第88話 交錯する思い
「悠君。明日、私の家でクリスマス会やるから来てくれる?」
ワンアップから出た途端、霧島さんが俺のコートの袖を掴んて言った。
「えっ? 明日ってバイト終わってからって事? そんな遅くに家に行ったら迷惑じゃない? 俺はてっきり26日にするのかと思ってたんだけど……」
「その事なんだけど……」
霧島さんは一人歩き出し、慌てて俺は自転車のスタンドを外して追いかける。
「あっ! 雪っ! もしかして明日はホワイトクリスマスかな?」
歩道を曲がり、霧島さんは歩みを止めないから俺は家と逆方向だけど着いて行く。
「ちょ……、紗枝ちゃん?」
自転車を押しながら彼女を追いかけると、霧島さんは街灯の下で振り向き、お尻に手を組んで前のめりになると俺の顔を下から見上げた。
「明日、泊まっていかない? 次の日、お休みだし」
街灯の明かりでスポットライトに照らされたような霧島さんは、まるで静止画みたいに俺の様子を伺っている。
「は……⁉」
泊まってって聴こえたけど、聞き間違いじゃないよな……。
「私の予想では、悠君はクリボッチ! でしょ?」
顎に指を当て、自信有りげに彼女は聞いた。
「いっ⁉」
「だって悠君、私で保険掛けてたでょ? 誰かさんとの予定が埋まらないから。じゃなきゃ、サッサと断ってるはずだし」
誰かさんって……バレてたか。
「いや……泊まりは流石にマズいんじゃ……」
俺は頬を掻きながらチラチラと彼女の様子を伺う。
「明日、両親居ないし、大丈夫だよ? じゃ、決まりでいい? 楽しみだなぁ……」
「いや……ちょっ……考えさせ――」
「じゃーね? また明日、悠君っ!」
霧島さんは大きく手を振ると、白い息を吐きながら走って行った。
は? 逃げられた……。
と、泊まりは絶対にダメだって! だって泊まったりしたら……。
ベッドの上で彼女がパジャマのボタンをゆっくり外すシーンが勝手に脳内再生される。ピンクのパジャマが肌け、赤いレースのブラに包まれたしっとりとした白い肌の美しくも大ききな双丘が顔を出し、霧島さんは背中に手をやってブラのホックを外し、押さえつけられていた大きな胸が弾けるように緩んだブラから溢れ出す。
両手を伸ばした彼女は濡れた瞳で俺を見つめながら手首を引っ張って…………。
『して……悠君……』
霧島さんのいやらしい声まで聞こえて来て、俺は寒空の下で思わず天を仰ぐ。
頭をブンブン振って脳内再生を一時停止させ、妄想をかき消そうと自分の頬を両手のひらで強く叩く。
今のはヤバいだろ、リアルに有り得そうだし……。
ドッドッドッと鼓動が高鳴り、健全な男子高校生の血流を要らぬ方向に循環させる。
と、取り敢えず落ち着けって!
俺は一気に息を吐きだした。
てか、開催は決定されたんだっけ? 一方的に……。
「どうすんだよ、マジで!」
雪がちらつく中、俺は空に叫んだ。
ま、まあ待て、まだ時間はあるし考えろ。
自転車に飛び乗り、俺は明日どうすべきか色々なシチュエーションを考え、結果をシミュレーションする。
家までの数十分、あらゆる角度から霧島さんとのクリスマスの過ごし方を考えてみたけど妄想が邪魔をして考えは一切纏まらなかった。
段々雪が多く降ってきて地面をシュガーレイズドしたドーナツみたいに白くし、俺は曲がり角で自転車の後輪を滑らせてあっけなく転んだ。
「痛ってー! 最悪…………」
自宅近くの公園の角で転んだ俺は雪で濡れた服を眺めて溜め息を付く。
夜の10時過ぎに誰も居ない路地で自転車を引き起こしていると急に情けない気分になってくる。
「服、きったねー!」
体の右側面だけ泥汚れが付き、気が滅入る。
そう言えばここの公園に蛇口あったよな?
俺は膝の高さほどの石垣を乗り越えて公園の中を散策しながら蛇口を探す。
「懐かしいな……この公園」
昔良く嗣葉と二人で遊んだ公園は成長してしまった俺には縁遠い場所になっていて、家の近くなのにもう何年も中に足を踏み入れていなかった。
遊歩道の分岐点に水飲み場を見つけた俺は駆け足でそこへたどり着くと蛇口をひねる。
「うわっ⁉ 冷てっ!」
勢い良く吹き出す水は冷気で冷やされて肌を刺すように冷たい。
泥だらけの手を洗い、袖口の汚れを手で拭う。
取り敢えず手のひらから血は出てないし、綺麗になったから家に帰って着替えよう。
蛇口を締めた時、近くで何かが軋む音が聞こえた気がして俺は動きを止めた。
ん? 気のせいか……?
頭を左右に振って辺りを確認したが周りには遊具エリアを仕切る林があるだけ。
「帰っか……」
自転車を乗り捨てた位置まで戻ろうと歩き出した時、林の向こう側からキィキィ金属が軋むような音が聞こえてきて、俺は何となく耳をすまして音に吸い寄せられるように林の中に足を踏み入れる。
誰か居るのか? こんな時間に……。
靴底から柔らかい感触を感じながら林を抜け、遊具エリアに出ると、ブランコに腰掛けた女子の背中が見えて俺は立ち止まった。
えっ⁉ 誰っ?
土の地面は真っ白で、彼女の頭と肩にも雪が積もっている。
公園の街灯はぼんやりと暗く、雪が光りを反射して彼女の周りだけを照らしているようだった。
雪が降っているのに彼女は軽装でミニスカから生足が覗いていて見ているだけで寒さが込み上げる。
こんな時間に何やってんだよ……しかも一人で俯いて……。
俺は思わず後ずさりをした。
その時足元で枝を踏み、無音の空間にパキッと音が響く。
「誰っ?」
聞き覚えのある声が響き、振り向いた彼女の姿に俺は絶句して固まり、二人の間に微妙な空気が流れた。
「……えっ⁉ ……何で……」
そこには寒さで鼻先が赤くなった嗣葉がブランコに座っていて、目を大きく見開いた薄茶色の綺麗な瞳が俺を見つめていた。
「悠……なの……?」
嗣葉は口をパクパクさせていたが、言葉が見つからないのか驚きの表情で俺を見つめるだけ。
「何やってんだよ……嗣葉……」
俺はゆっくりと彼女に近づいた。
「べ、別にアンタにカンケー無いでしょ!」
プイッと顔を背けた嗣葉はブランコから飛び降りて早足で歩き始めた。
「待てって!」
俺が正面に回り込むと、嗣葉は「邪魔だからっ!」と大きな声を出す。
「何だよ……泣いてたのか?」
目の周りを赤く腫らした彼女の顔を覗き込むと、嗣葉は逃げるように近くの遊具の樹脂で出来たカラフルなトンネルに飛び込んだ。
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