第77話 サプライズ
霧島さんは眼鏡の向こうの大きな瞳を閉じて俺の唇を吸い付くように何度も唇を重ねて来て、俺も思わず同調するように唇を動かして応えてしまっている。
唇が離れると彼女は潤んだ瞳で俺の目を暫く見つめ、視線を落として俺の体をギュッと抱きしめて来た。
今日、俺はこうなってしまう事を全く想定していなかった。ただ、いつも通りゲームをするだけって思ってて……。だけど彼女にキスをされると体が勝手に反応して心臓は爆発しそうなほど高鳴り、愛おしさで胸が締め付けられて来る。
顔を俺の胸に埋め、いつもより大きく息をしている彼女の肩が揺れるたび、女の子特有の化粧品のような良い香りが漂い、俺の自制心を崩壊させようと試みている感覚がしてならない。
「良かった……悠君の心臓、凄くドキドキしてる」
彼女は俺の胸に手のひらを当て、かすれた声で呟いた。
「私のこと、ちゃんと意識してくれたんだ……嬉しい……」
彼女は再び顔を上げ、俺を見つめて寂しそうに微笑んだ。
「紗枝ちゃん……」
「ホントはね? 悠君の気持ち、知りたいんだけど何も言わなくていいよ」
「えっ⁉」
「だって、聞いちゃったらこの時間が終わっちゃうかもしれないから、それなら知らないまま何時までも一緒に居たいんだよ」
俺は紗枝ちゃんが好きだ、友達として……。それは嗣葉も同じ感覚で……でも、二人は俺を好きだと言うけど、だからどうしたいっては言って来ない。俺も含めて三人は妙な綱引きをしていて勝負を付けようって事はしてなくて、まるでラスボス戦のみを残してマップを彷徨うRPGのような、物語の結果は知りたいけど終わってしまうのは寂しいっていうのに似ている。
「それでも私は悠君が好きです!」
「紗枝ちゃん、どうして……」
「私、二人の間に割り込めるなんて思って無いよ、だって悠君が困るとこ見たく無いし……だからこの間、二人の間取り持って仲直りさせようとしたんだよ? あの時、私、何やってんだーっ! って思ってたんだけど、悠君はいつも嗣葉さんを見てるって分かっちゃったから」
「そ、そんなこと無いって!」
彼女は俺の唇に人差し指を当てて首を横に振る。
「はい、この話はもうお終いっ! 次、ゲームしよ?」
「は? えっ、でも……」
霧島さんはベッドから立ち上がってモニターと棚の隙間に挟めている幾つかのゲームのパッケージを抜き取って眺めた。
「あっ、これ! 私も一度やってみたかったんだよ!」
霧島さんは勝手にドリステに電源を入れてゲームディスクを入れ替える。
「はい、悠君!」
有無を言わさずコントローラーを手渡した霧島さんは俺の隣に座り直して、自分のコントローラーを握ってボタンをポチポチ押して使い心地を確かめている。
始まったゲームは『空気感』、嗣葉がワンアップで霧島さんから買ったゲームだった。
「私、負けないよ!」
霧島さんはゲームの難易度をいきなり『無理ゲー』にして開始ボタンを押し、挑戦的な笑顔を俺に向ける。
「紗枝ちゃんって、このゲームやった事あるの?」
「無いよ! でも、負けないから……」
そう言って彼女はモニターに視線を戻した。
◇ ◇ ◇
『結果発表ーっ!』
モニターから陽気な声が流れた。
『空気感』はプレイヤー同士の息の合ったプレイが評価され数値化される。
俺は思わず唾を飲み込んで一人身構えたが、霧島さんにそれを悟られないように平常心を装う。
ファンファーレがけたたましく流れ、出た結果は『今すぐ結婚!』
嗣葉と遊んだ時と同じ結果に心がざわつく。
『ハイスコア更新ーっ!』
得点が躍るようにモニターの上から降って来て嗣葉と俺の記録を一つ押し下げる。
「あっ! 本気出しちゃった……どうしよう、二人の記録更新したの残っちゃう……。どうしようか? 悠君」
いたずらっぽく笑う霧島さんに、俺は確信犯だと悟った。
これは挑戦状、『二人の間に割り込めるなんて思って無いよ』とさっき言ったばっかりなのに、くさびを打ち込んで彼女は可愛い爪跡を残す。
これって絶対嗣葉にバレるよな……誰と遊んだかまで。
「あれっ⁉ もうこんな時間! 私、もう帰るね?」
「えっ、もう⁉」
「うん、今日はプレゼント幾つか渡したかっただけだし、悠君には全部渡せたからいいかな……」
彼女はいそいそとピンク色のMA1を羽織り、「またね?」と言って部屋のドアを開けて階段を下りて行く。
「ちょ、待って!」
俺は焦って彼女を追い掛けた。
「お邪魔しました」
霧島さんは居間に顔を出すと母さんに挨拶をしてそそくさと玄関に向かい、濃いピンク色のスニーカーに足を突っ込んでつま先を玄関タイルにトントン叩いて踵を入れる。
「また遊びに来なさいよ?」
母さんが霧島さんに声を掛ける。
「はい。じゃあね? 悠君!」
俺は、玄関ドアを開けて帰ろうとする霧島さんを追いかけて外に出て、夕暮れの中、彼女を見送った。
やられた……完全なるサプライズ、彼女の計画的犯行はどこまでを想定していたんだろう? さっき彼女は『全部渡せた』って言ってたけど、初めから終わりまで彼女の思い通りに進んだのなら、将来の職業はシナリオライターか女優が向いている。
俺は短時間の青春体験に甘さとほろ苦さを覚えつつ、玄関前に置きっぱなしだった自分の自転車を押してガレージのシャッターを開けた。
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