第45話 言われたくないこと
「悠、あれ食べたーい!」
俺たちに気が付いた嗣葉が後ろを指差しながらビーチサンダルをペタペタ鳴らして駆け寄ってきた。
やっぱり嗣葉は気分屋、怒ってるかと思えば上機嫌、ほんと読めねぇ。
嗣葉は俺の腕をグイグイ引っ張って霧島さんから引き離し、白い椅子とテーブルの隙間を縫うように注文カウンターの前に立たせた。
「もう12時回ってるしお昼にしない?」
「えっ? もうそんな時間?」
昼を回ったと知らされた途端、俄然腹が減って来る。俺はカウンターの前で振り返って近づいて来る博也と霧島さんに「昼にしよう?」と提案する。
「で、嗣葉は何が食べたいんだ?」
「これ、パッタイってやつ!」
カウンターに張り付けられた写真付きのメニュー表を人差し指でトントン指差し、俺に笑顔を見せる嗣葉。
「何だよこれ?」
「麺!」
「いや、麺って……嗣葉はこれ食ったことあんのかよ?」
「無いから食べたいのっ! いちいちうるさいなぁ」
頬をプクっと膨らませ、嗣葉は注文カウンターを手のひらで叩いた。
「だって嗣葉は好き嫌い結構激しいだろ? 大丈夫かよ!」
「それ、タイ風やきそばだよ、甘辛で美味しいよ」
霧島さんが俺の陰から顔を出し、メニュー表を覗き込む。
「私はこっちかな? バインミー、ベトナム風サンドイッチ。ミナ君は?」
「俺? 霧島さんと同じのでいいかな……」
メニュー表を指差した俺に嗣葉が横槍を入れる。
「ダメ、同じのなんて許さない! 違うメニュー頼んでくれないと味見出来ないじゃない!」
「はぁ? 味見って……。嗣葉は他に何喰いたいんだ?」
「これ美味しそうじゃない? 悠はこれね?」
俺はたいしてメニュー表を見ずに嗣葉の言う通りにする。
「分かったよ。で、博也はどーすんだ?」
◆ ◇ ◆
「はい、ミナ君、どうぞ」
白い円卓を四人で囲み、食事をしていると霧島さんがサンドイッチを手で千切り、俺の口元に差し出した。
「ん? ああ、ありがとう」
両手が塞がっていた俺は何となくそのまま霧島さんの手からサンドイッチを咥えてモグモグと飲み込んだ。
カチャン! と嗣葉がフォークを自分の皿に突き立てて俺を睨む。
へっ? 何で怒ってんの嗣葉……俺、今気に障る事したか?
目を釣り上げた嗣葉は麺をフォークに絡めて俺の口元にギュンと腕を伸ばして差し出した。
俺は余りのフォークの迫る速度に恐怖を覚えて仰け反ってしまった。
えっ? 何? 食べろってこと? 俺が恐る恐る口を開くと嗣葉は麺を口に押し込んだ。
「どう? 美味しい?」
「う、うん……」
嗣葉は俺の口からフォークを抜き取ると、また麺を絡めて自分の口に咥えた。
「嗣葉ちゃん、俺も食べた〜い!」
博也があ〜んと口を開けると嗣葉はポテトサラダの天辺に乗っていたプチトマトのヘタを摘んで彼の口に投げ込んだ。
「ゲホッ!」
喉の奥にトマトが嵌まったのか博也は咳き込んでトマトを自分の皿に吐き出した。
「ちょ、やめてよ!」
隣に座っていた嗣葉が眉間に皺を寄せて博也を見た。
「酷いよ嗣葉ちゃん! せめてヘタ取ってよ」
そこかよっ! 博也はめげずに今度は霧島さんに向かって大きく口を開ける。
そんな博也を霧島さんは苦笑いで見つめ、サンドイッチを千切って動物にエサやりをするように怖ごわと口に放り込む。
「美味しい〜っ! って、二人とも雑じゃね? 悠人の時と全然違うじゃないか!」
「そ、そんなこと無いよ。ねえ? ミナ君」
霧島さんが困ったように俺に同意を求める。
「そ、そうだぞ博也……」
俺が言った途端、博也は俺を睨んで言った。
「いや! そんなことねーよ! 霧島さんって悠人のこと好きなんでしょ?」
「へっ!? ち、違っ!」
霧島さんは声を上ずらせて続けた。
「ミナ君は仲のいいお友達だよ! だ、だから好きとかそんなんじゃ無くて……あっ、き、嫌いじゃないし、好きだよ。と、友達としてね!」
焦ったように早口で霧島さんは俺の顔をチラチラ見て、みるみる頬を高潮させた。
変なこと聞くなよ博也っ! 霧島さんが困ってんじゃねーか!
「ふ〜ん?」
嗣葉が半分瞼を閉じた細い目で頬杖を付き、霧島さんを見つめて口角を上げる。
「な、何だよ、嗣葉まで……」
「べーつに〜ぃ」
意味深に微笑む嗣葉の態度ににソワソワしてしまった、この件に関して話を広げられたくない俺は彼女に「食べるか?」と自分の皿を傾ける。
「わ~い! 食べる食べる!」
嗣葉が俺の皿にフォークを突き立ててガパオライスを口に運ぶと博也が聞いた。
「嗣葉ちゃんも悠人のこと好きなんでしょ?」
「うっ⁉」
息が止まったような声を出した嗣葉は激しく咳き込んだ。
咳で顔を赤く染めた嗣葉は大きな声で「いきなり変な事言わないでよ!」と博也を睨む。
「だって嗣葉ちゃん、今、紗枝ちゃんと張り合ってたじゃないか!」
「はぁ⁉ 馬鹿じゃないの? 私が味見したいから先に悠に食べさせただけだし!」
反論する嗣葉を見て博也はニヤける。
これは駄目な対応、嗣葉の取説では最悪の注意事項。
煽るなって、博也っ! 俺は焦って博也が更に余計なことを言わないように口を挟む。
「博也は嗣葉と霧島さんならどっちと付き合いたい?」
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