第85話 作戦

 自宅に帰った俺はベッドに腰かけ、スマホを握り締めてダメ元で嗣葉に送る長文メッセージを作っていた。

 博也が一つの解決策を提案してくれていたから。

『――だから嗣葉、君に会いたい』

 何度も読み返し、誤字脱字もチェックして文末を纏め、あとは送信するだけ……。

 彼は『もう謝るのは止せ』と言った。

 目から鱗だ、俺はいつも嗣葉に謝って解決策を探る行為を長年続けていて、時には俺は全く悪く無いのに謝ったりもしていたから。

『だって、嗣葉ちゃん、お前のこと大好きだろ? 傍から見たって分かるって!』

 そうなのか? だけど博也の分析なんて当てにならないぞ。

『嗣葉ちゃんて基本ツンデレだろ? 今はツンツンしたい時なんだって』

 嗣葉がツンデレ? ツンは合ってるけどデレは無いだろっ!

 なんか心配になって来た、こんな文章送って大丈夫かよ?

 俺が作った文章には謝罪の言葉は一切なく、ただ会いたい、話したい、今までみたいに……そんな感じだ。

 タイムリミットはクリスマスイブ前日の放課後までに設定、これも博也の指示による。

『ツンツンしてる娘は焦らすのが一番、時間切れの設定があれば焦って食い付いて来るって!』

 彼女が居ない博也に色々言われ、話半分で聞いていた俺だけど……最終的に二人で出した結論だ、だから結果責任は俺にある。

 結果、嗣葉を炎上させてもこれ以上困る事も無いだろう。

 行くぞ!

 俺はSNSで作ったメッセージを嗣葉に送信した。


 ◇    ◇    ◇


「どうだった?」

 翌朝、教室に入ると博也は俺の顔を見るなり聞いて来た。

「反応無し」

「へぇ? 相変わらずツンツンしてるねぇ」

 博也は、机の縁に腰かけて友達と談笑する嗣葉を横目に言った。

「いや、ツンツンって、見てくれて無いんだけど……」

「いや、見てる! 絶対に悠人から通知が入ってることは知ってて無視してるんだって。通知が入ったらマーク付くだろ? 今時のJKが気が付かない訳が無い、『私は好きな男からメッセージが入ったからって易々と飛びつきませんよ』ってプレイだって」

「何だよそのプレイ、そんなの聞いたこと無いぞ?」

「駆け引きだって、焦んなよ」

 俺の肩を軽く抱き、彼は余裕の笑みを浮かべた。

「ブロックされてるって事は無いか? ブロックされたら送信は出来るけど既読にならないだろ?」

「無いね! 激ギレして泣くなんてお前のこと気になってしょうがない証拠だぜ、絶対にブロックなんてしない」

「ホントかよ……」

「多分な……ブロックするくらい嫌われてんなら泣いたりしないで無反応じゃないか?」

 博也は俺の肩をポンポン叩いて笑顔を見せた。


 ◇    ◇    ◇


「三日後かぁ、クリスマスイブ」

 霧島さんはレジで俺を横目で眺めた。

「あははは、そうだっけ?」

 クリスマスイベントへの個人的カウントダウンはもう始まっていて、霧島さんは俺に圧力をかけて来る。

 何時までも誤魔化しきれないぞ、霧島さんは俺を確実に誘っている。だけど俺は嗣葉の当てのない返事を待ってしまっていて彼女の期待に応えることが出来ずにいる。

「そうそう、クリスマスはかき入れ時だからな!」

 背後から店長が現れ、満面の笑みで俺と霧島さんの肩に手を乗せてグイグイと怪しげなマッサージを施す。

「大入り袋出すからよろしくな?」

「はぁ~最悪だよ……何でクリスマスまでフルで出勤なんですか?」

 霧島さんがげんなりしながら店長を睨む。

「冬休みは稼ぎ時だろ? お正月も頼むぞ!」

「店長! 何時になったらバイト増やすんですか?」

「募集はしてるんだけど……このご時世、無理っ!」

 浮かれたオッサンが顔の前で腕をクロスさせ、一人おどける。

 時給上げろよ! 人材獲得合戦に負けてんだから!

 どっちにしろ俺はイブもクリスマスもフル出勤、イブは冬休み初日で悪運も重なっているからな。

 こんなんじゃ万が一嗣葉からオーケーの返事貰っても会う暇無いって!

「店長! 26日は絶対に休ませてもらいますからっ! ね? 悠君!」

「あ? う、うん……」

 何か知らんけど俺は26日に休むことは前々から決まっていたんだった、霧島さんがクリスマス出勤の交換条件に出した翌日の休暇、店長は渋ったが霧島さんは『じゃ無きゃ辞める』と思ってもいない交換条件を出して、その休みは何故か二人で取る事になっていたんだ。

 多分この設定は霧島さんが俺と過ごすために獲得したのだろう、26日が休みと決まってから彼女は俺に何度もその日は暇かと聞いて来たし。

 だけど、バイトの帰り際、霧島さんは俺の耳元でこう囁いた。

「クリスマスイブの夜、開けといてね?」

 これってどういう……夜っていったいどの程度の事を言ってるんだろう?

 笑顔で別れた霧島さんの背中を見送り、俺は想像を膨らます。

「まさか一夜って事は無いよな……」

 バ、バカか俺はっ!

 俺は寒空の下、自分の頬を両手でパシパシと叩いた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る