第81話 予期せぬ遭遇
クリスマスを一週間後に控えた二時間目、俺は科学の実験室で同じ班になった木下にシャーペンで手の甲をつつかれて目を合わせた。
「アンタさぁ、嗣のこと放置し過ぎじゃない? 何考えてんのよっ!」
声を殺して俺を睨み付ける彼女は見た目がクールなだけに普通に怖い。
「俺は別に放置なんてして無いって。ただ、今回はちょっと拗れて修復出来なくて……」
彼女は黒い天板の実験台の上に乗ったバーナーの炎を見つめながらフンッと息を吐きだして呆れたように呟いた。
「だから笹崎先輩にしとけって言ったのに……こんな冴えない男のどこがいいってのよ」
「俺……どうしていいか分からないんだ! なあ木下、嗣葉は俺のこと何か言って無かった?」
「教えてあげてもいいんだけど、何か腑に落ちない! 私はこのまま別れた方がいいって言ってるんだけどさ。まぁ、助言するとしたら誘えって事かな?」
「誘う? どこに?」
「ここまで言って理解できない鈍感バカにこれ以上言っても無駄か……死ねっ!」
木下はテーブルの下で俺の脛を思いっ切り蹴飛ばした。
「痛っ!」
実験の説明をしていた教師が俺の声に視線を向けて大きな声を出した。
「水無月っ! ちゃんと聞いてろ!」
「す、すいませんっ!」
クラス中から要らぬ注目を浴び、俺は隣でソッポを向く木下を疎ましく眺めた。
◇ ◇ ◇
誘えったってどうやって……嗣葉は俺をガン無視し続けていて話なんて聞いてくれないだろ?
しかも何に誘えばいいのか全く分からない、俺だって嗣葉を怒らせてから何度かアクションは起こしてるんだ、だけどことごとく俺のメッセージは拒絶されたじゃないか。
一階の購買で昼飯を調達した俺は階段を上りながら木下の言った言葉を噛みしめる。
誘えって、直近の行事はクリスマス……? そりゃ俺だって嗣葉にプレゼントの一つや二つ送りたいけど、この状況下で交渉なんて不可能だろ。
三階の階段の踊り場を俯きながら歩いていると上から「私が行ってきてあげるよ!」と大きな声が聞こえ、顔を上げた瞬間、俺は誰かとぶつかって背中を壁に打ち付けた。
「あっ、ごめんっ! 大丈……」
衝撃でいい香りが溢れ、瞬間、女子とぶつかった事を理解した俺は床に尻もちをついている生徒に咄嗟に声を掛けて絶句する。
「痛たたた……。もう、何なのよっ!」
「嗣葉っ⁉」
片目を瞑り、腰を擦っている嗣葉は長い脚をM字に折り曲げて大股を広げ、ミントグリーンの下着を思いっ切り晒していて、俺は思わず食い込みの激しい股の間の生地に目を奪われてしまった。
「へっ⁉ 悠……?」
床にペタン座りした嗣葉は咄嗟に顔を背け、口を尖らせた。
「ごめん、嗣葉……。大丈夫か?」
俺は前屈みになって彼女に手を差し出した。
「う、うっさいなぁ! アンタなんかに助けて貰わなくても一人で立てるから!」
俺の手を嗣葉は手の甲で強く弾き、睨み付けて立ち上がると俺の真横を通り過ぎる。
あ……、このままじゃ駄目だ!
俺は咄嗟に嗣葉の手を掴んだ。
キッっと嗣葉が振り向いて「何よっ!」と声を荒げるのをお構いなしに俺は掴んだ手を引き寄せる。
バランスを崩した嗣葉は一歩前に出て、俺と至近距離で見つめ合う。
「嗣葉。俺……あの時、嘘ついて……ホントごめん」
俺の目をジッと見つめ続ける嗣葉の瞳が小刻みに揺れている。
「なんで嘘なんかついたのよ……」
嗣葉はそう言って俯き、「隠さなきゃいけない事って何?」と掠れた声で聞いた。
「そ、それは……」
言葉に詰まった俺を見上げる嗣葉の大きな目が段々潤んで来ているように見える。
「やっぱ言えないんだ!」
クルリと背中を向けた嗣葉は俺の言葉を待っているのか黙って立っている。
「嗣葉……俺、霧島さんとあの日……」
上から階段を下りる足音が聴こえ、木下が「どうしたの? 嗣」と声を掛けて立ち止まる。
「ん? あず、何でもないよ。やっぱり一緒に行こ?」
「あれ? もしかして私、邪魔?」
「な、何でも無いって! あずには関係無いでしょ?」
「あっそ、それならいいけど……」
嗣葉は木下の手を掴んで階段を下り、手を引かれた木下は俺とすれ違うとジト目を浴びせて唇を動かす。
バカと俺に唇の動きだけで伝えた木下は急におどけて嗣葉を背中から抱きしめた。
「もう! くっ付かないでよ暑苦しい!」
「いーじゃない! 寒いんだし」
じゃれ合う美少女二人は俺の存在を消し去るようにキャーキャー甲高い声を上げながら離れて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます