第80話 予定は未定

 12月のゲームショップは忙しい。クリスマス商戦はもう始まっていて毎週大作ゲームが発売され、ゲームの予約数はうなぎ上りの勢いを見せている。来店客は老若男女問わず大勢が訪れ、中高生はゲームを売って新作の資金調達に余念がなく、お父さんと思われる中年男性はゲーム本体を次々と購入して行き、もはや在庫は無い。たまに現れるご老人が厄介で孫にせがまれたゲームを買いに来るのだが、ソフト名しか分からずにどのハードに対応したソフトが欲しいのか分からない事が多く、俺はよく客に確認の電話をするように促していた。

「ドリステ5って何時入荷だっけ?」

 俺は予約伝票を整理しながら赤いエプロンを着けた霧島さんに聞いた。

「確か月末まで入って来ないって店長が言ってたよ」

 マジか……って事はクリスマス迄に入手出来ない人の中には不人気ハードを無理に買って孫や子供を絶望させるっていう地獄の展開が待っているのか……。恐ろしい、恐ろし過ぎるぞ!

「紗枝ちゃんは新しいゲーム買わないの?」

「私? 今回はいいかな、お魚のクリスマスイベントにお正月イベントがあるし。新作なんて買ったら寝不足で体調崩しちゃうよ」

 あっ……そういえばこの人、ガチなゲーマーだったんだ。

 俺は以前霧島さんがオンラインゲームのし過ぎで気を失ったことがあるって言ってたのを思い出して彼女の顔をマジマジと眺めてしまった。

 こんな可愛い女の子がゲームの世界にどっぷり浸かってネトゲ廃人になり掛けたってにわかには信じられない。だけど彼女のゲームの腕前を見ればそれが嘘では無いって分かる、霧島さんがゲームで覚醒している時の指使いと表情はまるでアンドロイドみたいだから……。

「悠君は何か買う予定あるの?」

「俺は……」

 最近、お魚はご無沙汰。嗣葉と遊ばなくなってからどうも気分が乗らない。

「悠君、最近お魚に来てくれないしなぁ。寂しいなぁー」

 霧島さんは俺を恨めしそう見つめ、「もしかして浮気してるのかなぁ?」と俺の顔を覗き込んだ。

 う、浮気⁉ 言われた途端、嗣葉の事が頭をよぎってしまった。

 浮気なんてしたくても出来ないって! 嗣葉があんなんじゃ……。

「もしかして新しいゲーム買ったとか? どうなの、悠君!」

「は? そっち?」

「そっちって何? 他に何かあったっけ?」

「い、いや……何でもない」

「最近、嗣葉さんも全然オンラインにならないし、もう飽きちゃったのかな?」

「あははは……どうかな?」

 俺は乾いた笑い声を上げて誤魔化した。

「はぁ〜クリスマスかぁ……」

 霧島さんはそう言いながらチラリと俺を意味深に見つめた。

「クリスマス、何しようかなぁ?」

 眼鏡越しの大きな瞳でジッと顔を穴が開くほど見つめて来る霧島さんは、俺の反応を試しているのは明白。

 だけど俺は二つ返事でクリスマスの予定を入れるのを躊躇っていた。

 嗣葉は……無理だよな……。

 些細な事から炎上した二人の関係は修復を諦めてしまいたくなるほどこじれてしまっていて、俺の気持ちだけでは解決できない所まで来てしまっていた。

 些細な事……。

 ん? 待てよ……嗣葉は些細な事とは思ってないからこじれてんじゃないのか?

「いらっしゃいませ!」

 俺は霧島さんの声で我に帰った。

 もう一度、ちゃんと謝ろう、嗣葉に……そして……。


 ◇    ◇    ◇


 緊張で指先が冷たい。俺は薄暗い高梨家の玄関先で呼び鈴を押すか迷っていた。

 嗣葉の部屋には明かりが灯っているから居るのは間違いないだろう、だけど俺は呼び鈴を押そうとしていた手を下ろしてしまった。

 今更だよな……。

 俺はスマホを上着のポケットから取り出してSNSでメッセージを送ろうと嗣葉の名前を押した。

 会話が途切れて一月、俺の誕生日の前日が最後のメッセージを送りあった日だ。

『君にちゃんと謝りたい』

 メッセージを打ち込んでみたものの、送信ボタンを押すことが出来ない。

 ええい! これ以上拗れることも無いだろうし行っとけ!

 俺は送信の矢印を押した。

 瞬間、俺が送ったメッセージが既読に変わった。

 へ⁉ 嗣葉も画面開いてたのか? どうして……。

 だけど俺のメッセージが伝わったんだ。

 俺はスマホを握りしめて星空を眺め、大きく息を吐く。

 嗣葉、頼む、何か返信してくれ。

 俺は祈るように暗闇に光りを放つ四角い画面を凝視する。

『嘘つき』

 パッと表示された嗣葉のメッセージに俺は固まり、思考も止まる。

 ……だよな、俺は何であの時嘘を……。

 嗣葉はメッセージを待っている、なのに俺は答えを見出せない。

『でも、もういいよ。あと、恋人ごっこもおしまいね、感謝してるよ悠』

 ちょっと待ってくれ! あーっ、文字じゃ駄目だ。

 俺はSNSの受話器ボタンを押した。

 スマホから妙な音階の電子音が繰り返し聴こえる。

 電話に出てくれ、嗣葉っ!

 呼び出しを告げる電子音を一分間ほど聞き続けたが、俺の祈りは虚しくも通じなかった。

 電話の呼び出しはタイムアウトで自動切断され、画面が暗くなる。

『恋人ごっこもおしまいね』

 これって恋人偽装を辞めるって事だよな……。

 半年間に及ぶ恋人偽装は大変だったけど、たまに嗣葉は本当に俺の彼女なんじゃないかと勘違いしてしまいそうになった事もあったっけ……。

 嗣葉は演技派、皆を欺くのが上手くて誰もが俺たちを恋人同士だと勘違いさせた。

 こんな形で契約解除ってのも寂しいけど、そもそも俺は乗り気では無かったはずだ。

 願わくなら、嗣葉が怒っているのも演技であって欲しい……俺は祈るように星空を見上げた。

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