第71話 祭りのあと

 校庭に生徒達が集まった、とは言っても整列している訳では無く、生徒会が設置した簡易ステージの周りにバラバラな状態で集まっているだけ。

 校舎の窓から校庭を見下ろしている生徒も沢山いて集まりも悪く、グダグダ感がハンパない。

 解散式は日没時間に合わせられていて、花火大会迄の流れはスムーズ。今日は屋上も解放され、恋人たちは解散式そっちのけで自分たちのプライベート空間を確保するのに必死だったりする。

 まぁ、俺には縁の無い事だが。

 校庭の端に佇む俺の隣には博也が居て、お菓子の空き缶に貯めた食券を眼鏡を光らせながら数え、時折薄笑いを浮かべているのが気持ち悪い。

 嗣葉はというと、俺の少し前方で背を向けて木下とメイド服姿のまま手を繋いで立っている。

 ステージ上では生徒会長の八重山先輩が文化祭のトリを飾る儀式めいたことをしていて、その補助に笹崎先輩が控えている。

 八重山先輩の握った銀色のトーチの先端に笹崎先輩が火を点け、それを暗がりに薄っすら見える黒い線に近づけると導火線のような花火に火が点いて光が走り出し、校庭中央に設置された木の櫓に火が灯った。

 歓声と指笛が聞こえると、打ち上げ花火がまばらに上がって儚げな花火大会が始まる。高校の生徒会の予算で行こなわれる打ち上げ花火は資金もそんなに掛けられないだろうから散発的で物悲しく、文化祭の終わりを告げるには相応しい演出だ。

「ゆ~う~っ!」

 嗣葉が俺の傍に駆け寄って来て「写真撮ろうよ!」と腕にしがみ付く。

「あ? いいけど、何処で?」

「あそこの火の前で撮ろうよ!」

 校庭の真ん中の火の点いた櫓をを指さし、嗣葉が俺の腕の手を握って走り出す。

 メイド服姿の嗣葉は飛ぶように駆け、俺は引っ張られて転びそうなのを必死にこらえながら着いて行く。

 櫓の前に着くと嗣葉はハイテンションで近くに居た知り合いに自分のスマホを渡し、俺に抱き着いてはしゃぎながらポーズを決める。

 俺の腕にしがみ付き、片腕を高く突き上げ、片足立ちになる嗣葉は浮かれた笑顔が可愛くて、自然に俺も笑顔になる。

「嗣葉~っ! 次、私と撮ってよ!」

「私も撮りたーい!」

「ちょっと水無月、撮ってくれる?」

 嗣葉の周りに女子が集まりだし、また撮影会が始まった。

 俺は何故かカメラマンをさせられ、次々にスマホを手渡される。

 背景が燃え、真面目な高校の堅苦しい制服女子の隣に立つミニスカメイド。スマホの画面に映る情景はどこか作り物染みたAI生成画像みたいだった。

「次、俺な!」

 博也の声が聞こえたと思ったら彼からスマホを渡され、博也は嗣葉の元へ駆け出した。二人は横並びになって俺の構えるスマホにポーズを決める。その時、博也は嗣葉の腰に手を廻して少し抱き寄せ、瞬間、嗣葉の眉がヒクついた。

 お前……勇気あるな。周りに人居なかったら嗣葉に間違いなくど突かれてるぞ!

 俺はヒヤヒヤしながらスマホのシャッターを切る。

「高梨君、僕も記念にいいかな?」

「笹崎先輩……」

 嗣葉は一瞬戸惑ったように見えたが「いいですよ?」と笑顔を見せる。

「水無月君、上手く撮ってくれよ?」

 笹崎先輩が俺にスマホを差し出した。

 そう、これは記念。二人が出会い、お互いを意識して戦った記念だ。

 この事はきっと忘れない、二人はこの先、何度今日という日を思い出すのだろう?

『これにて景一高文化祭は全て終了となりました、生徒の皆さんは帰宅してください』

 最後に大きな打ち上げ花火がドーンと上がって文化祭は終わりを告げた。

 それでも暫くの間、生徒たちは櫓の火を囲んで談笑していた。だけど教師が数人やって来て櫓を倒して消火を始める。火の粉が舞い、段々火が小さくなってゆくと辺りも暗くなって生徒も校庭を後にし始めた。

「帰ろっか?」

 嗣葉が俺に疲れた笑顔を見せながら近づいて来る。

「早く着替えて来いよ」

 俺は教室に向かって歩き出した。

「はぁ~めんどいなぁ……4階まで戻るの怠いし。そうだっ!」

 嗣葉はいきなり駆け出して俺の背中に飛び乗った。

「うわっ!」

 俺は転びそうになるのを必死に堪えて背中の嗣葉に振り返る。

「おんぶおんぶー!」

 片腕を俺の首に巻き付け、もう片方腕を天に突き上げる嗣葉は背中の上でバタバタと動き、背中に胸がグニグニ当たる。

「ちょっ! 嗣……無理っ!」

 俺は嗣葉の重みに耐えきれず、カエルのようにビターンと地べたに潰れた。

「えっ⁉ ひ弱ーっ! これだからゲーマーは……」

「いやいや、ゲーマーじゃなくても無理だろ! いきなり背中に重量物飛び乗ったら!」

「はぁ⁉ 誰が重量物だって?」

 嗣葉は俺をガクガク揺する。

「痛でででっ! 嗣葉! 足、足っ! 踏んでるって!」

「うん、知ってるよ。だってわざと踏んでるんだもん」

 校庭に俺の叫び声が響き渡ったが、もちろん助けなど入らなかった。

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