第35話 出発
翌朝、8時ちょっと前。
俺が家を出て高梨家へ向かうと嗣葉は玄関前にしゃがんでスマホをいじっていた。
スマホを握る嗣葉の爪が光を反射した。赤いマニキュアを塗った長い爪には宝石のような物が散りばめられている。
あれってネイルアートだっけ? 俺は彼女の指先を見つめた。
今日は快晴、真夏の朝にしては涼しく湿度も低いのか気持ちいい。
俺の近づく足音に気づいて顔を上げた嗣葉はニコリと笑って立ち上がった。
嗣葉は長い金髪を後ろで纏め、髪型をポニーテールにしていて、俺は彼女の新鮮な可愛らしさにハッとしてしまった。
「おはよう嗣葉。髪、似合ってるな」
俺の言葉に嗣葉は頬をピンク色に染めてはにかんだ笑顔を見せた。
「おはよう悠。なんか髪長いと暑苦しくてさ、ポニーテールにすると涼しいし、プールに入ったら濡れた髪の毛肌に張り付くじゃない? 鬱陶しいからやってみたんだよ……」
横に首を振り、ポニーテールを俺に見せた嗣葉のうなじが綺麗だ。おくれ毛の見える細い首には革ひものネックレスを着けていて綺麗な半透明の青い石が一つぶら下がっているのがいつもより大人っぽい。服装は真夏の活発女子と言った格好のダボっとした白いシャツに茶色のキュロットスカートを履いていて、細長い美脚が眩しい。足元は厚底のサンダル、赤いペディキュアを塗った素足が可愛いらしい。
「じゃ、行こっか?」
嗣葉は玄関前に置いていた大きめのトートバッグを拾い、持ち手を腕に通して肩に掛けた。
「嗣葉、自転車は?」
「あるじゃん、そこに」
嗣葉が俺ん家のガレージを指さした。
「えっ? 二人乗りすんのか? 重いし辞めようぜ」
「はぁ? 誰が重いって? 私たち、恋人なんだからね? 分かってる?」
「いや、振りだろ振りっ! てか、高校も休みなのにまだ
「誰に見られてるか分かんないでしょ? いいから早く!」
今日の嗣葉は機嫌がいい。昨日の事件など忘れたかのように……。俺は何となく嗣葉の胸の膨らみを見てしまい、途端に手のひらにあの感触が蘇って来てドキドキしてしまった。
「ん? どうしたの悠?」
数秒間停止していた俺の顔を嗣葉が下から覗き込んだ。
「な、何でも無い」
嗣葉と目が合い、俺は咄嗟に空を眺めた。
ヤバっ! 胸観てたのバレるぞ!
俺はドキドキが治まらないままガレージのシャッターを開けた。
昨日俺が胸を触った事を思い出されたら面倒くさい。そそくさと自転車を引っ張り出した俺は、嗣葉に後ろに乗るように促した。
自転車を数分漕いで北二十条駅に着き、改札を通り抜けると電車は直ぐにホームに滑り込んで来て、慌てた俺は階段を駆け上がる。
「ちょっと待ってよ、悠!」
歩き辛そうなサンダルをカポカポ鳴らし、嗣葉がもたつきながら階段を上がっている。
「ちょ、早く!」
俺は嗣葉の傍まで駆け下りて手を掴んで引っ張るように手助けをする。
「えっ⁉ 悠っ!」
嗣葉が戸惑うような声を上げながら俺と一緒に階段を駆け上がった。
ベルの音が鳴り響き、今にも電車のドアが閉まりそうだったけど俺たちは何とか間に合って車内に駆け込んだ。
「セーフ! 危なかったね、悠?」
「だな」
つり革を掴んだ俺たちはホッと一息ついた。
車内は結構混んでいた。夏休みだから学生はいないけど今日は平日、職場へ向かうであろう大人たちで体がぶつかるほどだ。
中央駅で乗り換えだから調べないとな。俺はスマホをポケットから取り出そうとしてギョッとした。手が空いていない。片手はつり革、もう片方の手は嗣葉の手を握っていた。しかも指を絡める恋人繋ぎで。
嗣葉の手を握る手のひらが急に汗ばみ始める。意識すればするほど緊張が増し、汗を止められない。だけど、急に離すのも嫌がってるみたいだしどうすればいいんだよ?
俺は嗣葉の横顔をチラリと確認して手を離すタイミングを伺った。
だけど……嗣葉は何だか嬉しそうな微笑を浮かべ、頬をピンク色に染めているように見えて仕方ない。嗣葉も意識しているのだろうか? 俺は気になって繋いでいる手に一回力を籠めてみた。
すると嗣葉は俺の手を同じようにギュッギュッと二回握り返してくる。
えっ⁉ 嗣葉……。俺が嗣葉を見つめると嗣葉も俺に視線を返してニコリと笑う。
げっ! 可愛いんだけど……。
ヤバ、顔が熱くなってきた。嗣葉の事を意識すればするほど顔が熱くなってくる。
俺が嗣葉の反応を確かめるように手を三回握ってみると、嗣葉も三回握り返してくる。
ニタァと頬を上げた嗣葉は俺の横側に体をぶつけ、小声で「なんか、恋人みたいだね?」とウインクしてみせた。
「は? バカか? 離せよ!」
俺は嗣葉の手を離そうとしたが嗣葉が俺の手をギュッと握って離さない。
「やだもん! だって今日はデートでしょ? 霧島さんにも見せつけてあげないと」
は? それが目的? まさか昨日オーケーしたのはこの為じゃ無いよな?
何だか急に雲行きが怪しくなって来たぞ? 俺って嵌められたのか?
俺の汗は照れから、冷や汗に変わった。
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