜死にそう……」
「うん。私も、もうクタクタだよ」
レジカウンターの裏で座り込む二人に店長が近づき、「明日も頼むぞ?」と俺の背中をバチンと叩く。
「店長、バイト辞めてもいいですか?」
俺は疲れ切った顔で店長を見上げた。
「水無月君、監禁しようか?」
急に目がすわった店長の態度に、今の言葉が冗談なのか分からなくなる。
「明日も頑張ります!」
満点の解答を導き出した俺に、店長がうんうんと頷く。
「紗枝ちゃん、帰ろうか?」
「そうだね? 早く着替えよ?」
俺と霧島さんはロッカールームに向かった。
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