第36話 集合

 待ち合わせ場所の深町中央駅で電車を降りた俺と嗣葉はプラットホームでまだ手を握り続けていた。

 いや、嗣葉が離してくれないと言うのが本当の所で、困った俺は嗣葉を混み合う下りエスカレーターに誘導しつつ、乗る寸前で脇の階段に逃げる。

「あっ⁉ ちょっと悠っ!」

 俺の策略にまんまと嵌った嗣葉は握っていた手を離して一人エスカレーターを下りて行く。

 振り返ってわめく嗣葉をよそに俺は階段を下り、ズボンのポケットから携帯を取り出した。

 二人はもう着いてるかな? 俺はスマホのメッセージアプリを起動して霧島さんと博也に駅に到着したと知らせた。

 人で渋滞する改札を出ると嗣葉が先に小走りで二人を探す素振りを見せ、俺も辺りを見渡した。

 人が洪水のように流れ、人探しは困難な状況。だけど嗣葉の金髪と細長い生脚は人混みの中でランドマークの如く目立ち、異彩を放つ。

 電車から降りた客が目的地に向かうべく四方八方に散り、人混みが和らぐと嗣葉に二人の男女が近づいて来たので俺も嗣葉に駆け寄った。

「おはよう」

 霧島さんが顔の横で小さく手を振り、博也も「オッス!」と手を上げる。

 霧島さんはいつもとはちょっと違う赤いフレームの大きな眼鏡を掛けて可愛らしい花柄の白いワンピースを着ていた。背があまり大きくない彼女は少し幼くも見えるけど、出るところは出ていてメリハリのある体のラインか綺麗な曲線を描いていて俺は彼女のつま先から顔までじっくり観察してしまった。

 軽く挨拶を交わし合い、俺は霧島さんに初対面であろう博也を紹介する。

「彼女は峰校の霧島紗枝さん、同じ高一だよ。こっちは俺の友達でクラスメイトの二ノ宮博也」

「へぇ? 峰校か……確か峰校って変わった学科あるんだよね?」

 博也が霧島さんに興味津々で話し掛ける。

「うん、私はIT科、あと芸術と英語科があるよ」

「IT? なんか凄いな、将来はプログラマーとか?」

「う〜ん……別にそういう訳じゃ……私、ゲーム好きだから専攻してるだけなんだよ」

「ゲーム? だから悠人と知り合いって訳か……」

 博也は顎に手を当てて一人納得した。

「ミナ君、嗣葉さんも紹介してくれない?」

 霧島さんの言葉に、嗣葉がキョトンとして俺を見る。

「あ? ああ、そう言えばちゃんと紹介してなかったっけ? 彼女は高梨嗣葉、俺の家の隣に住んでいる幼馴染で同級生。幼稚園から高校まて同じ学校で何故か離れられない呪われた関係」

「そーなんだ……」

 霧島さんは俺と嗣葉を交互に眺めた。

「あと、私は悠の彼女でーす!」

 腕にしがみ付いておどける嗣葉に、霧島さんの眉がヒクついた。

「ちっ、違っ! 振り、振りだって!」

 俺は慌てて霧島さんに、嗣葉との恋人関係を全力否定する。

「はぁ? 悠人、初耳だぞ⁉ 振りってどういうことだよ?」

 博也が声を裏返して聞いた。

「ちょ! 悠、何でバラすのよっ!」

 嗣葉が目を吊り上げて俺のシャツをギュッと掴んだ。

「博也と霧島さんには言ってもいいだろ? 友達なんだし」

「振り……なの?」

 霧島さんが目を大きくしてグイグイ俺に近づいて来る。

「ああ、嗣葉が学校でモテモテで告られまくるから俺が恋人役演じて皆を諦めさせようとしてるところなんだ」

 博也が駅構内に響くほどの高笑いを始めた。

「な、なんだよ博也……」

 俺は怪訝な顔で博也に聞いた。

「クックック、まんまと騙されたって訳か……そりゃそうだよな? 悠人が高校イチのアイドルの嗣葉ちゃんと恋人になれる訳ないよなっ!」

 嬉しそうな博也は俺の背中をバジバジ叩いた。

「じゃあ、早速行こうか? 高山高原の電車がもう直ぐ着くし」

 俺は皆を改札に誘導した。


 ◆   ◇   ◆


「スッゲー! デカすぎだろここっ!」

 博也が海パン姿で飛び跳ねた、高山高原リゾートの売りである屋内プールは巨大で天井も高く本物のヤシの木が何本も植えられている。東南アジアっぽい形の売店やレストランも併設されていて人工的ではあるが海外のビーチを訪れたような錯覚を起こしそうになる雰囲気がある。中央には巨大な流れるプールを中心として幾つかの小さいプールが池のように繋がり、目が眩みそうな高さのウォータースライダーが建物の壁を突き抜けて設置されている。端から端まで歩くには数分かかりそうで奥を歩く人は豆粒のように見えるほどだ。

「早く出て来ないかな? あの二人! 嗣葉ちゃんの水着姿を拝めるなんて奇跡だし、紗枝ちゃんも結構可愛かったよな? しかも巨乳だし」

 紗枝ちゃんって……もうはや名前呼びかよ? 俺はまだ恥ずかしくて言えて無いのに。

「遅くないか? 何やってんだよ! 焦らしか? 焦らしなのかっ?」

 女子更衣室の出口を覗き込む勢いの博也を俺は肩を掴んで制止する。

「博也、少し落ち着けって! 女は準備に時間が掛かんだよ」

「落ち着ける訳ねーだろっ! やばっ! 想像しただけで興奮して来たぞ!」

「おいおい! 体、反応させるのだけは辞めてくれよ」

 俺は若干引きつつ博也を落ち着かせようと近くの椅子に座らせた。

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