第42話 消えない記憶
「あれ? 博也は?」
陸に上がった俺は嗣葉に聞いた。
「鼻字出してトイレに行っちゃったよ」
鼻血? 博也にあの下乳は刺激が強すぎたんだろ? 俺は水中で見てしまった嗣葉の危うい光景を思い出してしまい、なんとなく彼女の胸に視線を向けてしまった。
「悠も見たワケ?」
俺の視線に気づいたのか嗣葉が自分の胸を下から両手で掴み、疑念の眼差しを向ける。
「えっ? 何を?」
俺は幼馴染にダメ元でとぼけてみる。
「見たのかって聞いてんのっ!」
嗣葉は俺の眼前に迫り、つま先立ちで俺を睨む。
「いやぁ……見たって言うか、見えたって言うか……」
俺は嗣葉を直視出来ず、頭を掻きながら横を向く。
「どこまで見えた?」
外した視界に嗣葉が回り込み、俺の顔に穴が開くほど覗き込む。しつこい奴だな! そんな事、大した問題じゃ無いだろ?
「えっ? それはだな……ギリ見えなかったから。い、いや、ホントにっ!」
先端は見えなかったんだって! 水着が先っぽに引っかかってたから! その根元は若干見えたけど水中じゃ不鮮明、だからあれはボカシが入っていたと言っても過言じゃない。しかも目を細めてピントを合わせる暇さえ無かったんだから。とは言えない。
「怪しい……」
嗣葉は俺を汚物でも見るように眉をひそめた。
嗣葉っ! そういう恥ずかしい事は霧島さんみたく無かった事にしてくれって! 追及したらお互いが恥ずかしいだけじゃないか!
「と、兎に角俺、博也見て来るよ! あそこのトイレか?」
俺は嗣葉の追求を断ち切るように小走りでトイレに逃げ込んだ。
「博也、大丈夫が?」
トイレに入って直ぐ、鏡の前に博也は立っていた。鼻に血の滲んだペーパータオルを数枚当てがって……。
「はぁ〜来てよかった……あれは一生の思い出として俺の脳内に刻まれたよ……」
鏡の中の博也と目が合い、彼は振り向いて上せた顔を俺に向けた。
「鼻血、止まったのか?」
「止まんねえよ……あんなもん見せられたら。まだ心臓ドキドキしてるし、ありゃ最高のオカズだよな? 悠人も見たんだろ?」
「えっ? ま、まあ……俺は水中だったからよく分かんなかったけど……」
「勿体ねぇーっ! 若干ピンク色の所も見えたんだぞ!」
「気のせいじゃねーの?」
「いや、気のせいじやねー! 絶対に見えたって!」
博也は俺の眼前に迫り、鼻に詰めていたペーパータオルがポンッと飛んだ。
「わ、分かったって! よ、良かったな博也」
「ああ、悠人! 誘ってくれて恩に着るぜ!」
博也は俺をガジッと抱き締めた。
うげっ! 抱き締めんなよ! せっかく嗣葉と霧島さんの肌の感触が残ってたってのに!
トイレに他の男性客が入って来て、博也に抱きしめられている俺を見るなりズサッっとビーチサンダルを鳴らして後ずさった。
あーっ! これ、絶対誤解されただろ?
ほとぼりが冷めるまで俺と博也はトイレで雑談をしながら時間を潰し、そろそろいいかとトイレの出入り口から嗣葉たちの様子を伺う。
嗣葉は手をヒラヒラ横に振り、高校生と思しき男子二人と話しをていた。
はぁ? またナンパ? そりぁそうだよな、あんなグラビアアイドルみたいな女の子が一人ならまだしも二人も居たら男なら誰だって放っておかないよな?
「嗣葉っ!」
俺が彼女に歩み寄ると男たちはバツが悪そうにその場を離れて行った。
「悠っ、遅いっ! 虫よけのアンタが居ないからまたナンパされたじゃない! 今回は怖い人じゃなかったけど……。いい? 二人は私たちの傍、離れないでくれる?」
「嗣葉ちゃん! 俺は離れないよ、これからずっと傍に居てあげるから!」
博也がニヤニヤしながら嗣葉の手を握った。
「傍って言っても至近距離じゃなくていいから……」
嗣葉はスッと掴まれた手を抜き取り、背中に手を隠す。
「ねぇ、みんな。そろそろあれ乗らない?」
霧島さんが遠くのとぐろを巻いた青いウォータースライダーを指差して俺たちを誘う。
「やりたい、やりたーい!」
嗣葉が指を差している霧島さんの指先を掴んで走り出す。
「早くーっ!」
嗣葉が振り向いて跳ねるように俺たちに叫んだ。
「待ってよ嗣葉ちゃ~ん!」
博也が両手を広げて全力で走り出すと、嗣葉と霧島さんが悲鳴を上げて掛け出した。
「逃げないでって!」
どんどん遠くに行ってしまう三人。
元気だなアイツら……。俺も、フッと笑みを漏らして駆け出した。
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