第27話 焦り

 見た目だけは綺麗になったけど……この部屋見て霧島さんはどう思うんだろ? ヲタクっぽいって思うかな? いや、思われてもいいか、彼女も若干同類だし……。

 そういえば、嗣葉の部屋っていつも良い匂いしてたよな。

 俺の部屋って臭いのかな? 自分じゃ分かんないけど……って、きっと臭いに決まってる!

 俺は速攻窓を開け放ち、居間に消臭剤を取りに走る。

「あれ? えぞ?」

 母さんが良く使っているスプレータイプの消臭剤、何時もは戸棚に入ってるのに……どこだ? どこだよ? 居間のありとあらゆる扉や引き出しを探したがお目当ての品は見つからない。

 寝室か書斎か? 俺は手始めに居間を出て父さんの書斎のドアを開けた。

 3畳ほどの狭い書斎を物色すると本棚に消臭剤が置いてあり、俺はスプレー缶を手に取って軽く振って重みを確かめる。

 良かった、いっぱい残ってて……。

 二階に再び駆け上がり、自分の部屋に入ると暑さに目がくらむ。換気の為に開けた窓から夏の熱気が入り込み気温が急上昇している。

 まぁいい! 取り敢えずこれをぶち撒けないと。

 俺はスプレー缶の殆どを部屋に撒いた。

 汗が滲むほど暑くなった室内がほんのりと香る、これだけ撒けば大丈夫だろ? 俺は窓を閉めてエアコンを最大冷房にする。

 これでオッケー……じゃないっ! 着替えなきゃ!

 クローゼットを開け、さっき仕舞った服からお洒落目な服を探す。基本俺は地味な人間、だから良い服なんて殆ど持ってない。

 服が殆どしわしわじゃないか! どうする? どうすればいいんだ? お、落ち着け、落ち着くんだ! 今は夏、Tシャツとジーンズとかでいいだろ? だけどジーンズもしわしわ、衣装ケースを開けて中を探すと黒いパンツが入っていて俺は速攻それに足を通す。

 上は……。Tシャツの山から見られても恥ずかしくない柄を探していると一階から呼び鈴が聞こえて血が凍る。

 へっ? もう着いたのか? 霧島さん……。慌ててベッドに置いていたスマホを手に取ると霧島さんからメッセージが既に入っていた。

『今から出るよ』

『もう少しかな?』

 全然気が付かなかった。画面に表示さていたメッセージに追加で『着いたよ』と文字が浮かぶ。

 げっ! 昼過ぎって12時超えたらってこと? 俺の感覚だと1時過ぎだったんだけど。

 ヤバいっ! 俺はTシャツを一枚手に取って着替えながら階段を下りる。

 玄関ドアのスコープを覗くと魚眼レンズでデフォルメされた霧島さんの姿が見えた。顎に人差し指を当ててソワソワしながら当たりを伺う霧島さんはいつも通りの大きな眼鏡を掛けていて、もう一度壁のインターフォンに手を伸ばす。

 呼び鈴が再び鳴り、俺は準備不足のまま玄関ドアを開けた。

「いらっしゃい、霧島さん」

 髪を手櫛で整えていた霧島さんはビクッとして俺と目を合わせる。

「み、ミナ君……こんにちは」

「は、早いね? 自転車で来たの?」

「うん……いまいち距離感が掴めなくて早めに出たら思いのほか早く着いちゃって……」

 霧島さんは襟の付いた白いノースリーブシャツを着ていた。露出した肩は細くて肌が白い、タイトなシャツに包まれた大きな胸が主張するのを隠せずに美しい曲線を形作っている、下は膝上の赤いチェックのスカートを履いていて俺は思わずドキッとしてしまった。制服姿しか知らない俺の前に佇む霧島さんの肌面積の多さに変な緊張が走る。霧島さんって小柄だけど、なんというか……目のやり場に困る体つきなんだよな……。

 霧島さんは俺を見てクスクス笑いだした。

「ん? どうかした?」

「ごめんなさい! シャツが後ろ前だから……」

 俺の襟元にはみ出たダグを指さして彼女は前屈みになって必死に笑いを堪えている。

「げっ!」

 俺は慌ててTシャツを脱いで前後を確かめる。

「ちょっ……!」

 顔を真っ赤にした霧島さんが慌てて後ろを向いた。

「あっ! ごめん」

 女の子の目の前で上半身裸になっていた俺は直ぐにシャツを着直して肌を隠す。

 何やってんだよ俺! カッコ悪いし恥ずかしいし最悪じゃねーか!

 霧島さんの艶々な黒髪が強い日差しで輝いていて綺麗だ、背中を向けた彼女は肩幅が狭くて華奢で……俺は思わず彼女の後ろ姿に見入ってしまった。ウエスト細いな……キュッと引き締まった腰の下には綺麗な丸みを帯びたお尻が張り出していてスカートの裾から覗く腿の裏側がひときわ色白で青い血管が透けて見える。

「もう……いいかな?」

 クルリと振り向いた霧島さんに、焦った俺は目を合わせられない。体をじっくりと見てしまった罪悪感に苛まれた俺は「入って」と言って彼女を玄関に通し一呼吸置く。

「お、おじゃましま〜す」

 若干上ずった声で霧島さんが玄関内で声を張る。

「あ、今日、俺しかいないんだ。両親は出掛けてて夜まで帰って来ないから気にしないで」

「えっ⁉ そうなんだ……」

 靴を脱いだ霧島さんが胸に手を当てて俺を見上げた。

 俺は緊張しながら階段を上り、彼女を二階の俺の部屋へ案内した。

 ドアを開けるとクローゼットの扉が開けたままで中から雪崩のように服が溢れていて絶句する。

「うわっ! ちよ、ちょっと待って!」

 俺は慌てて服を抱えて衣装ケースに押し込み、扉を速攻閉める。

 苦笑いで霧島さんを部屋に招き入れると、彼女はキョロキョロしながら落ち着かない様子で立ったまま俺に手に持っていた紙袋を渡す。

「これ、お土産。家の近所にあるお菓子屋さんのなんだけど、ここのケーキが凄く美味しくて……」

「へぇ? ありがとう」

 紙袋を受け取る時、霧島さんと手が触れ合った。霧島さんの手はしっとりしていて柔らかくて……触れた瞬間、体がビリッと電気が走った様な感覚に陥り、心拍数が一気に上がってしまった。

 霧島さんも触れた手を自分の手で擦り、俺から視線を反らした。

「どうしようか? 霧島さんはお昼食べた?」

「まだだけど……ミナ君も? 買いに行こうか?」

「この近くにマックテリアがあるから宅配してもらおうか? 今日はゲーム攻略がメインだし……」

 俺はベッドに投げ捨てていたスマホを手に取り、マックテリアのメニューを開いた。

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