第84話 探り

 翌日、一人で登校して教室に入ると皆が俺をチラチラ見た気がして何となく足を止めた。

 何だ? この感じ……。

「水無月~っ! 気にすんなって!」

 背後からいきなり冴島に肩を組まれ、制服の胸を平手でバシバシ叩かれる。

「何がだよ?」

「お前には荷が重すぎたんだって! 幼馴染ブースト使っても高梨みたいな高値の花は水無月には釣り合わないって! クリスマス直前で気づいた高梨にはホッとしてるぜ! お前に高梨の純潔が奪える訳はねーけどな」

 そうか……嗣葉と俺が破局したのは周知の事実となったわけか。

 リークしたのは嗣葉本人か木下って所だろう、だけど嗣葉的には公にしたら面倒なコクり合戦が再開してしまって迷惑なはず。

 それとも本気で彼氏を作る気になったとか?

 もう言葉を交わす事は無いであろう嗣葉の気持ちは俺には分からない、俺は嗣葉と今直ぐにでも仲直りしたいけど、彼女にその気は微塵も無いようだしこの結果は必然。

 嬉しそうな冴島の腕をを振り払い、俺は自分の席に座って嗣葉の席に目をやる。

 机の上に鞄が置いてあるから嗣葉はもう登校していて、多分木下と何処かでじゃれ合っているのだろう。

 もう関係ない……。

 俺がカバンを机の横のフックに掛けると博也がそそくさと前から駆け寄って来て耳元で囁いた。

「お前と嗣葉ちゃんが別れたって噂、校内中に蔓延してるけど本当なのか?」

「みたいだな?」

「はぁ? 『みたいだな』って他人事みたいに……」

「そもそもアイツと付き合ってたってのは偽装な訳で、その契約が解消されたってだけだよ」

「本気で言ってるのか? お前。嗣葉ちゃんはフリだけで悠人と仲良くしてたんじゃないだろ? それくらい自覚してたんじゃないのかよ!」

 博也は俺の肩を抱き、グラグラと揺すった。

「知らねーよ! だいたい俺には拒否権が無かっただけだし、一方的に偽装恋人させられてただけだって」

「それでいいのかよ?」

「ああ、せいせいするね」

 俺はそれ以上その話をしたく無くて、教室の窓に顔を向けて頬杖を付く。

「じゃあ、俺が嗣葉ちゃんと付き合ってキスしても文句は言わないんだな?」

 言われた途端、俺は博也を睨んでいた。

「ははっ! 怖い顔しやがって、未練たらたらじゃねーか? お前も強がって無いで俺に話して楽になれよ」

 背中を博也に叩かれ、俺は鬱陶しさの中に少しだけ心のモヤモヤをさらけ出したい衝動に駆られてしまった。

 博也に愚痴ってもしょうがないけど、俺はこの問題を一人で抱え込むのに限界を感じていたのも事実、この目の前に居る恋愛経験の無い呑気な親友に相談する価値があるのか分からないけど、俺はその日の放課後、博也に感情を吐き出してしまった。


 ◇    ◇    ◇


「たくっ、お前の自業自得じゃないかよ! そりゃ嗣葉ちゃんも怒るって。しかし悠人も隅に置けないな? ちゃっかり二人に手ぇ出してるとは……」

 博也は眉間に皺を寄せて背もたれに背中を預け、腕組みで俺を苦々しく見つめる。

「別に手なんか出して無いって!」

「お前っ! 美少女二人の唇を奪っておいてよく言うぜ……で? どこまでヤッた?」

 博也は前のめりになって眼鏡の顔を俺に急接近させた。

「近いって!」

 俺はファストフード店の小さなテーブルを挟んで向かい会って座る博也の肩を押し返して座らせる。

「別に……何もしてねーし!」

 俺は詳しく聞いて来そうな博也から体を背け、ハンバーガーを一口かじる。

「はぁ? あんな美少女眼の前にして何もしてないのかよ⁉」

 声がデカいって! だいたい何なんだ? この事情聴取みたいのは。

「事故みたいのはあったけど……いや、何でもない」

 やっぱり博也に相談するんじゃ無かった……。

 俺はアホらしくなって彼から体を真横に向けてハンバーガーを咥えた。

「教えろ〜っ!」

 いきなり背後から腕で首を締められ、俺の口からハンバーガーが落下する。

 お手玉のように慌ててハンバーガーをキャッチして俺は博也の腕をタップする。

「わ、分かったって! 言う! 言うからっ!」

 博也の興味を刺激してしまった俺は観念して重い口を開いた。


 それから数十分が経過……。

 しつこい、しつこすぎるぞ。

 博也は食い入るように身を乗り出し、俺に次々と質問を浴びせていた。

「はぁ⁉ 二人の胸、揉んだだと? 生か? 生でか⁉」

「バ、バカっ! 声がでかいって!」

 俺は慌てて周囲を見渡した。ここは景高から一番近いファストフード店、同じ制服の女子も近くに座ってるんだから勘弁してくれ。

 俺は人差し指を唇に当て、声を抑えるように博也に促す。

「どういう事だよ、おいっ!」

 男同士が顔を近づけ、コソコソ話をしている絵ずらが妙なのか、周りの女子からの視線を感じる。

「だから、事故だって言ってるだろ! 転んだり、手が滑って服の上から胸掴んだだけだって!」

「と、どうだった? 感触っ!」

「なんかこう……水風船的な……?」

 俺は手のひらを軽く丸めて当時の感触を確かめる。

「って、何の話だよ、これっ⁉」

「情報収集だって! もっと、もっと他に無いのかよ?」

 俺の目の前の同級生の血走った眼に俺は腰が引けて視線を落とし、俺は呟くように言った。

「嗣葉より紗枝ちゃんの方がキスが激しいとか……」

「えっ⁉ 逆じゃないのかよ! 他は? なんか無いか?」

「だ、たからっ! これって何の話だよっ!」

「詳しく聞かないと相談に乗れないじゃねーかっ! 次、次っ!」

 どうやら俺は相談相手を間違えたらしい。

 俺はその日、博也と夕方まで語り合った。話は脱線しまくって、どこまで彼が本気なのか疑わしかったけど……。

 だけど、まぁ……気分は少し晴れたかな。

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