第67話 不満

 それから嗣葉と霧島さんと俺の三人はゲームの世界を駆けずり回り、イベントや探索を繰り返し、気が付けば夜中の三時を回っていた。

『ちょ、外明るくなって来たよ?』

 嗣葉が焦った声を上げた。

「は……? さすがにヤバくないか? そろそろ辞めようぜ?」

『そ、そうだね。そろそろ終わりにしないと、朝起きられないよ……』

 霧島さんの眠そうな声がモニターから聞こえたので、俺は彼女にログアウトを促した。

『うん。じゃあね? お休み。嗣葉さん、悠君!』

『お休み、紗枝ちゃん』

『お休みー、霧島ちゃん』

《さーちゃんさんがログアウトしました》

 画面から霧島さんのキャラが消えて、俺と嗣葉の二人が残る。

「嗣葉も疲れただろ? もう寝ろよ」

 暫くしても嗣葉のナマズは画面から消えず、何の反応も無かった。

「おい! 起きてっか? 嗣葉!」

ってといつもゲームで密会してたんだ……』

 嗣葉の言葉に俺の眠気が吹き飛んだ。

「は? な、なに言ってんだよ⁉ 別に密会なんてして無いって!」

『だーってとは遊んで私は誘わなかったんでしょ?』

「違うって! たまたま遊ぶ時間が重なっただけだし、嗣葉が何してるか分かんないから誘わなかっただけだよ」

『私が悠にお魚誘われて行かない訳無いじゃん!』

「だ、だからっ!」

『もういいっ!』

 嗣葉がログアウトして、画面の中に俺だけが取り残される。

「いっ⁉ ちょっと聞けって!」

 俺の声が虚しく部屋に響いた。

 何言ってんだ嗣葉の奴……ヤキモチ焼いてんじゃねーぞ!

 ……ん? そんな訳無いよな? 嗣葉が俺にヤキモチなんて……。

 あほらし! 構うだけ無駄か、寝よ寝よっ!

 俺はゲームを休止状態にしてシーリングライトをリモコンで消し、布団を被った。


 ◇    ◇    ◇


 翌朝、起きられたのは奇跡だった。

 スマホの目覚ましに反応はしたが、俺はその数秒後には寝ていて再び目を覚ましたのは30分後、スマホのバイブに体が反応してハッとして俺は飛び起きて時計を見て愕然とした。

 スマホは霧島さんのメッセージを知らせていて、彼女から『悠君、起きれた?』と有難いモーニングコールならぬモーニングバイブに助けられる。

「あっぶねー! 遅刻するっ!」

 俺は直ぐに着替えて、飯も食わずに身支度をして家を飛び出した。

 だけど外に嗣葉は居なかった、高梨家の玄関先にも彼女の自転車は見当たらない。

 置いてかれた⁉ 時間は8時15分、いつもならこれくらいの時間に丁度出発する頃だけど……、俺はガレージから自転車を引っ張り出して飛び乗るとペダルを踏み込んで高校へ向けて走り出す。

 数分自転車の速度を上げて走っていると、遠くに嗣葉の後姿が見えて俺は更に速度を上げる。

 金髪を風に靡かせている後姿が段々と大きくなり、俺は大きな声で嗣葉を呼ぶ。

「おーい嗣葉っ! 待ってくれ!」

 嗣葉は背中をピクリと動かしたが、何故か立ち漕ぎをして自転車の速度を上げた。

 はぁ⁉ 何で!

 昨日の夜の事を思い出した俺は、未だに怒っているであろう嗣葉を猛然と追跡する。

 嗣葉は短い制服のスカートを翻し、細い脚を回転させているが、徐々に俺との距離が詰まる。

「嗣葉! 何怒ってんだよ!」

 車間を2メートルほどに詰め、俺は嗣葉の背中に叫んだ。

「うっさいなぁ! 私に構わないでよ!」

 後ろを振り向いた嗣葉が体を前のめりにして加速する。

 うわあああっ! パンツ思いっ切り見えてるって!

 スカートが風に捲れ、白いショーツを何度も見せてしまっている嗣葉の姿に俺は追跡を諦める。

 車道を走っているドライバーからも嗣葉の下着は丸見えだろう、だから早く速度を落として欲しいし……。

 久々に一人で通学することになってしまった俺だけど、いつものうるさい幼馴染が居ないだけでどうにも落ち着かない。何だか耳がおかしくなったような……音が無い世界を彷徨っている感覚に陥ってしまって俺は周りをキョロキョロと見渡してしまった。

 高校に着き、階段を上って教室に入ると入口付近に嗣葉と木下が談笑していて、俺は横目で彼女の横顔をチラ見する。

 嗣葉と一瞬目が合ったが、彼女はわざとらしく俺に背中を向けて木下と一緒に廊下に出て行った。

 これはいつもの不機嫌な嗣葉、彼女の取説では暫く放置が正解、放って置けば向こうから話しかけて来るだろう。

 定期的に不機嫌と上機嫌を繰り返す嗣葉は俺からしたら普通で、どうって事はない。

 その時はそう思っていたんだが……。


 ◇    ◇    ◇


 三日経っても嗣葉は俺をガン無視していた。

 気分重っ……。俺はバイト先で無意識にため息を付き、隣で仕事をしていた霧島さんが手を止めて俺の顔を覗き込む。

「どうしたの? 最近元気無いみたいだけど……」

「あ……、ごめん。何でもない……」

 霧島さんは眼鏡を光らせて「嗣葉さんと何かあったの?」と、まるで心を読んだかの如く核心を突く。

「うっ⁉」

 後頭部を思いっきり殴られた気がして俺は脳内フリーズを起こし掛ける。

「無い無いっ! 嗣葉なんてどーでもいいって!」

さらりと受け流すつもりが、俺は過剰な反応をしてしまい、顔が引き攣ってしまった。

 霧島さんは俺をいぶかし気な顔で眺め、沈黙した。

 止めてっ! そんなに見られたら俺……。

 俺は耐え切れず、ガクガクしながら顔を逸らす。

「やっぱりあったんだ……。嗣葉さん、あれ以来お魚に来てくれないし……あんなテンション高くて楽しそうだったのに全然来ないからどうしたんだろうって私、思ってたんだよ……。で、何が原因?」

 原因? それは……。

 俺は霧島さんをチラチラ見てしまった。

「私⁉ そうなの? 悠君!」

「ち、違うって! 俺が――」

「お前たち、手が止まってるそ!」

 店長に注意され、俺たちは話しを辞めて仕事を再開する。

あーっ! 霧島さんは絶対自分のせいだって気にしちゃうだろっ? 後でフォローしとかないと。

俺は仕事中、霧島さんと帰りにロッカールームで話す内容をシミュレーションしまくった。

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