第82話 待ち伏せ
本当の事を伝えよう……。
俺は放課後、高校の駐輪場からバイト先に電話を掛け、店長にシフトを急遽変更してもらうと全力で自転車を走らせて自宅へと向かった。いや、細かく言うと向かっているのは自宅ではない、高梨家の玄関に嗣葉より先に帰って彼女を待ち伏せる、そうでもしないと嗣葉は絶対に俺に会ってくれないから……。
嗣葉はバス通学、バスの方が無論自転車より早いのだが、経路は自転車通学よりも遠回りだしバス停からは歩きだ、最短距離で信号を無視して自転車を走らせれば俺にも勝機はある。
「絶対に負けねーぞ嗣葉っ!」
一方的な宣戦布告を叫び、俺は弾丸のように全力で走った。
暑い……。外気温は肌寒いのに体がじっとりと汗ばんでいる。
多分勝ったと思う、バスと嗣葉に。
俺は冷気を吸い込み続けた肺と真逆の火照った体に違和感を覚えながら自転車を降りて高梨家の玄関前にしゃがみ込んだ。
あーっ、何だか具合悪っ……。
そりゃそうだ、もう年の瀬も迫った12月、だけど俺は一年間で一番の運動を今日してしまったからだ。
辺りはもう薄暗い、最近は日も短く下校時にちょっとでも寄り道すればもう真っ暗だったりする。
そろそろか?
俺は冷気で冷やされた汗に身震いしながら嗣葉を待つ。
だけど、俺の期待に反して嗣葉はいつまで経っても帰って来なかった。
「寒っ!」
1時間以上寒空の下で待つ俺の口から白い息が漏れた。
耐えられねーっ! どうすっかな? 嗣葉はいつ帰ってくるか分からないし、俺も一回家に帰って部屋の窓から嗣葉を見張るか? しかし、嗣葉が家の中に入ったら絶対に会ってはくれないだろうし……家の中から見張るのは間に合わない可能性が高い。
ここは耐えるしか無いぞ!
俺は自分に言い聞かせ、真っ暗になった高梨家の玄関先に腰掛けて嗣葉を待った。
◇ ◇ ◇
「し……ぬ……」
寒さと疲れで意識が朦朧とした時、高梨家の玄関に明かりが灯り、俺はぼんやりと顔を上げた。
今、何時だよ……。
スマホを上着のポケットから取り出して時間を確かめるともう直ぐ7時半、俺はどうやら3時間ほどここに居たらしい。
無理か……? 無駄な事なのか?
俺の心の中で葛藤と言う名の綱引きが始まる。
その時、道路から鼻歌交じりの呑気な声が聴こえて俺はハッとした。
「はぁ〜歌い過ぎて喉痛っ!」
高梨家の門を潜った嗣葉がミニスカ制服姿で俺の前に現れ、俺を見た途端、靴をズサッと鳴らして飛びはねるように驚いて大きな声を出した。
「ちょっと! 驚かせないでよ、そんなところに居たら怖いからっ! 早く退きなさいよっ!」
嗣葉は俺を手で追い払うように腕を乱暴に振り、鍵を鞄から取り出す。
「嗣葉、さっきの続きの話しをしたいんだ、聞いてくれないか?」
俺は立ち上がって嗣葉の前を塞いだ。
「もういいって! アンタは霧島ちゃんとイチャついてればいいでしょ! 私に話し掛けないで!」
俺は意を決して誕生日当日の出来事を話し出した。
「あの日、俺……紗絵ちゃんにいきなりキスされて動揺して……」
嗣葉は俺の言葉に一瞬目を見開いて体をピクンと反応させた。
「そのあと、直ぐ嗣葉が現れたから俺……戸惑って思わず隠して……」
「何で隠すのよっ! 私、あの日霧島ちゃんが悠と会ってたって知ったのに隠されてショックだった! 秘密なんだって……私に言えないことしたんだって……」
「ごめん……」
「だけど、悠の誕生日だから我慢したのに……。私のサプライズは空振りだった! 霧島ちゃんのキスに比べたら全然ダメだった!」
玄関前で大きな声を出し、嗣葉は腕を振り回して俺を大きな目で睨み付ける。
「俺が嘘をついてしまったのは……多分、君が好きだから」
思いがけない言葉が自分の口から零れ、俺は嗣葉から視線を逸らしてしまった。
「多分⁉ そんなんで好きとか言わないでくれる? 私が好きなら何で霧島ちゃんとキスしてんのよっ!」
嗣葉の瞳が急激に潤み、玄関前の明かりに反射してキラキラと輝き、今にも涙が零れ落ちそうだ。
「それは……俺からしたんじゃ無くて……」
「聞きたくないっ! そんなのズルいよっ! 言い訳だよ!」
嗣葉は耳を両手で塞いで叫んだ。
「悠なんて大っ嫌い!!」
嗣葉は急いで鍵を玄関ドアのキーシリンダーに差し込んでドアを開け、瞬間、俺は開いたドアを腕で押さえて閉める。
「クリスマスは君と過ごしたいんだ」
「は? バカじゃないの? 今更遅いっての!」
歯を食いしばり、キッと俺を睨み付けた嗣葉の瞳から大粒の涙がボロボロと零れ出し、俺は交渉が最悪の結果になったと悟る。
「じゃあね、さよなら」
そう言って嗣葉はドアを開け、家の中に入ると鍵の掛かる冷たい音が俺の心を突き刺した。
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