第79話 後悔と諦め
「はぁ⁉ 自重って……何の話だよ?」
俺は、ベッドからいきなり立ち上がってキレる嗣葉を見上げた。
「うっさいっ! うっさい! バカ悠っ、もう知らないからっ!」
嗣葉は部屋を飛び出して一気に階段を駆け下りる。
何なんだ⁉ 嗣葉はホントに訳が分からない。俺は部屋を出て行った嗣葉を追って玄関に向かったが、もう姿は見当たらなかった。
俺は交渉より放置を選んでしまい、それ以上追う事を諦めて玄関に立ち尽くす。
「悠人、また嗣葉ちゃんと喧嘩したの?」
母さんが居間から廊下に出て来て俺の背中に声を掛けた。
「ま、あなたの自業自得でもあるんだろうけど」
腕組みをした母さんが俺の顔を見て小さくため息を吐く。
「何がだよ?」
俺は意味が分からず、眉間に皺を寄せた。
「あなたも隅に置けないわね? ダメよ、二股掛けちゃ。嗣葉ちゃんもそれで怒ってるんでしょ?」
「ん? どういうこと?」
「あら? 違うの? さっき嗣葉ちゃんが玄関に顔出してたからてっきり……」
「それって何時の話?」
「あなたが紗枝ちゃんと部屋にいる時よ」
「えっ⁉ その時嗣葉は何か言ってた?」
「う~ん、確かピンクの靴がどうとかって……。何だったかしら……、他愛のない話だったからもう忘れちゃったわよ」
ピンクの靴⁉ それって霧島さんのだろ⁉
知ってたのか? 嗣葉は俺と霧島さんが部屋に居たって……。なのに俺はさっき一人でゲームして遊んでたって嗣葉に嘘ついて……最悪だ!
何で俺は咄嗟に嘘を……。
◇ ◇ ◇
それから一か月後の12月初旬。
雪がちらつく放課後、俺は自転車でワンアップに向かっていた。
「うー、寒っ!」
吐く息が白い。俺は自転車を走らせながら余りの寒さに一人呟く。
そろそろバス通学にしたい所だがバイト先に向かうには自転車の方が都合が良く、俺は未だに寒空の下自転車通学を続けていた。
嗣葉はというと俺の誕生日に喧嘩して以来バス通学に切り替え、そのまま疎遠状態が続いていて和解の糸口さえ
喧嘩の原因は俺にあるってことは理解していて、何度か嗣葉に謝罪のアクションを起こしてはみたものの、彼女は頑なで取り付く島も無かった。
そして一か月……さすがの長期化に俺の心は萎えてしまっていて、このまま嗣葉との縁も自然消滅してしまっても仕方がないかと最近は思い始めている。
実際嗣葉とは一度疎遠になっている。中学一年の時、同級生に嗣葉と二人で居る所を目撃されて付き合っているとクラスで茶化された時だ。それまでは四六時中嗣葉と一緒にゲームをして過ごしていたのに、急に嗣葉は俺を突き放すようにゲームを辞めて女友達とつるむようになったんだ。あの時は確か二年間ぐらいまともに話をしなかった、お隣さんだからしょっちゅう顔は合わせるのだが嗣葉はいつも俺に『何?』と冷淡な態度で接し、しかも高圧的だった。
もう一度時間を巻き戻せたら……そんな妄想を幾度もしてしまった俺は、とうとう夢の中でも嗣葉との仲直りを模索し、使い古されたタイムリープ物のアニメの如く時間を巻き戻してトライアンドエラーを繰り返す悪夢を見てしまう始末。
そう、俺は嗣葉の件で精神的に参ってしまっているのだ。
12月の日は短い、下校時間にはもう薄暗く、俺の気分とシンクロしているようで気が重くなって来る。
俺はいつも通り車上でのネガティブシンキングを終えてバイト先の建物の陰に自転車を停めると、裏口から店舗内部に入る。
「おはようございます」
この挨拶にも慣れて来た、最初は夕方なのに『おはよう』かよっ! と突っ込みたくなっていたのだが。
「おはよう悠君、今日は寒いね?」
霧島さんが、白いフワフワが縁取りされた赤いエプロン姿で俺の目の前に現れて笑顔を見せた。
「どうしたの? その恰好……」
「クリスマスセール中はこれ着ろって店長が……何だか恥ずかしいよ」
霧島さんははにかみながら赤いサンタ帽を浅く被って前髪を指でとかす。
「えっ? いいよ紗枝ちゃん。可愛いって!」
「そ、そうかな……。でもね? 店長が最初私に渡した衣装が最低だったんだよ!」
口を尖らせた霧島さんは疎ましそうに店長の後姿を眺めた。
「最低⁉ そうなの……?」
俺がロッカールームに向かうとテーブルの上にサンタエプロンが置いてあり、『水無月君』と書かれた黄色い付箋が貼り付けられていた。
「ん? これ、着ろってことか?」
俺が透明な袋に入った安っぽいエプロンを手に取ると、その下にもう一つサンタ衣装の入ったパーティグッズみたいな袋が置いてあった。
袋には『霧島さん』と付箋が貼られていたが、よく見るとそれはミニスカサンタのコスプレ衣装だった。
げっ! エロっ! こんなの着せる気だったのかよ? あのエロ店長っ!
その袋にはミニスカサンタの衣装を纏ったモデルのシールが見本として張り付けられていて目茶苦茶エッチだった。ノースリーブのワンピースタイプで胸の谷間が露出していてスカート丈はパンツが見えそうなくらい短い。白い大きなボタンが意味も無く縦に三つ連なり、胸周りと裾には白いモコモコが一周縫い付けられている。
俺はその見本の写真に霧島さんの姿を重ねて想像してしまった。
「紗枝ちゃんならもっと胸がおっきくて……更にエッチだよな」
やばっ! 思わす声が漏れ、俺は慌てて周囲を見渡した。
あっぶねーっ! 今の彼女に聞かれてたら殺されてたぞ。
だけど、着たところを見てみたいってのはウソじゃない。俺は悶々としながら着替え、ロッカールームを後にした。
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