第66話 不意に

 夜、ドリステの電源を入れる。

 霧島さんと何時かって約束はして無いけど、何となくこないだと同じ時間の10時に俺はあの海底の村へと向かった。

 今日はプレイヤー人口が多い。アクセスは全世界からあり、俺の住む地方都市の人口を遥かに超えている。

 これって、村じゃないだろ! もはや市だし。

 だけどもちろんマップ上には何十万なんてキャラは居ない、恐らく村は何千とあり、アクセス数に上限があるのだろう。

 俺の化身である『ゆーと』という魚はボロアパートの二階に住んでいて、部屋には簡素な木製ベッドが一つあるだけ。早く家具や壁紙を変えたいけど、これがリアルに高い、生半可な稼ぎだと調達は不可能で、それを見越してマネというゲーム内通貨を実際に販売している。いわゆる課金と言うやつだが、学生の俺には無縁だ。ネットで調べるとゲームで手に入れたレアアイテムをユーザー間で実際に売買する輩も居るとか……。まあ、アイテムを欲しい気持ちは解らなくもないが、自分で頑張って手に入れるからゲームなんだけどな……。

 霧島さんの家ってどんなのかな? ゲーム発売当日から遊んでるみたいだし、きっと色々な物が置いてあるに違いない。

 俺のキャラがアパートから泳ぎ出ると画面に《さーちゃんさんが遊びに来ています、一緒に遊びますか?》と表示された。

《はい》を押すと『さーちゃん』が俺の隣にポヨンと音を立て、泡の中から飛び出した。

『やっほー悠君! もう、結構遊んでた?』

「いや、今始めたばっかりだよ」

 弾んだ声が画面のスピーカーから響いた。霧島さんはゲームをするとテンションが高くなるみたいで一緒に働いている時よりワントーン高い可愛い声を出す。

『今日はどこ行こうか?』

 霧島さんが画面の中でイベントメニューを開いて俺に見せた。

「イベントもいいんだけど……俺、紗枝ちゃんの家に行きたいんだけど」

『えっ⁉ い、家?』

「うん、だいぶアイテム集めたんでょ? どんな感じなのかなーって……」

『わ、私の家⁉ 汚いよ? ちらかってるし……』

 霧島さんの焦った声が画面から聞こえ、彼女の操作するキャラもどことなく動揺しているように見えてしまうのは気のせいか?

「そんな、大げさだなぁ。ゲームの中だし、汚いとか無いって!」

「……う〜ん。いいけど、ちょっとだけだからね?」

 余り乗り気で無い霧島さんは「こっちだよ?」と言って泳ぎ出した。

 村外れまで泳ぐと霧島さんは海底洞窟に入って行ったので俺も後を着いて行く。彼女の家は洞窟の壁に張り付いたアパートだった。それはまるで中東の古代遺跡みたいな佇まいで格好良い。

「へぇ? こんな所あったんだ……なんかオシャレだね?」

『うん、私もこれいいな〜って一目惚れして買ったんだけど中が狭くて荷物があんまり置けないんだよ』

 階段を上り、直線の無い長い廊下を泳ぎ、幾つものドアの前を通り過ぎる。

『ここだよ?』

 霧島さんがドアをくぐり、俺も後に続く。

 画面が切り替わり、部屋に入った俺は絶句した。

「なっ⁉ 狭っ! 物あり過ぎだよ!」

 霧島さんの部屋には今までゲットしたアイテムがびっちりと配置され、まるで迷路みたいに細い通路状の動線があるだけ。言ってしまえば綺麗な物が置いてあるゴミ屋敷みたいだった。

「い、今、片付けるから」

 声が上ずった霧島さんがアイテムをしまいながら床面積を広げて可愛い柄の二人がけソファーをドンと置く。

「座って? 今、お茶淹れるね?」

 霧島さんはメニューを開いて素早く何かを選ぶと、ムービーが流れ始めた。

 ソファーで俺と霧島さんのお魚キャラが横並びでお茶を飲みながら談笑している。

『うふふ、可愛いね?』

 モニターから霧島さんの可愛らしい笑い声が聴こえて来て、俺はまるで実際にそこでお茶を飲んでデートしている気分になってしまった。

 ムービーが終わると画面の端に《つぐはさんがオンラインになりました》と通知が出て、俺は一瞬固まった。

 やばっ! 嗣葉もゲーム始めたのか? こっち来たらどうする……? いや、大丈夫、《一緒に遊びますか》ってメッセージ出たら、取り敢えず拒否って安全な場所で会えばいいし……。

《はっぱさんがログインしました》

 ポヨンと音を立て、嗣葉が俺の隣にいきなり湧き出で俺は目が点になった。

 は? 何で……?

『あっ? 悠? ここ何処?』

「えっ⁉ な……、ど……」

 息が詰まって声が出ない。

 あれかっ? 嗣葉って昔から無条件で会えるように設定したままだっけ? アカウント移行したから前の設定のままだったんだ⁉

『えっ? 嗣葉さ……ん?』

『ん? 誰?』

 嗣葉のキョトンとした顔が目に浮かぶ。

 あ……終わった……。

『霧島だよ、霧島紗絵っ!』

『は? 霧島ちゃん⁉ なんで?』

『私、悠君とフレンドだから一緒に遊んでたんだよ』

『へぇ? 一緒にねぇ……そーなんだ

 俺はギクリとして喉を鳴らして唾を飲み込んだ。やばっ! 今の音マイクで拾ったか?

『で、何? このゴチャッとした場所は……』

『あはは……ここね、私の部屋なんだよ……』

『はぁ⁉ 部屋? これじゃ倉庫だよ! せっかく色々アイテム持ってるのにこんな汚部屋じゃ勿体無いよ、一回片付けて厳選して配置しようよ?』

『えっ? でも……』

『いいからいいからっ! さ、やって!』

 なんか知らねーけど、大掃除っぽいことになり、俺は部屋の隅で傍観することとなった。

『こんな可愛い柄のラグ持ってるのに見えないぐらい物置いちゃダメっ! これは? 要る?  要らない?』

『えっ? うーん……』

『悩むならしまって!』

 霧島さんは嗣葉の勢いにタジタジで、俺は邪魔にならないようにそそくさと移動を繰り返す。

 現場監督と化した嗣葉の指示に従い10数分が経過したころ、霧島さんの部屋はスッキリして明らかにお洒落女子の部屋に変貌を遂げていた。

『凄いよ嗣葉さん! センスあり過ぎだよ』

『でしょ? もっと褒めてもいいんだからね?』

 嗣葉の得意そうな笑い声が俺の部屋のモニターから響いた。

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