第44話 幼馴染の距離感

 二人の叫び声がウォータースライダーのチューブの中で木霊する。霧島さんはギュウギュウ俺を背中から抱きしめていたが、俺には彼女を気にしている余裕は無かった。急に明るさが増し、鉄骨が視界に入る。チューブの屋根が途切れてハーフパイプ上のコースを左右に揺れながら浮き輪が速度を増して滑り落ちている。俺は血が凍る感覚に陥っていた、まるで浮き輪がコースアウトして俺たちが外に飛び出してしまいそうな錯覚を起こしたからだ。安全上絶対にそんな事は起こらないのは分かっているが体は大きく揺さぶられ上下の感覚も掴めずに居ると俄然恐怖感は増す。

 俺は霧島さんの手を掴んで離れ離れにならないように力を籠めた。時間は長く感じたが下まで降りるのに1分も掛からないのだろう。

 霧島さんの腕が俺を強く締め付け、背中に肌が密着し、耳元で「ん、ん、んっ!」と可愛らしい声が聞こえて来る。俺は彼女の手を上からそっと擦り、「大丈夫だよ?」と声を掛ける。

 グルグルと体を揺さぶられるのが慣れてきたころ、段々見える景色が低くなり、俺の恐怖感も低くなる。

 だけど背中で霧島さんは石のように固まり、唸り声を上げている。

 だいぶ余裕の出来た俺は霧島さんに「あと少しだよ」と声を掛けた。

 目を瞑り、コクコク頷く彼女は必死に俺にしがみ付いていて幼い女の子のようで可愛らしい。

 前方にプールの水面が見えた。どうやら無事に終わりそうだと安堵した瞬間、俺と霧島さんの乗った浮き輪がジャンプして水面に引っかかって転覆、二人は水中に投げ出されてしまった。

 必死に腕をバタつかせて浮上すると、俺の目の前に顔を出した霧島さんがガシッと抱き着いて来た。

「ミナ君、怖かったよっ!」

「大丈夫?」

 俺は彼女の後頭部を優しく撫でた。

「はぁ? 何で悠と霧島さんが一緒なワケ?」

 嗣葉がプールサイドでしゃがみながら俺たちを睨み付けた。

「いや、これはだな……」

 俺の胸に顔を埋める霧島さんの姿に言い訳は通用しないと悟る。

「悠人! 抜け駆けかぁ? いやらしい奴だな!」

 嗣葉の隣に立っていた博也も不満そうに俺を見下ろす。

「嗣葉ちゃん! 俺たちも二人で乗ろうか?」

 博也が嗣葉に手を差し伸べたが、嗣葉は「行かない!」とそっけない。

「つ、嗣葉! 霧島さんが怖いって言うから俺が――」

 俺の言葉を遮るように嗣葉が声を被せる。

「私だって怖かったし!」

 立ち上がった嗣葉はプイッと顔を俺から背け腕組みをした。

「だ、だからっ!」

「うるさいっ!」

 嗣葉はスタスタと早足で歩き出し、博也が彼女を慌てて追いかけて行く。

 何なんだよ? たかだか霧島さんと二人乗りしたくらいで怒んなよ! 訳わかんねーなっ!

 俺はプールサイドによじ登り、水に浸かる霧島さんに手を伸ばす。

 彼女は俺の手を掴んで陸に上がり、水着とお尻の間に人差し指を入れて肌に食い込んでいた水着を直した。水着の跡が肌に残る彼女の白いお尻は陶器のように滑らかで、パチンと音を立てて張り付いた水着で柔らかそうな肌がプルッと揺れた。

 霧島さんの何気ない動作にフリーズしかけた俺を彼女は不思議そうに眺め、「どうかした?」と首を傾げる。

「い、いや、別に……」

 ヤバッ! お尻に気を取られて、ちょっと挙動不審になっちまった。

「二人ともあっちに行っちゃたよ? 私たちも行こう?」

 霧島さんが前方を指差し、もう片方の手で俺の手を引く。

「嗣葉さん怒ってたよね……」

 霧島さんは俺の手を掴んだまま歩き出した。

「あ? ああ……。だけど嗣葉は気分屋だから大したこと無いよ、会ったらケロッとしてるかも知れないし」

「ミナ君って嗣葉さんのこと、何でも知ってるんだ……」

 彼女は俯いて呟いた。

「えっ? そりゃ、まあ、幼馴染だし……」

 俺は何となく人差し指で頬を掻く。

「幼馴染ってどんな感じ? 恋愛感情とか沸かないの?」

 大きな目を俺に向け、霧島さんが上目遣いで眺めた。

「はぁ⁉ 恋愛感情? 無い無いっ! 嗣葉は俺の中じゃ女じやないんだ、なんて言うか……友達? いとこ? 兄弟? 家族はさすがに言い過ぎだけどそんな感じだよ」

 正面を向いた霧島さんは伏し目がちに自分の顎を手で擦りながら言った。

「ふーん……そーなんだ……でもそれって恋愛より、よっぽど重い関係だよね……」

「そんなんじゃ無いよ、嗣葉と俺は空気みたいな関係性って言うか……」

「空気? 居ないと死んじゃうってことか……。それは強敵だなぁ」

 霧島さんは俺の手を離し、自分の胸を押さえてフウと息を吐く。

 彼女の反応が良く分からない、返す言葉に詰まった俺は話を変える。

「アイツら、どこ行ったんだろう?」

 嗣葉と博也が見つからない。勘弁してくれよ、また人探しか?

 俺たちは嗣葉たちが向かったであろう飲食エリアに歩みを進めた。

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