第38話 同乗者

 水面に大きな水柱が上がり、俺たちは他の客から要らぬ注目を浴びた。

 予期せず水中に没した俺と博也はお互いを踏み台にするように水面を目指し、逆に浮上のきっかけを失って無駄な時間を費やしてしまい状況を悪化させる始末。

 そんな男二人は這いつくばって陸に上がり、むせ返っていた。

「もう、なにやってんのよ? いきなりはしゃぎ過ぎだから!」

 嗣葉が俺の背中を擦り、呆れたようにため息を付く。

 博也と水鉄砲が交錯したとき、二人は空中でバランスを崩し、水面に真横に落下した。俺たちは寸前まで叫んでいたから息を吸い込もうとして予期せずプールの水を飲み込んでしまい今の状況に至っている。

「ミナ君、大丈夫?」

 前髪から雫をたらして屈んだ霧島さんが俺を見つめて来る。

 濡れた髪が可愛らしい、霧島さんの髪から滴り落ちた雫が豊かな胸に落ちて谷間に流れ込んで行く。

「紗枝ちゃ〜ん、こっちも苦しいから介抱してほしいなぁ……」

 博也の猫なで声が聞こえ、霧島さんが振り向いた。

 紗枝ちゃんって……馴れ馴れしい奴だな!

 立ち上がった霧島さんが博也を遠巻きに眺め、「大丈夫?」と言ってまた俺の傍に戻って来た。

「大丈夫じゃないよ〜。紗枝ちゃん、俺死にそう!」

 博也が寝転びながら彼女に手を伸ばした。

「どれどれ?」

 嗣葉が寝転ぶ博也に歩み寄り、つま先で脇腹をつついた。

「嗣葉ちゃん、俺、死んじゃうよ」

「大丈夫みたいね? じゃあ悠、今度あれ乗ろうよ!」

 博也を放置して嗣葉が俺の手を引っ張り上げ、流れるプールの傍に置いてある二人乗りのゴムボートに近づいた。

「二人とも~助けてって!」

 博也は元気に立ち上がって近くに居た霧島さんを追いかけ回す。

「もう! ホントに怖いんだからっ! 二ノ宮君付いてこないで!」

 ゴムの入り江に霧島さんの悲鳴と博也の気持ち悪い笑い声が響いた。


 ◇    ◇    ◇


「二人乗りかぁ……」

 霧島さんが顎に人差し指を当て、俺をチラッと見た。

「紗枝ちゃんは二ノ宮と乗ったら?」

「え〜⁉ 私、二ノ宮君と会ったばっかりだし、何話たらいいか分かんないよ」

「だからこそ一緒に乗って親睦深めたらいいんじゃない?」

 うわっ、何だか面倒くさい事になって来たぞ? 霧島さんが話しやすい俺と乗りたいってのは分かる、だけど俺が嗣葉と乗らないって言ったらそれはそれでへそを曲げそうだし……。

「どうしたんだ?」

 博也が俺たちに追い付き、皆の顔を見渡した。

「これ、二人乗りだから誰と乗ろうかって話てたの」

 嗣葉が博也に訳を話した。

「男女に別れて乗ったら? 俺と博也で乗るよ」

 これが一番の解決策。

「そんなのつまんねーだろ! じゃんけんで決めようぜ! 男女でグーとパーに別れんだよ」

 博也の言葉に嗣葉と霧島さんが目を合わせた。えっ? 今の表情何? 二人とも譲らないって対抗心が滲んでたぞ?

 俺たちは男女に分かれて背を向け、拳を振り上げる。

「じゃーんけーん! ぽい!」

 俺はグーを出した。女子の結果は……俺は手を握ったまま振り向いて彼女たちの手を見入ると霧島さんの手は握られていて嗣葉の手は開いていた。

 俺の手の形を見た二人の表情は対照的、霧島さんははにかんだ笑顔を見せ、嗣葉は眉をヒクつかせている。

「俺と嗣葉ちゃんかよっ⁉ さ、乗って乗って!」

 博也がゴムボートを水辺に浮かべる。

 口を尖らせた嗣葉が博也の用意したボートに足を乗せる。

「えっ! 狭くない? これホントに二人乗りなの?」

 そう言われてみれば……随分と狭そうだぞ?

 回りのボートに目をやると男が後ろに座り、その前に背中を向けた女子が重なるように座っている。男は腕を彼女の腰に廻して体を密着させていてイチャイチャ感がハンパない。

 ど、どうする? 俺が霧島さんを見ると、彼女は俺と視線を合わせるなりぎこちなく俯いた。

 意識してもしょうがない! ここは自然に振る舞ってさっさとこのイベントを終わらせるしかない。

 俺も博也のボートの隣にボートを浮かべて乗り込み、股を開いて出来るだけ端に座る。霧島さんは俺が座ったのを見て一人頷き、意を決したかのように俺の股の間に背中を向けて腰かけた。

 近っ! 俺の胸と霧島さんの背中は握りこぶし一つほどしか離れていなくて目の前には濡れた髪が肩にかかっている華奢な背中が見えている。彼女の背中には水滴が幾つも付いていてまるでワックスが掛かった車みたいに水を弾いていてすべすべ感が漂って来る。

 俺はゴクリと喉を鳴らしてしまい、音を聞かれたのではないかと恥かしくなってしまった。

 隣の二人は準備オーケーか? 俺が嗣葉の方を見ると、やはり二人は俺たちと同じ体勢で座っていて何故か嗣葉は俺をジト目で眺めていた。

 な、何だよ? この結果は俺のせいじゃ無いだろ? てか、そんなに俺と乗りたかったのかよ、嗣葉は。

「じゃ、しゅっぱーつ!」

 嗣葉が口を尖らせて水面を手で漕ぎ始めたので、俺と霧島さんも水面を漕いだ。

 ボートは流れるプールの水流に乗り、緩やかに走り始めた。

 流れるプールには結構人がいて、浮き輪にお尻を入れた子供たちが回転しながら歓声を上げていた。だけど、俺と霧島さんは黙ったまま、緊張で何を話したらいいか分からない。霧島さんのビキニは背中でリボン結びがされていて引っ張ったら解けてしまいそうで俺は勝手にドキドキしていた、これって飾りか? それともホントに結んでるのか? 紐を引っ張りたい欲望が体の中から湧き上がるのを俺は必死に抑えながら何か会話の糸口は無いのだろうかと脳をフル回転させた。

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