第69話 和解の儀式
暗闇に嗣葉の大きな瞳が輝いている。今日は満月、夜の住宅街はいつもより少し明るく彼女の綺麗な顔を照らしている。
「嗣葉、ホントごめん! だけど誤解なんだ、聞いてくれないか?」
「うっさいなぁ、こんな夜更けに何でアンタの言い訳聞かなきゃなんないのよ?」
「頼む! この通りだ!」
俺は嗣葉に深々と頭を下げた。
「それ、さっきもやってたワケ? フンッ! 手短に話してよ? 私、お風呂上りだから湯冷めしちゃうし」
腕組みをした嗣葉はウンザリしたように俺から顔を背けて、腕を人差し指でトントン叩いている。
「『お魚の森』なんだけど、俺、嗣葉をのけ者にしたつもりは無くて……。紗枝ちゃんとは最近一緒にゲームしてたのは事実だけど、俺、初心者だから色々教わったりしてて、嗣葉とも都合付けば遊ぼうって本気で思ってたんだ!」
嗣葉はそっぽを向いたまま、黙って聞いてくれているのか耳に入っていないのかは分からない。
「だ、だから、また嗣葉と遊びたい、ゲームだけじゃなくて……その……毎日楽しく嗣葉と過ごしたいって俺は思ってて……」
勢いだけで話してるから話が纏まらず、頭の中がこんがらがって言葉が続かない。
くるりと嗣葉は俺に体を向け、前屈みになって真顔で顔を覗き込んで来た。
月明かりに照らされた嗣葉の金髪が青みがかった銀髪に見えて妖艶に輝く姿に俺は息を飲んだ、その姿はまるで千年は生きたであろう魔女のようで、俺に何か悪い魔法でもかけてしまいそうな雰囲気がある。
「悠はそんなに私と楽しく過ごしたいの?」
口角を上げ、首を傾げて悪い顔で笑う嗣葉に俺の心がザワつく。
「どっしようかな~? 許してあげてもいいけど、なんか足んない!」
嗣葉は俺の前でクルッと背を向け、お尻の下側で手を繋いで佇んでいる。
「足りない? じゃあ、どうしたら許してくれる?」
俺は嗣葉に一歩近づいた。
「う~ん。そしたら、私の質問に答えてくれたら許したげる!」
俺に体を向けた嗣葉は空を見ながら頬に指を当てて首を傾げる。
「質問⁉ な、なんだよ質問って!」
「じゃ、『はい』か『いいえ』で答えてね?」
嗣葉が俺の顔を穴が開きそうなほど眺めて微笑み、俺はゴクリと唾を飲み込む。
「悠ってば、私のこと大好きでしょ?」
俺の鼻先を指さし、挑戦的な態度で笑う月明かりに照らされた美少女。
「はぁ⁉ 何言ってんのお前っ!」
俺の声が裏返り、予想外の質問に後ずさってしまった。
「『はい』、『いいえ』さあ、どっち!」
「バ、バカだろお前! 下らないこと聞くなって!」
「答えを濁す時は『はい』って事になるんだけどいいの?」
にやけ顔で俺を見つめる嗣葉に、俺はワザとぶっきらぼうに返す。
「しょうもないこと言って無いでもう寝ようぜ! また明日な、嗣葉」
俺は踵を返し、早足で高梨家の門を出て自宅に向かう。
その時、嗣葉に後ろから手を掴まれて体がつんのめった。
「答えて!」
嗣葉の真剣な眼差しに俺は回答を先延ばしに出来ないと悟る。
嫌いな訳無いだろ、仲のいい幼馴染なんだから……。だけど、この言葉を嗣葉に伝えていいのか分からない、裏を返せば好きって事になってしまうから。
高鳴る心音を抑えきれない俺は、大きく息を吸い込んで止める。
「待って! 友達としてとか、幼馴染としてとか付け加えないでね?」
うっ! 先手を取られちまった。今、まさにその言葉を付け加えようとしていたのに……。
「ハ、ハードル上げ過ぎだろ? 嗣葉……」
俺は彼女の手を振り切ると逃走して自宅の玄関ドアを開け、振り向いて叫んだ。
「嗣葉っ! 好きだぞ! 友達としてな!」
恥ずかしくて俺はドアを閉めようとノブを全力で引っ張った。
「悠っ! 私も好きだぞーっ!」
バンッ! とドアが閉まって、俺はドアに寄りかかって高鳴る心臓を押さえた。
「バカかあいつ! デカい声で恥ずかしいこと言ってんじゃねーぞ!」
「ほんとに恥ずかしいから辞めなさいよ? 悠人」
母さんが居間から廊下に出て来て酔った顔で苦笑いする。
「うげっ! 聞いてたのかよ!」
俺はドアに背中を張り付けて叫んだ。
「そりゃぁ、聞こえるわよ。夜中にあんな大きな声でわめいてたら……」
母さんに聞かれたと思っただけで顔が熱くなって来る。いったいどこまで聞いてたんだよ? 場合によっては更に酔わせて記憶を消してやるしかないぞ。
「でも良かったじゃない。悠も嗣葉ちゃんもお互い好き合ってて……。だけど、水無月のバカ息子が騒いでるって町内会から苦情来るからもう叫ばないでよ?」
「ははは……。そうだ、お茶飲もう! デカい声出しちゃったから喉乾いたし……。母さんはもう飲まないの?」
俺は三和土から廊下に上がって母さんを居間に誘導する。
「あら? 今日はお酒に付き合ってくれるのかな? ウチのイケメン君?」
「つまみ、作ろうか?」
「おつまみは悠人と嗣葉ちゃんの恋バナかなぁ? ねえ、どこまいったの? お母さんに教えなさいっ! このっ! このっ!」
母さんは俺にいきなり抱き着いて頬を指でつついた。
うるせーっ! 何だよこの酔っ払いは!
「もうキスしたの? それとも~もっとイケナイことしちゃったのかな?」
ふら付く足で俺を背中から抱きしめる母さんに苛つく。
駄目だ、この親、抹殺しよう……。
俺はその晩、母さんに毒ならぬアルコールを盛った。
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