第34話 交渉
耳がキーンとする。
嗣葉が左手で俺の頬を思いっ切り叩き、視界に星が見えた。
星ってホントに見えるんだ……。生まれて初めて女の子の胸を掴んでしまったのに、その感触を覚える暇も無く頬がヒリつく。
「悠のヘンタイっ‼ あんたワザと胸掴んだでしょ!」
嗣葉の部屋でうずくまる俺を見下ろして彼女は叫んだ。
「そんな訳ないだろ! だいたい嗣葉が暴れなきゃこんな事にはならなかったんだし!」
俺は頬を擦りながら嗣葉を見上げて反論した。
「人の部屋に勝手に上がり込んで背後取るなんて普通やらないでしょーがっ! 人の胸触っておいて開き直ってるんじゃないわよっ!」
両手を腰に当て、まくし立てる嗣葉に此処へ来た意味を忘れそうになる。
ヤバい、ここは冷静に対処しないと駄目だ。まだ本題に入ってもいないんだぞ?
「ご、ごめん嗣葉っ! このとおりだ!」
俺は彼女に深々と頭を下げる。
フンッ! と嗣葉は口を尖らせてソッポを向いている。この状況で霧島さんの話を切り出すのは気が引けるけど……多分どのみち炎上しただろうからもういいか。
「嗣葉、明日の事なんだけど……」
「何よ!」
嗣葉は腕組みをして体を背け、不満げに顎を上げた。
「明日、高山高原に行くだろ? もう一人連れてっていいか?」
「はぁ? もう一人って……誰?」
「嗣葉も話した事あるだろ? 霧島さんだよ」
嗣葉の眉がヒクついたのを俺は見逃さなかった、やっぱダメだよな?
「え? 霧島さん⁉ べ、別にいいけど」
「へ? 本当か?」
「いいわよ別に、悠と二人で行くより面白そうだし。でも、女二人に男一人か……バランス悪くない? そうだ、アンタの友達連れてきたら? 後ろの席の……なんてったっけ?」
「博也のこと? 誘っていいの?」
「賑やかでいいじゃない? 大勢いた方が楽しそうだし」
この反応は意外だ。まさか嗣葉が二つ返事で了解するとは思わなかった。
「明日、寝坊しないでよね? 8時集合なの分かってるでしょ?」
「ああ! 勿論だって!」
「用が済んだら早く帰って! 私、忙しいんだから!」
「ありがとな、嗣葉っ!」
俺は嗣葉の部屋を飛び出して自宅に戻って階段を上がりながら速攻博也に電話を掛けた。
『あ? どうした悠人』
面倒くさそうな博也の声が聞こえた。
「明日暇か? てか暇だろ? 俺とプール行かね?」
『……行かね。面倒くせーし、男と行ってもつまらんからな』
「そんなこと言っていいのか? 女子が二人来るってのに」
携帯の向こうからの反応が無い。電話が切れたのかと思い、俺は携帯を耳から離して画面を確認する。
ん? 切れて無い……。通話中のマークが時を刻んでいる。
「おい! もしもーし!」
『女子が来るだと⁉ 初めにそれを言え! ま、まさか嗣葉ちゃんが来るのかっ?』
「ああ、そうだけど……」
博也の絶叫が響いて俺は再び携帯を耳から離した。
うるせーな! 興奮し過ぎだろ!
『行く行く行くっ! 明日何時だ?』
「中央駅に8時半集合でいいか?」
『分かった! 絶対に行くからなっ! しかも女子二人って、もう一人は誰だよ? 木下か?』
「いや、博也の知らない人だよ、バイト先の女の子だけど同い年だから楽しみにしとけよ」
興奮が収まらなくなった博也をなだめ、俺は電話を切ってベッドに寝転んだ。
これで良し……、嗣葉に連絡しとこ。
嗣葉……胸、デカかったよな……。俺はマジマジと胸を触った手のひらを眺めた。
これくらいか? 何カップなんだろ……。
手を軽く丸め、大きさを確かめた俺はベッドの上で叫んだ。
「何やってんだ俺は! 忘れろ! 忘れろっ!」
俺はベッドの上で悶々としてしまい、気を逸らすようにスマホゲームを起動する。
美少女スポーツカーを育成しているとスマホの画面上に霧島さんからの通知を知らせるポップアップが表示された。
『ミナ君、明日のこと聞いてくれた?』
ヤバっ! 連絡しないと! 俺はゲームを中断してメッセージアプリを開き、霧島さんに返信する。
『大勢だと楽しいから来てって言ってたよ。あと、俺の友達も一人連れてくから』
俺のメッセージは直ぐ既読に変わり返信が来た。
『ありがとうミナ君。お友達って男子?』
『そうだけど』
『何だか急に恥ずかしくなって来ちゃった、ミナ君以外の男の子に水着姿見られるから』
博也、きっとエロい目で二人の水着姿眺めるだろうな……視線には気をつけろって言っとかないと。
『集合は予定通り中央駅に8時半集合だから』
霧島さんからスタンプが届いた。
牛が蹄で『了解』と敬礼しているスタンプを眺め、俺はほくそ笑んで画面を閉じる。
「準備しないとな……」
俺はベッドから降りてクローゼットを開けて海パンを探し始めた。
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