第76話 誕生日
「は? 誕生日⁉」
頭が真っ白になる、今日って俺の誕生日だったっけ?
固まる俺の態度に霧島さんが声を上ずらせて言った。
「えっ⁉ もしかして違ったの?」
俺は学習机の上に置いてある小さな卓上カレンダーに目をやって日付を確認した。
11月の一週目、水曜日の4日、俺の誕生日だ!
「あっ! 今日⁉ 忘れてたっ! そうそう、俺の誕生日だよ!」
霧島さんはプッと噴き出してケタケタと声を出して笑い、俺の腕に軽く触れる。
「何それ? ホントに忘れてたの? 私、間違えちゃったのかと思ったよ! 私も悠君のSNSのプロフィールに書いてあったの見ただけだから確認したわけじゃ無くて、ちょっと心配だったんだよ」
胸に両手を当てて霧島さんが安堵の表情を浮かべた。
「ごめん、すっかり忘れてたよ。俺、バイト始めてから土日も祝日も働いたりしてたから曜日とか日付の感覚が希薄になってて……」
俺は照れくさくて痒くも無いのに頭を掻いた。
「それじゃ、やり直しっ! はい、どうぞ」
「あ、ありがと……」
俺が霧島さんからプレゼントを受け取った時、手が触れ合ってドキッとしてしまった。
あっ! でも……さっき階段上るとき、霧島さんの手、握ってたんだっけ?
て事は、母さんに霧島さんの手繋いだ所見られた⁉ あーこれ、後で絶対指摘してくるだろ!
いやいや、そんな事はどうでもいい。俺は手渡されたプレゼントをクルクル回転させて中身を探る。
「開けていい?」
「もちろん、開けてみて!」
俺はドキドキしながら箱をひっくり返してラッピングを剥がした。
「えっ⁉ いいの? こんなの貰って……」
霧島さんは俺にドリステコントローラーのボタンセットとヘッドセットをプレゼントしてくれた。
「うん、今度使ってみて? ヘッドセットは立体音源だから背後から敵が近づいてきたら直ぐに判るし、ボタンもゲームに合わせて取り替えればミスも減るから」
「スッゲー嬉しいっ!」
俺はヘッドセットを頭に被り、着け心地を確かめる。
「あ、なんかいいっ! ワイヤレスなのもいいし、これ光るんだ⁉ 格好良い〜っ!」
俺はヘッドセットのマイクを口元に下げて、電源が入っていないのにマイクに話すように「紗枝ちゃん、ありがとう!」と言っておどける。
「うふふ、どういたしまして!」
霧島さんは床に置いてあったリュックに手を突っ込んで白いビニール袋から何かを取り出すと、俺と視線を合わせて目を細めた。
「もう一つあるんだよ」
彼女が両手で俺の目の前に赤いハート型の紙箱を差し出した。
「ん? 何だろ……」
箱を受け取ると、中からガザッと音が聴こえ、甘い香りがほのかに香る。
「もしかしてお菓子? 霧島さんの手作りなのっ?」
ワクワクしながら箱を開けると、中にはびっしりと色々な形と色のクッキーが入っていて、俺は反射的にクッキーを一つ口に放り込んだ。
「ありがとう! すっごく嬉しいよ! 今度お返ししないと……紗枝ちゃんの誕生日っていつなの?」
「私……もう終わっちゃったんだよ、5月生まれだから」
「えっ? 紗枝ちゃんって年上だったんだ!」
「もうっ! 私をおばさんみたいに言わないでくれる? 悠君の意地悪っ!」
霧島さんは頬をプクッと膨らませて笑う。
「はははっ! 冗談だって! それじゃあ来年は必ずお祝いしてあげるよ、何日なの? 誕生日」
「10日だよ、5月10日」
「えっ⁉ それって嗣葉と同じ日だよ!」
言った途端、霧島さんは固まったように無表情になってしまった。
「……そう……なんだ……。じゃあ、その日はお祝いしてもらえないな……」
「え⁉ どうして?」
「悠君、私が……私の誕生日に悠君と二人っきりで過ごしたいって言ったらどうする?」
どうするって……脳裏に今年の嗣葉の誕生日映像が蘇る。確か俺……嗣葉と街に出掛けて『プレゼント買わさせてあげる』って言われて雑貨たかられて飯奢らされて……あれって今思えばデートじゃないかっ! しかも何だかんだで俺は嗣葉の誕生日を毎年お祝いしてるのに、来年嗣葉と誕生日を過ごさないなんて想像もつかない。
俺は霧島さんの質問に答えられずに固まってしまった。
「困らせてごめんね? この質問、意地悪だったよね……。悠君が嗣葉さんを大事にしてるのは分かってる、まるで身内みたいな関係だっていうのも……だけどね?」
霧島さんはお尻を少し浮かせてベッドの上で俺との距離を詰めた。
「私は二人の間に割り込みたい……」
彼女は俺の目を静かに見つめたまま佇んでいる。
「……紗枝ちゃん……俺……」
どうしていいか分からない、そんな言葉が口からこぼれそうになった瞬間、彼女は俺の唇を唇で塞いだ。
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