第75話 訪問
早く帰って部屋片付けないと!
俺は放課後、全力で自転車を漕いでいた。霧島さんはもうこっちに向かってるって言ってたし、のんびりしてる暇なんてねーぞ!
今日は霧島さんが俺ん家に遊びに来る日っだてのは知ってたんだが、どうにかなるだろうって前日もゲームをしたたま寝落ちしてしまって1ミリも片付けは出来ていない。
これで嗣葉と一緒に帰っていたら自転車を激走させることも出来ず詰んでいたのは間違いなし、でも今日に限って嗣葉は帰りに街に出掛けると言い出し、木下と二人で何処かへ消えてしまっていた。
だから今日は安心して霧島さんを部屋へ呼べる、嗣葉が部屋にやって来ることは無いだろうから不安材料は消滅したんだ。
まあ、一つ気になると言えば母さんが霧島さんを見てどう思うかに尽きる、余計な詮索をして変な事を言わなければいいが……。
路地を曲がって自宅が見えた時、俺の背後から自転車のベルが聞こえた。
「悠くーん!」
「げっ! さ、紗枝ちゃん……」
車線が合流し、霧島さんの自転車と俺の自転車が並走状態になった。
「何でそんな嫌な顔するの?」
「い、いや、違うんだ……。実は部屋が汚くて片付けようって思ってたからちょっとね……」
「そんなの私がしてあげるよ!」
制服姿の霧島さんは何故か嬉しそうに俺を見つめた。
自宅へ着くと二人は自転車を取り敢えず門の中に押し込んで玄関前に並んだ。
霧島さんは背中に背負っていたスポーツブランドのロゴが大きく描かれたリュックを肩から降ろして手に提げ、手櫛で髪を整えていて少し落ち着きが無い。
俺はズボンのポケットから鍵を取り出してキーシリンダーに差し込み、何時もより静かにドアを開ける。
「紗枝ちゃん、どうぞ」
俺は彼女に先に家に入るように促した。
「お邪魔します!」
元気な声で霧島さんがまだ見ぬ家の住人に挨拶をすると、居間からペタペタとスリッパが歩く音が聞こえて母さんが廊下に出て来た。
「はっ⁉ なにこの可愛い娘! 悠! どうしたの? あなたが嗣葉ちゃん以外の女の子家に入れるの初めてじゃない?」
母さんは俺が連れて来た客人を失礼なほどジロジロ眺めた。
「母さんっ! 余計な事言わないでって!」
「こ、こんにちは。私、悠君のバイト先の友人で霧島紗枝と言います」
「あら~こんにちは。その制服……嗣葉ちゃんと違うんだ? どこの高校?」
「峰が丘です」
いちいち嗣葉の名前出すなって!
「峰が丘? そんな学校あったっけ? ちょっと上着脱いで見せて!」
「峰校は新設校だから母さんは知らないんだよっ!」
霧島さんはピンク色のMA1を脱いで母さんの前で一回転した。
「景高のより可愛いわね? 悠人はこっちの方が好きでしょ?」
母さんはそう言った後、俺の耳元で「彼女、お胸も大きいしね?」と囁いてニヤつく。
「もう、母さんは絡んで来なくていいから! 紗枝ちゃん、二階行こう?」
俺はこれ以上母さんに余計な事を言われたく無くて彼女の手を握って階段に片足を掛ける。
霧島さんは後ろに一礼して俺と一緒に階段を上り始めた。
「ごめんね紗枝ちゃん、母さんがうるさくて。俺、友達少なくて、まず家に連れて来ないから珍しがっちゃって……」
「全然うるさく無いよ。気さくな人だし、私は好きだよ? 将来も上手くやっていけそうだし」
ん? 将来⁉ どういうこと?
階段を上まで上がり俺の部屋のドアの前に着いたが、中に彼女を入れるのは気が引ける。きっと汚いって思われるだろうし……だけどもう手遅れだ。
俺は意を決してドアを開けた。
げっ! 思った以上に汚いぞ⁉ 服は脱ぎ散らかしているし、ベッドはぐちゃぐちゃ、床もテーブルも物が散らかってて彼女を座らせる場所すら無い。
「ご、ごめん! 今片付けるからっ!」
俺は焦って皺だらけの服を拾い集めてクローゼットに投げ込み、掛け布団だけ綺麗に直す。
霧島さんはゴミを拾い集めてゴミ箱に放り込み、物を綺麗に積み重ねる。
「さ、紗枝ちゃんはそこで休んでて!」
彼女に汚い物を触らせたくない。
俺は回転椅子に座るように頼んだが、霧島さんは俺の汚いベッドに腰かけた。
「いいよ悠君、そんな綺麗にしなくても。私もリアルな男の子の部屋見れてちょっと楽しかったし」
彼女が俺を見て笑うから、俺も何となく乾いた笑い声で応じる。
俺はベッドに座っている霧島さんの隣に腰かけ、「ゲームでもする?」とドリステのコントローラーをテーブルから拾う。
彼女は何故かニコニコしながら俺の顔を見つめていた。
ん? どうしたんだろう……なんか企んでるみたいなこの表情。
「悠君、お誕生日おめでとう!」
霧島さんは背中から綺麗なラッピングが施された箱を俺の前に差し出した。
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